第4話
「それでは! 新人二人の我がチーム加入に際し、歓迎の意を表して…カンパーイ!」
乾杯!と周囲でグラスを交わす音が響き出す。
新歓の舞台である居酒屋に到着したあと、12人掛けの長机が二卓ある座敷タイプの席に通された。
席順としては到着順に座って行ったこともあり、柊と鳴海が隣同士。その対面に桐原と比嘉が座ることとなり、長机の端に位置している。
「柊、比嘉。改めて、ようこそ。これからよろしく頼む」
「私からも、よろしくね。柊さん、比嘉君」
「ありがとうございます、鳴海先輩! 桐原先輩!」
「よろしくお願いします、鳴海さんも桐原さんも!」
4人で一言終えた後、挨拶回りに動き出すため、それじゃと告げ席を離れる柊と比嘉を見送る鳴海と桐原。
向かい合わせで座る二人はちびちびとお酒飲み、つまみを黙々と食べていたが、その沈黙は気まずいものではなく、不思議と居心地の良いものだった。
しかし、それは二人に限った話であり──
「…なあ、あの端席。なんであんな静かなんだ…?」
「桐原相手だったら珍しい話でもないだろ」
「そうだな…。鳴海も大変だな…」
「新人担当同士とはいえ、あの桐原だろ。顔は良いけどあの性格じゃなあ…」
他から見れば、そうではないのは明白だった。
桐原は確かに見た目もよく、仕事も出来る。ただ、彼女の生真面目な性格が、きつめであること。要は可愛げがないと感じられているのは事実だった。
そんな彼女とプライベートな時間を過ごすのであれば、どうするかと聞かれれば、刺激しないのが一番であるという結論に至るのが自然だろう。
だがそれは付き合いの浅い、彼女への理解が無い場合だ。
「…桐原。聞こえてんだろ。なんとかしようと思わないの?」
「ないわ」
「ないわってお前そんな端的に…」
「今までずっとそうだもの。…これからも、ね」
そんな話が聞こえた鳴海は、当然同じように耳に入ったと思われる桐原にいい機会だと忠告した。
しかし、既に改善を諦めていると告げる彼女の様相を見て、何も言えなくなってしまう。
彼女の頬は酒の影響か少し赤らんでいて。憂いを帯びた表情も
だから冷静になるため、目線を切りながら誤魔化すように、彼女への注意を返事とした。
「だったらその寂しそうな
「…貴方のその歯に衣着せぬ言い草も相変わらずね」
「お前と違って相手は選ぶけど」
「そうね…。よいしょっと」
「あ? お前どこへ…っておい」
すっと立ち上がった桐原は、机を迂回し、鳴海の隣に座る。
そして、机に突っ伏した。
「…なにしてんだ」
「別に…。顔、これなら見えないでしょ? 幸の身体で影にもなってるから、他の人にも見にくくなるし」
「その呼び方は職場ではしないんじゃなかったの?」
「もういいじゃない。若い子二人にもバレちゃったんだし…」
「お前ほんと酒入るとそうだよな…」
桐原は酒が入ると、ガードが緩くなる。普段の生真面目さが嘘のように全てのことに対して線引きが甘くなるのだ。
今の台詞は、自分に架しているルールに甘くなっている証拠だ。
そして、彼女の
だからこそ彼女にはなるべく飲み会などの飲酒が必要な場面には参加しないように注視していたのだが…。
(流石に、自分の担当する新入社員に対しての歓迎会に出るなとは言えない)
「…? なにか言った?」
「何も。それよりお前、それ以上飲むの止めとけ。ソフトドリンクあるから選んでくれ」
「…まだ、私コップ二杯しか飲んでないわよ?」
「量が問題って訳じゃないんだよ…。仕方ない」
机に突っ伏している彼女の片腕を掴み引っ張る。
ん…と少し艶っぽい声を無視し、机の下で手を握る。
「…何? 私と手を繋ぎたかったの…? 甘えたさんなのね」
「うるさい酔っ払い。いつも通りさっさと寝ちまえ」
「…ふふ。そういう、ことに。してあげ…」
きゅっと握った手の力が段々緩んでくるのと同じく、声が途切れ途切れになり、規則正しい寝息を立て始める。
サシで飲みに行くことも増え、その中で習得したスキルである。
彼女は酔っ払ったあと、誰かの手を握ると安心して眠ってしまうのだ。
これを知ったときは店員さんに派手な迷惑をかけたものだと思い返す。
あのときは、お手洗いに立つ桐原に気を使って、女性の店員が手を引いてくれたのだが、目的地に着くまでフラフラしてきて、危ないと思い椅子に座らせるとそのまま寝てしまったのだ。
それ以来、めんどくさい酔い方をする前に寝付かせることが出来るようになったのは怪我の功名だったのだが。
「…こいつも、寝てるときは可愛げもあるんだけどな」
少し緩んだ表情で眠る桐原の顔を横目に、思ったことをぽろりと呟く鳴海。
酒の力もあってリラックスしているからか、険の取れた眉間を見て、微笑を浮かべる。
