第3話

「よし、全員シートベルトしたな。それじゃ出発するぞー」



 鳴海は、乗車メンバー全員のシートベルト着用を確認した上で、サイドブレーキを解除。シフトレバーをPパーキングからDドライブに入れ、自社の駐車場から発車する。



「…本当に案内ナビは任せて大丈夫?」

「任せてください…ここでバッチリ汚名返上ですっ」



 助手席に座るのは、握り拳を作りながら業務での失敗続きを案内で功を上げ打ち消すつもりの柊。

 鳴海は内心、いやかなり心配していた。無事、新歓の開催地に着くのだろうかと。

 そんな思いを振り切るかのように、後部座席の二人にも声をかける。



「後ろの二人も、もし道が間違っていたら教えて。実際全員初めて行く場所だし、ある程度迷うのは織り込み済みだから」

「わかったわ。それよりも、安全運転を心がけなさい」

「了解っす、鳴海さん! いやーそれにしても柊~。汚名は挽回するもんだろ~? 何言ってんだよー!」

「……比嘉君。柊さんの方が正解よ。汚名は返上。挽回は名誉よ」

「え、マジっすか。うわ、恥ずかしいー!?」



 お調子者と前情報の有った比嘉と、塩が聞いた対応ながらもちゃんと返答を入れる桐原。

 一目で二人の関係性がわかるな、などと考えつつそばに置いている缶コーヒーを一口飲む。


 今日は、柊に話していた新歓の日。

 この4人の中で車通勤なのは鳴海だけということもあり、他3人を載せて行くことになっていた。

 二人の新入社員が下に付いてから二週間。

 ある程度の会話が弾む程度には仲も深まった気がする。

 というよりも。



(鳴海先輩…表情はあまり変化無いのに。不思議とわかりやすいんだよな~。…お陰で私は親しみ易かったので良かったんだけど)



 なんて考えるくらいには柊から鳴海に感じるハードルは低くなっていた。

 上司の橋下が鳴海に言っていた、話しやすいという評価はこういった部分にあるのだろう。



「比嘉。桐原とは上手くやれてるか?」

「…何? 私が下手を打つとでも? 心外なのだけれど」

「そういうとこだぞ桐原。それに、俺は比嘉に聞いてる」

「あー、まあ。ボチボチっすね。中々褒めて貰えないっすけど、またそれがイイっていうか!! 報われる感ありますね!」

「………なあ桐原。教育担当って、別に性癖を開発しろって訳じゃないんだぞ?」

「黙って。…普通にセクハラよ、それ。柊さんに謝りなさい」

「え、ええ!? 私ですかぁ!?」



 ぽんぽんと会話が繋がる。

 そこで柊と比嘉は奇しくも同じ感想が脳裏を過る。

 桐原はここまで気安い存在だったかと。

 基本的に彼女は職場内で最低限のコミュニケーションしか取らない印象がある。

 今の鳴海への返答は、通常では有り得ないことだった。

 疑問に思ったことは早く聞くタイプに、この二週間で変えられてしまった──自覚無しな──柊はその疑問を口にしたが、



「…あの、鳴海先輩。ちょっと聞きたいんですけど」

「何? 改まって」

「いや、鳴海先輩と桐原先輩ってその…ええっと」

「付き合ってるんっすか!? ──って怖っ!? 桐原さん顔!! 眉間ヤバいっす!!?」



 言い辛そうにしていた柊を遮る形で比嘉が核心を突くも、桐原の顔が放送コードにひっかかりそうほど険の有るようになったところでビビり散らすことになる。

 それをバックミラーで視認した鳴海は、小さく吹き出した。



「それは俺に失礼だろ、桐原。そんなに嫌か…ショックだ」

「…べ、別に嫌とは言ってないわ」

「いや、だけど顔がs」

「な、なによ! は私の言うこと信じられないの!?」

「……幸?」

「ベッタベタなツンデレですやんもう…」



 鳴海がショックを受けた様相を見せると、冷静さを保てなくなった桐原はアッサリ暴発した。

 柊は桐原から鳴海への呼び方に引っかかりを覚え、比嘉に関しては全てを悟ったような表情でやれやれと肩をすくめた。



「あー。良く勘違いされるけど違う。桐原…いや、琴音と俺は中学から一緒でさ。良く言う幼なじみってやつ」

「そうよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」



 あと、デレた覚えはないのだけれど、と比嘉に睨みを利かす桐原の頬は少し赤い。

 事実、鳴海と桐原は中学の頃からの知り合いだ。更に言えばお互いの実家は徒歩10分圏内でもあり、親同士もご近所ネットワークで繋がっているレベルだった。

 とはいえ中学卒業後から就職、続けて所属グループまで一緒となれば、ただの知り合いで済む訳もなく、二人でサシ飲みするくらいの親密度であるのは確かだった。

 そこに、恋愛感情があるかどうかは本人にしかわからないのだが。



「ま、俺みたいな一見オタメガネと、琴音みたいなクールビューティーがお似合いなんて言われたこと一度もないから。皆そういう話題でからかうの好きだもんな」

「…そうね、確かに多いわね。私も流石に慣れたわ」

「今あからさまに引っかかってたけどな」

「何か言ったかしら。幸」



 イエナニモ、と若干カタコトで返す鳴海は桐原の笑顔にビビっていた。

 そんな二人を見て、比嘉は依然にやついており、柊はキラキラとした眼差しで桐原と鳴海を行ったり来たりしていた。



「先輩方…なんだか大人って感じですね! その大人のお付き合い、みたいな!」

「柊ー、人の話聞いてなかったのかー? 付き合ってないぞー?」

「桐原さんにこんな一面があったなんて、意外っすー。もっと冷血無慈悲な感じかと思ってたっすよー」

「…言い過ぎじゃないかしら、それは」



 そんな感じでワイワイ騒いで車を走らせていれば当然の帰結だが、当初の予想通り会場には定刻より遅れて到着することになる。



「あ、今の所右でした」

「オイ」


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