第13話 繊細な心

 落ち着け.......落ち着くんだ俺.......状況を整理しよう。朝からバイトに行く。そして、バイトが終わって帰宅する。そしたら、いきなりみゆに抱きつかれる。.......ダメだ.......意味がわからなさすぎる.......。


「あ、あの、みゆさん? いったいどうなさったのですか.......?」


「.......怖かった」


「え?」


「朝起きたら和哉くんが居なくて怖かったの!」


「!?」


 叫ぶように言って顔を上げたみゆは泣いていた。朝起きたら俺が居なくて怖かった? .......ますます意味が分からない。むしろ、俺も家に帰ってまだみゆがちゃんと家にいてくれるか分からなかったので怖かったのだが.......。


「なんで朝起きたらいないの!」


「なんでって.......朝からバイトに行ってただけだが.......言ってなかった?」


「言ってない」


「それは悪かったよ。俺としては朝早いからみゆに気を使って起こさないようにしたつもりだったんだが.......」


 これは完全に逆効果だったか? というか、ここは俺の家でもあるのだから時間が経てば帰ってくるに決まっていると思うのだが.......。


「.......また、捨てられたかと思った」


「!?」


「和哉くんにとって私は邪魔でしかないのは私も分かってる.......。けど、私にはもう和哉くんしかいないから.......」


 出会ってまだ、2,3日だというのに随分と信頼されたものだな.......。いや、これは信頼というよりある種の依存なのかもしれない。弱った自分を支えてくれる人が今のみゆには必要なのだろう。


「悪かった.......。これからは、こういったことがないように気をつけるよ。あと、俺は別にみゆのことを邪魔だとか思ったことは無いから。みゆを家に連れてきたのは俺自身だしな」


 これは本心だ。この2日間みゆと同じ部屋で生活をしていて心臓に悪いと思ったことは1度や2度では済まないが邪魔だと思ったことは1度としてなかった。


 今はまだ、たった2日だけではあるが、みゆのことがこの2日間で段々と分かってきたような気もする。みゆは普段は強がってはいるが本当はどこにでもいる普通の少女なのだ。いや、普通の少女よりも繊細な心を持っているかもしれない。


「本当?」


「当たり前だろ。俺はお前の親や家族になってやることは出来ないけど、お前のことを見捨てたりなんかはしない。これは絶対だ」


 みゆとは違って俺は親に捨てられたりした訳では無いが、俺も親がいないというのは同じなので、親がいないという悲しさは俺でも分かる。親がいない者同士だからこそ分かり合えることもあると思うのだ。


「.......信じていいの?」


「あぁ。それに俺はおまえを買ったんだぞ? 俺は自分の買ったものは大切にする主義なんだ。だから、みゆのことも大切にしたいと思ってるよ」


「!? .......そうだったね。和哉くんは私の主様なんだったね」


「主様はやめろ」


 ふふっと笑ったみゆは、そのままその場に正座して背筋を伸ばして居住まいを正す。


「和哉くん。改めまして、不束者の私ですが今後ともよろしくお願いしてもいいですか?」


「.......お前が俺の事を嫌になってこの家から出ていかない限りは好きにしろ」


 完全に照れ隠しで強い口調で言ってしまった。みゆはその事に気付いているのか気付いないのか分からないが、いたずらっ子のような笑みで、


「そんなことは絶対にありえませんから」


と告げる。俺はもう、みゆの顔を正面から見ることが出来なかった。

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