第4話 緊張
「.......ありえない」
「.......ごめん」
俺は彼女の説得に成功したあと、外にいては冷えるからすぐに自宅に帰ってきた。そこまでは、良かったのだ。しかし、家の扉を開けた瞬間に見える部屋の中身は、決して人様に見せていい有様ではなかった。さすがに、そんな汚部屋に華の女子高生を連れ込む訳にもいかないので部屋の外で待ってもらっていたのだが.......
「普通、この寒い中1時間も部屋の外で待たせるかな?」
「.......本当にすいませんでした」
俺としてはこの1時間の間に白夢が嫌気をさしてどこかに行ってしまうかもしれないと思っていたのだが、そこは律儀に待ってくれていたので一安心しているところではあった。
「はぁ.......主様は部屋の整理もまともに出来ないのね.......」
「えっと.......もしかして怒ってます? あと、主様はやめてくださいお願いします」
「別に怒ってなんかない」
いや、嘘だろと言いたくなるくらいには白夢は怒っていた。まぁ、それもそうか。白夢からしたら無理やり連れてこられたにも関わらず部屋の前で1時間も放置されていたわけなんだから。
「すいませでした.......」
「はぁ.......もういいわ。それよりも、名前」
「名前?」
「私、あなたの名前知らないわ」
あぁ、なるほど。同じクラスに半年間もいたにも関わらず俺の名前は覚えてくれていなかったわけですね。確かに接点なんてまるでなかったけど、なんかショックだな.......
「黒嶋和哉だ」
「黒嶋様ね」
「様付けはやめろ.......」
「じゃあ、和哉くん?」
「!? .......いきなり名前呼びかよ」
異性から名前で呼ばれることなんて幼稚園を卒園して以来、初めてだ。なんかこうムズムズする.......。
「私のこともみゆでいいよ」
「そ、それは.......」
異性の事を名前で呼ぶのも、もちろん幼稚園を卒園して以来な訳でありまして.......端的に言うと俺にはハードルが高いのだが.......
「親から捨てられた私が白夢の姓を名乗るのもどうかと思うの。それにもう.......呼ばれたくない.......」
「.......っ」
それもそうか.......。苗字なんて言うのは、家族の繋がりを示すわかりやすいものだ。しかし、今の白夢にとってはそれは、自らの首を締め付ける鎖でしかないのかもしれない。
「わかったよ、みゆ。これでいいか?」
「えぇ。ありがとう和哉くん」
な、なんか.......照れくさいな.......。2人向き合ってお互いの名前の呼び方を確認し合うってお見合いかよ.......。お見合いに行く人の気持ちを16歳という結婚もまだできないような年齢で分かってしまった.......。
「くしゅん」
「あっ、悪い。すぐに風呂を入れてくる」
このクソ寒い中、ずっと外にいたのだから先に風呂を用意しといてやるべきだった。暖房をつけているとはいえ、このままでは風邪をひいてしまうだろう。
「ありがとうございます.......」
くしゃみをしているところを見られたのが恥ずかしいのか、頬を少し赤らめながら俯いてしまっている。正直言って、そういうのはやめて欲しい.......。目の前でそんな反応されるとドキドキして仕方ない.......。
「あぁ、気にするな。それよりお前、着替えとかあるのか?」
「...................」
顔を上げたと思ったら、みゆは俺を無言でみつめてくる。つまり、これはそういうことなのだろう.......。
「もしかして.......ないのか.......?」
「それもそうですけど、私の名前はお前じゃありません」
「それじゃあ、風呂が湧くまでの間に買いに行くか」
「.........................」
無言の圧力を感じるのだが.......着替えのことよりもお前呼びされた方を気にしてるってのか?
「み、みゆどうする?」
「和哉くんに任せます」
「それじゃあ、買いに行くか?」
「分かりました」
「なぁ、みゆ。なんか口調変わってないか?」
「気にしないでください。こっちの方が素なので」
「素の方が敬語って.......みゆ、もしかして緊張してる?」
「!?」
おいおい、今更になって緊張してるなんてやめてくれよ.......。こっちまで変に意識してしまうだろ。
「し、仕方ないじゃない。.......男の子の家なんて初めてなんだから.......」
「!?」
ほんと、やめて欲しい。急にそんな可愛らしいこと言うなよ.......。もうさっきから、俺の心臓がおかしくなりそうだ.......。みゆを死なせる訳にはいかないと思って自宅に連れてきたのに、このままだと俺が死んでしまいそうだ.......。
「着替えを買いに行くんでしょ? 早く行きましょ」
「あ、あぁ。そうだな」
結局、みゆの素の口調がどれなのか分からないまま俺達は再び家から出て外に行くのであった。
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