第6話 悲痛な覚悟
「...................」
さすがのみゆもこれには呆れ顔だ。そりゃ、そうだろう。俺も自分自身に呆れたわ。なぜ、こうなることが分かっていなかったのか.......ショッピングモールに行ったならその時に買っておけばよかった.......。まぁ、どちらにせよ同じ部屋で寝ることにはなるのだが.......。
俺の家は1Rなので1つの部屋とキッチンとトイレと浴室しかないのだ。トイレと浴室は絶対に別々にして欲しいと思ったので、少し値段は高くなるのだがこの部屋に決めた。ちなみに、俺は布団派なので部屋にベッドなんてものは無い。
「俺は床で寝るから、俺が普段寝ている布団で悪いが使ってくれ.......。布団は定期的にちゃんと洗ってるから綺麗なはずだし.......」
「いや、私が床で寝るからいい」
「そんなに俺の布団じゃ寝たくないのか.......」
「そうじゃなくて.......和哉くんずるい.......」
「何がずるいのかは分からないが、女の子を床で寝させるなんて出来ないから大人しく布団を使ってくれたら助かる」
「.............分かった」
みゆは不承不承と言った感じではあるが、どうやら布団を使って寝てくれるようだ。明日すぐに買いに行こう。これは決定事項だ。この問題は早急に解決しないと、俺の体が持ちそうにない。
「それじゃ、電気消すぞ?」
「うん」
それから、電気を消して寝る体勢に入ったのだがそうなると互いの息遣いがよく分かってしまうわけで.......
「寝れる気がしねぇ.......」
「布団使う?」
「いや、いい。それに、そういう意味じゃねぇ」
「?」
みゆは全くなんのことか分かっていないような雰囲気が伝わってくる。電気を消してるから顔は見えないが恐らくそんな気がするのだ。
聞こえてくるのは、みゆの息遣いと時計の針の音。呼吸のリズムが一定ではないから、まだみゆは起きているのだろう。俺はみゆの方に背を向ける形で自分の腕を枕に寝ようとしていたのだが、後ろから急に服を引っ張られる。俺の服を引っ張ることができる人物なんてここには、1人しかいない訳でして.......
「みゆ? 急にどうしたんだ?」
「.......眠れないから、私の話に付き合って欲しい」
「まぁ、お前が寝付くまでなら構わないが俺が先に寝ても怒るなよ?」
「私はそんなことじゃ怒らない」
「へいへい」
「まずは、あなたに謝らないといけない。ごめんなさい」
「は? なんでだ?」
本当にこればっかりは心当たりがなかった。むしろ、無理やり家に連れてきた挙句に布団が用意されてなかったことに対して俺が謝らなければならないような気もするんだが.......。
「正直に言うと、電気を消した時点で襲われるんじゃないかと思ってた」
「お前は俺をなんだと思ってたんだ?」
さすがにそれはひどいわ.......。俺の善意をなんだと思って.......
「だから、謝ってる」
「それが、言いたかったことなのか?」
「私、本当は辛かった」
「!?」
これが、俺に襲われなかった事が辛かったなんて勘違いはしない。恐らく、今からみゆが話すことが本題なのだろう。
「いつか、こうなるんじゃないかって思ってたから覚悟はしてたつもりなんだけど.......甘かったみたい.......」
「普通はそんな覚悟しねぇよ」
親に捨てられる覚悟なんて、子どもにさせてる親がいるってだけで腸が煮えくり返りそうだ。
「今日、学校が終わって家に帰ったら家具とかが全部なくなってて、とうとうこの時が来たのかって思って私、泣きそうになって家から飛び出したの」
俺にはその時のみゆの気持ちが分かるなんて軽いことは言いたくなくて、何も口を出さずにみゆの話に耳を傾けていた。
「そんな時に、和哉くんは声をかけてくれたの。だからかな? あの時、私はこの人なら自分を助けてくれるんじゃないかって思い込んでしまったの。だから、和哉くんには嘘偽りなく起こったことの全てを話したの。和哉くんと話したのは、私の現実逃避でもあったのかもしれない」
現実逃避などと言っているが、本当はきっと藁にもすがる思いで俺に全てを打ち明けてくれていたんだろう。
「和哉くんが家に来いって言ってくれた時、本当はすごく嬉しかったの。本当に助かるかもしれないと思って。けど、普通に考えてそれはありえないことだって思っている私もいたの。だから、私は建前が欲しかったの」
「なんの建前が欲しかったんだ?」
「私があなたについて行ってもいいという建前。あなたは私を買ったと言ってくれたのが、私の救いでもあって同時に覚悟を決めた瞬間でもあったの」
「覚悟?」
「自分自身を汚す覚悟。私には、もう自分の体しか人に差し出すものなんてなかったから.......」
「はぁ.......お前、どんな覚悟決めてんだよ。それに、差し出すものがない? お前が俺に10万円という大金を差し出したから俺はお前を買えたんだよ。お前はもっと自分を大切にしろ」
最初に声を掛けたのが俺であったから良かったものの、一歩間違えれば大変なことになっていたかもしれないと思うとゾッとしてしまう。
「.......自分を大切にしろだなんて言われたの初めて.......ねぇ、和哉くん。少しだけ背中借りてもいい?」
「.......好きにしろ」
「ありがとう」
そう言うとみゆは、俺の背中に額を押し付けてずっと堪えていたであろう涙を流していた。嗚咽を堪えようとしていたのが余計に痛ましかったが、我慢せずに泣けよなんて言葉は初めて今日話した相手に俺は言ってやることが出来なかった。10分ほど泣き続けたみゆは疲れてしまったのか、そのまま寝てしまった。
「はぁ.......せっかく布団渡したのに結局使ってねぇじゃん」
部屋の中は暖房が効いているから風邪を引くなんてことは無いんだろうけど、俺は今、みゆに背中にしがみつかれている状態なので当然寝返りを打つことなんかできず、眠ることさえ出来ないどころか思考が冴え渡ってしまっている。
「実の娘をここまで追い込む親がいるなんてな。親が生きていても不幸になるなんてことあるんだな.......」
俺の両親は俺が物心着く前に事故で亡くなってしまっているため、親の愛なんてものは知らない。顔さえ写真でしか見たものしか知らないのだ。
けど、親が子を大切にするということは、親がいない俺でも分かることだ。みゆの今置かれている境遇に対して、気軽に同情なんてものは出来ないが、どうにかしてやりたいとは本気で思う。
みゆの親に対しても怒りを覚えずにはいられない。しかし、これも全て俺の自己満足でしかないのかもしれない。この怒りの矛先をどこに向ければいいのかも分からないまま、ずっとみゆに対する色々なことを考えていると俺は一睡もすることなく朝を迎えていた。
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