第2話


「鳴海先輩。PCの設定でわからないところがあるんですけど…」

「ん、見せて」



 一通りの連絡事項を伝え終え、部次長の挨拶をした後。

 自席に戻り、柊のPCセットアップをすることに。

 しかし──



「このアイコン、どこにあるんですか??」

「再起動って書いてあるんですけど、押しちゃっても大丈夫なんですか…?」

「鳴海先輩!!」

「鳴海先輩…」

「あの……!!」



 柊は数分毎に鳴海を頼ることになっていた。

 先ほどまでの気合い十分な姿は見る影もなく、弱々しい声で話し掛けてくるような状態になってしまっている。



(な、鳴海先輩、怒ってる…? もしくは呆れているのかな…、うう。やっぱり、向いてないのかなぁ…)



 質問する度に、鳴海の声や表情が堅くなっていくように感じている柊は、どんどん自分を追い込んでしまう。

 そうしている内にまた、エラーメッセージが出てしまう。

 柊は鳴海に対し、萎縮しかけているが、勇気を振り絞り何度目かの声をかけた。



「あの…、何度もすみません。鳴海先輩、こんなエラーメッセージが出てしまって…」

「…なあ、柊」

「は、ハイっ!?」

「おわっ!? え、なに? なんで声裏返るくらいビビってんの? むしろこっちが驚いたんだけど…」



 名前を呼ばれただけだが、叱られるイメージが先行した柊は思わず声を裏返しながらビクッとしてしまう。

 その反応に釣られ、それよりも大きくガタッと音を立てながら反応を見せる鳴海。

 …周りの視線が少し集まっている。

 羞恥の余り顔に熱が集まってくるのがわかる。



「あー、すみません。ちょっと書類積み過ぎて崩してしまって思わず声が…。お騒がせしました」

「…!」



 ちゃんと整頓しろよー、なんて対面の席から声がかかる。

 柊は庇って貰ってしまったことに、不甲斐なさを感じながら、謝罪の言葉を口にする。



「…すみません、鳴海先輩」

「何に対しての謝罪か知らないけど良いよ。とりあえず、そのエラーメッセージはキャンセルを押して。…手順書の8項の2だな。そこからやり直そう」

「は、はい。ありがとうございます」

「あと、これ終わったらちょっと行くとこあるから。よろしく」

「…? はい。わかりました」



 心当たりがない切り返しに疑問符を浮かべるも、鳴海の言うことを了承する。

 その後も何度か引っかかりながら、2時間後。なんとかセットアップが完了することになる。





「…はい。レモンティーで良かった?」

「あ、ありがとうございます。その、これ、お金…」

「いいよ。どうしても気になるなら柊の時間を30分くらいもらう代わりってことで納得して」

「え? それは、どういうことですか?」



 鳴海に連れてこられた場所は、別フロアにある休憩所。

 自販機から二本の飲み物を購入してきた鳴海から、言われるがままレモンティーを受け取る柊は、何の用事か聞かされていないままだった。



「折角の後輩との親睦を深めるため…、というのは建前で、ちょっと聞きたいことがあって。柊って、こういう機械系苦手なんじゃない? なのに、どうしてウチの部を希望してきたの?」

「あー…、やっぱりバレてました?」

「逆に何故バレないと思ったのか聞きたいくらい。…まあ、一応教育担当には事前の情報も少しは入ってくるってのもあるけど」



 橋下TLから鳴海が受け取った資料には、柊の研修時の評価と今までの経歴が記入されていた。

 彼女の人間性への評価が高いのに対し、業務上必要な基礎となる理数系・機械系の知識や適性の低さが目立つこと。

 実際、彼女の経歴としては理数系の出身ではあるものの、成績は文系のほうが優秀だった等とちぐはぐさが見受けられた。

 だからこそ不思議だったのだ。明らかに彼女は無理をした上で、希望配属先を設計部門にしていることが。



「…向いていないことは、わかっているんです。昔から、私は数学や物理より現代文や古典の方が得意でしたし、機械モノにも弱くて」

「なら、どうして?」

「…簡単に言うと、おじいちゃんの影響なんですよ」



 一口、レモンティーを飲み。気を落ち着け、話を頭の中で整理する。

 柊は少し照れが入りつつも、少しプライベートな話なんですけど、と前置きを入れた上で話を続ける。



「両親は仕事が忙しくて、余り構ってもらえない家庭でした。そんな中、おじいちゃんは小さな玩具店を定年後の趣味にしていまして。結構空き時間を使って相手してもらっていました。…ありがちな話かもしれませんが、私、家のこともあって塞ぎ込みがちで。単純に暗かったんですよ」