いつも肩肘張って、周りから侮られないよう自分を強く見せている彼女の姿は、痛々しい側面もあるが、尊敬出来るものだと感じていた。
同郷の
…素面のときに聞けば、余計なお世話と切り捨てられるのが簡単に想像出来るな。なんて一人苦笑した。
「…あの、鳴海先輩。そろそろいいですか…?」
「!!?!??」
急に耳元に少しの吐息とぼそぼそと聞こえた声に、弛緩した身体は過剰に反応し、机の裏面に膝をぶつける。
バッと桐原と反対側の隣席に振り向けば、過剰反応に驚き若干引きつったような顔の柊が座っていた。
「あの、お取り込み中みたいだったので、声をかけるの待ってたんですけど…。お邪魔でしたか?」
「ああ、いや。…まさか隣にいて、しかも急に耳元で囁かれるとは思ってなかったから…ごめん」
「謝らなくても大丈夫です。私も驚かせてすみません」
挨拶周りが終わり、席に戻ってこようと思ったら桐原が座っていたため逆側の席で待っていたようだ。
ちなみに比嘉は他の先輩社員に絡まれているようだった。
早速可愛がられているようで何よりだ、と一息吐く。
「皆さんから優しい言葉をかけて頂きました。…でも、比嘉君ほど引き止めはなかったです」
「それは仕方ない。みんなビビってるんだ」
「ビビる…? ああ、もしかしなくてもハラスメントですね」
「そういうこと。俺らおっさんからすれば、歳が5つも離れれば何考えてるかわからない物だよ。当たらず障らずの距離でってやつ」
「…それは、少し寂しいですね。要は壁があるってことですもん」
「は…? お、おい柊??」
「知ーりーまーせーんー」
普通に状況を説明するまでもなく、察してくれる辺り、賢いやつだと内心舌を巻いた。
それなのに、ぷくっと頬を膨らませたと思うと柊は鳴海の肩に頭を載せるように寄り掛かった。
よく見ると頬が赤く、心なしか目も据わっている気がする。
「…柊、取りあえず離れて。これはマズいから」
「聞ーこーえーまーせーんー。…鳴海先輩も私から距離を取るんですか…?」
「柊、これは職場の先輩後輩の距離にしては近過ぎるから。物理的にも精神的にも」
「そんな正論は聞きたくないです。それに、そんなに拒絶しなくても良いじゃないですか。私から近付いていますし、役得だと思うんですけど…そんなに魅力ないんですかね?」
どうやら柊は酔うと聞き分けが良くないらしい。
いつもの職務中ならば正論にはすぐ納得して引く柊が、聞きたくないと来た。
で、あるならば酔っ払いの相手だと割り切って適当にあしらうしかないと諦めの気持ちで対応する。
「あー…、柊。お前はもう少し自覚を持て。お前狙いの男性社員も既に何人か居るって話だ。それくらい魅力的なのは確かだから」
「…先輩は、どうなんですか?」
「は?」
「…なるみせんぱいは。みりょくがあるとおもってくれていますか?」
潤んだ瞳で肩から見上げてくる柊は、呂律が怪しくなりながらもストレートに疑問を投げかけてきた。
そんな柊の表情は、思わず息を飲むほどの暴力的な可愛さがあった。
睫毛長い。目が大きい。鼻筋が整っている。唇柔らかそう。なんだかいい匂いまでしてくる。身体に触れる体温が心地良い。
一瞬でそんな考えが頭の中を駆け巡り、我を忘れそうになる、が。
「そうだね。柊は魅力的。だから、離れよう、な!」
「わ、わー。か、かみのけぼさぼさになっちゃいますー。いじめっこー」
鳴海は鉄の意志で、柊の頭を鷲掴みにし、乱暴に撫でつける。
それはそれで楽しそうに笑いながらはしゃぐ柊にどっと疲れを感じながら、危機は去ったと安堵した。
酔っ払いの相手だと割り切るといっても相手はとても可愛い美人さん。
鳴海の経験値にはそんな相手への対応マニュアルは存在しなかった。
今の対応で、『柊は飲むと寂しがりになる』の一文が追加された訳なのだが。
そんな鳴海は結局のところ必死だったのだ。なんだかんだ言って桐原も美女。美人二人の相手を立て続けにするなど、今までの人生でこなすことなど無かったのだから。
──したがって、周りへの配慮など、抜け落ちても仕方ないこと。
「…鳴海? 良い身分じゃねーか、美女二人侍らせてなぁ?」
「此処は新歓で来た飲み屋であって、キャバクラじゃなかったと思うんだが???」
「…すぅー。すぅー」
「…えへ、えへへ…ふゅ…」
「……俺も寝てるということで、此処は一つ」
橋下TLを筆頭に数名の男性社員から冷やかしの言葉と、据わった目からの私怨の籠もった視線が突き刺さる。
手を握ったまま離さず寝ている桐原と、はしゃぎ疲れて背中を鳴海の側面にもたれかけて眠る柊。
そんな二人を起こさないように、動くことの出来ない鳴海は、俺が何をしたって言うんだ…と世の不条理を嘆くのであった。
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