第18話 十分

 俺が大倉さんに話を振ると大倉さんは一瞬驚いたように俺の方を見るが、その視線はすぐに秋風へと向けられる。


 大倉さんは何度も言葉を紡ごうとするが、それを声に出すことが中々できずにいた。それもそうだろう。それができるなら今、こんな状況にはなっていないのだろうから。言いたいことを……伝えたいことを伝えられなかった。それは気まずさからなのか罪悪感からなのか俺には分からない。ただ、1つはっきりと分かることは黙って待つ。俺に出来るな事なんてそれだけなのである。


「……澪」


「…………」


「あの、その……ごめんなさい! 今更、こんなことを言っても許されるだなんて思ってない! 澪が1番辛い時にそばにいてあげられなかった私が友達なんてもう二度と言うことは許されないのは知ってる! けど……でも……私はずっと後悔してたの……」


 一度声に出してしまったら止まらないのか、大倉さんの懺悔は続いた。その悲痛な叫びに彼女がどれだけ後悔したのかは第三者である俺にも痛いほど伝わってくる。だから、張本人である秋風に伝わっていないはずはないのだが、秋風は俯いたまま微動だにしない。


「「………………」」


 気まずい沈黙がこの場を支配している。まるで、口を開くことが悪だと言わんばかりに。だからこそ、ここで言葉を発するべきは俺だ。なら、何を言うのか? そんなものは決まっている。この2人が言い出したくても言えないことを俺が……第三者である俺であるからこそ言ってあげられるのだ。


「もうお互いに意地を張るのはやめたらどうだ?」


「「…………」」


「もう分かってるんだろ? 自分がどうしたいのかなんて」


「「………………」」


「もう2人とも後悔はしただろ? 傷ついただろ? なら、もう十分だろ。そもそもの話として、2人は最初から悪くないんだから」


 そう。悪いのは周りの環境なのだから。秋風をいじめた女子達。そんな秋風を助けたくて周りを頼ろうとしても見放された大倉さん。これは悲劇を救おうとした人が悲劇に見舞われた。言葉にしてしまえばどうしようもない事なのだ。だから、せめて悲劇が悲劇で終わらないようにしてあげたい。それが身勝手ながらに抱いた俺の思いだ。だから、こんなにも強引な手段を取った。その結果として俺が嫌われてしまってもだ。


「「…………」」


「はぁ……2人とも自虐趣味でもあるの?」


「「そんなのないよ!」」


「やっと喋ったな」


「「あっ」」


「もう早く素直になってくれよ」


「う、うるさいな! 黒嶋くんには分からないよ! さっきから黙って聞いてたら偉そうなことばかり言って!」


「そうだよ黒嶋! なんで今更、あんたがでしゃばって来るのよ!」


「それはまぁ、みゆに言ってくれ。きっかけはみゆだからさ」


「「人のせいにするな!!」」


「……ごめんなさい」


 この2人容赦無さすぎないか? そりゃ、言うことはごもっともだけどさ……。こんなにも息もぴったしに……。けど、やっぱりこの2人は仲良くしているべきだ。こんなにも息が合うやつなんて世の中にはそうそういないのだから。けどそれは、俺が言うまでもなさそうだ。


「もう! けど、ありがとうね。黒嶋くんのおかげで大事なものに気づけたよ」


「……澪」


「ねぇ、唯華。良かったらまた私と友達になってくれないかな……はは。これちょっと恥ずかしいね」


「……本当にいいの? ……私でいいの?」


「私は唯華がいいの」


「澪……ごめんなさい! 本当にごめんなさい! もう絶対に見捨てないから! そばにいるから!」


 そう言って大倉さんは秋風に抱きつきながら大声で泣き始めてしまった。秋風はそれを愛おしそうに抱きしめながらも頭を撫でてあげていた。その秋風の目にも涙が浮かんでいたのは気づかないでいてあげるべきだろう。


「ふぅ……これで一件落着かな」


 この場に俺はもう必要ないだろう。あとは、もう2人でも大丈夫だろうから。俺はそう思い、この場を後にしようとしたのだが……


「黒嶋くん!」


「……ん?」


「ごめんね」


「なんで秋風が謝るんだ?」


 これは俺の率直な感想であった。謝るようなことはしても、謝られるようなことは何もしていないのだが? 


「いじめられていた時、私はずっと1人だって言ったけど……黒嶋くんは私と仲良くしてくれてたから。一応、加賀くんも」


「あぁ……なるほど?」


「私は黒嶋くんのことを嫌いになんてならないよ。黒嶋くんも私にとっては大事な……」


「?」


「親友だからね!」


「!? そうか……ありがとな」


 それだけ言って俺は今度こそ本当に公園を後にする。俺は本当に嫌われる覚悟をしていたのだが、俺はどうやら大事なものを失わずに済んだようだ。その事実に安心感と親友とまで言って貰えた喜びで胸を満たしていたのだった。

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