 ある時、私の大好きだったお人形さんをクラスメイトに壊されてしまって。その頃で言う軽いいじめ、なんでしょうね。

 あの時は派手に泣き喚いたものです。泣きつく相手すら居ませんでしたけど。そんなことすら、私はわからなかったから。

 ただ、その時におじいちゃんが声をかけてくれて。

 その人形を直してくれたんです。



「お腹に痕が残ってしまって申し訳ない。けれどこれが精一杯なんだ。…そうだ。寂しくないように他のお友達を創ろう」



 そう言ったおじいちゃんは、そのお人形さんを見ながら、似たような人形を沢山創ってくれました。

 本当に、嬉しかったんです。



「それをいつまでも覚えていて。私がある程度大きくなったときに約束したんです。必ず私も何かを創って、誰かを笑顔にするって。おじいちゃんは何年か前に亡くなってしまったんですけど、それでも約束、破りたくないんです。だから向いてないのはわかっていますけど、諦めたくないんです」

 

 

 無意識のうちにきゅっと握り締めた両手が痛い。

 心なしか目頭も熱くなっている気がする。

 そんな柊を前に、鳴海は。



「あ、いやいやいや、ちょっと待って。落ち着け柊。何か誤解してない? 俺、別に諦めさせるとか、そういうつもり無いんだけど?」

「…へ?」



 真顔で返す鳴海に対し、さっきまでの熱が急速に引いていく感覚に襲われる柊。



「苦手、嫌いなモノを続けるための理由。俺はどちらかといえばそういったモノから逃げるタイプだから理解にズレがあるんじゃないかと。俺の教え方が原因で、似たような考え方になっても困るし。だから、ちゃんと理由を聞いて、向き合った上でやり方を考えようかと思ったんだけど…」

「な、ななな! なら、さっさと止めて下さいよぉ!?」

「ええー…。なんか真面目な話っぽくて途中で口出せない雰囲気出してたから…」



 羞恥の余り、立ち上がって距離を詰めながら文句を言う柊に対し、鳴海は気怠げに軽口を返していく。



「鳴海先輩は意地悪ですっ! そもそも先輩こそ真面目な雰囲気で話を始めたじゃないですかっ!!」

「真面目な話だろ。柊の教育方針なんだから」

「ま、間違っては無いですけど…!! あれだけのことをして、場所移動してまで問い詰められたら何かあるかと思うじゃないですか…!!」

「何かって、何?」

「それは…!! ……く、クビとか…?」

「……柊…、お前…」

「あああ、言わないで下さいっ! 確かに冷静に考えたら配属初日でPCの初期設定手間取ったくらいでクビになるとか有り得ないですもんねそうですよねっ!!!」



 うぅ、見ないで下さいぃぃ…と言いながら小さくなっていく柊を、可哀想な物を見る目で見やる鳴海。

 しかし、ふっと表情を崩し少し微笑んだと思うと、



「まあ、なんだ。柊の気構えはわかった。俺より凄い奴だってことも。普通に尊敬する。…がんばろうな、柊」

「……」

「………柊?」

「ふぇ、は、ひゃい!?」

「なんだその返事」



 この数時間で初めて垣間見た微笑みと、一緒に頑張っていこうという寄り添う形の言葉に、一時的に頭の中が真っ白になる柊。

 そんな柊の内心に、ギャップ萌えという単語がよぎった。



(鳴海先輩、優しいな。それに、こんな風に笑うんだなぁ……って私何考えてるの!?)



 いくら何でもチョロ過ぎない!? これは違う、違うやつだから!!

 そんな言い訳を自分自身にしつつも、顔では愛想笑いで何でもありませんと鳴海に伝える。

 そうか、と小さく返す鳴海の表情はいつもの仏頂面に戻っていた。



「なら、席に戻る──あ、忘れてた。柊、連絡先教えてくれ」

「え、連絡先ですか? …もしかして、口説かれてます?」

「はぁ?」

「あ、ハイ。あの冗談です。なので、今日一きょういち怖い顔するの、止めて欲しいッス…!!」

「…緊急連絡先だよ。お前、突発年休とかどうするつもり?」



 なら最初からそう言ってください、と本音を内心に隠しつつ、わかりましたとスマホを取り出し電話番号を交換する。



「あ、あと詳しい予定は後で送るけど、新歓新入社員歓迎飲み飲み会があるから。候補日の中から出席出来そうな日教えてくれ。念のため言っておくが、この飲み会は無理をしてまで参加する物ではないよ。参加したくなければ正直に申し出て。いいね?」

「はい。わかりました。…鳴海先輩は来るんですか?」

「勿論。…酒は苦手だけれど、歓迎会は参加しなきゃな」



 気持ちだよ、気持ち。なんて言いながら立ち上がりつつ。話は終わりと言わんばかりに休憩所を出て行く鳴海。

 その後ろ姿を見て、



「照れ隠し。下手だなぁ、鳴海先輩」



 くすくすと小さく笑いながら、真っ赤になった鳴海の耳を目聡く見つけた柊は、飲みきったレモンティーのペットボトルに残った暖かさを感じながら、ゴミ箱に捨て、鳴海の背を追うように休憩所を後にした。


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