2.

 デートを楽しむはずの今日は、彼と最後の日になった。


 郵便局までの道のりを、2人並んで歩いていく。チャリチャリと小銭が擦れ合う音がひどく耳障りだった。こうして肩を並べて歩くのが、こんなくだらない理由だなんて。そう考えると、すごく嫌な気持ちになる。もっといい思い出も、もっと良い最後も、選択できたはずなのになんでこれなの。


 穏やかに晴れた空が憎々しい。いっそ土砂降りなら良かったのに。こんなに綺麗で輝いている中を、ずっしり重い気持ちを抱えて歩かなくちゃいけないなんて、一体何の罰ゲームだろう。


「梅雨入りしたのに、今日はいい天気だね」


 彼が一体何を思っているのか全然分からない。彼は自然に、私にそう話しかけてくる。


 私の心は爆発してしまいそうだった。久々のデートなのに別れ話をされて、一生懸命おしゃれした時間も私の気持ちも踏みにじられた。ウキウキと彼のことを考えている時間や、今日のデートコースを考えていた時間が全くの無駄だ。


 私だって暇じゃない。彼との時間を過ごしたくてサークルやバイトの予定をやりくりしたって言うのに、彼は「そんなこと」と言って感謝もしてくれない。


 友達の彼氏はバイト先に迎えに来てくれたり、デートの帰りは送ってくれたりするのに、彼はそんなこと一回だってやってくれたことがない。


「大事にされてないんじゃない?」


 友達が言っていたいつかの言葉が、毒のトゲみたいに刺さって抜けないどころか、心をじわじわと侵食していった。随分時間が経った今になって効いてくるなんて聞いてない。


 嫌なことばかりが、頭の中を駆け足で通り抜けていく。通り抜ける度に、ムカつくことや悲しいこと、私を見てもらえなかったこと、不安、絶望を残していく。


 別れ話をしたのに、こうしてズルズル並んでいるからこうなるんだ。今まではそのまま逃げるようにその場を離れて、それっきりだった。その後スマホから思い出を消して、それでスッキリした気になって、次の日には友達にバカ話をして。


 なんで私は今、彼の隣を歩いているんだろう。


「この店、前に来たね」


 トマトとニンニクとオリーブオイルの匂いは、私にも届いていた。でも、彼が覚えているとは思わなかった。いや、彼が選んだお店だったっけ? 記憶が曖昧だった。


 怒りと悲しみでどうにかなりそうだっていうのに、彼はひょうひょうとしている。いつものデートと全然変わらない。そのことも私をもっと怒らせる材料になった。


 どうして私と別れ話をした後なのに、そんな平然といつも通りなの。少しは取り乱したり、怒ったりしてほしい。私のことで頭がいっぱいになればいいのに、こんな一大事の場面でも彼は振り向いてくれない。気まずい思いだけ噛みしめてくれればいいのに、今までのデートと同じような口ぶりで話している彼が、心底憎らしかった。

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