第2話 交渉開始

「本気で言ってるの?」


「当たり前だろ」


 今の白夢みたいな境遇のやつに冗談でこんなことが言えるわけがないだろう。彼女が嘘をついている可能性もまだあるが、恐らくそれは無い。彼女は既にこの異常な現実を受け止めているように見える。それに、死ぬと言った時の彼女の目には迷いなど無いように見えた。


「そんなことしてもあなたに得はないよ?」


「目の前に今にも死にそうな子がいるのに、それを見て見ぬふりできるほど、俺は人間やめてねぇよ」


「そう.......なら、私の両親は人間をやめてしまっているの?」


「人間をやめてるかどうかは知らねぇが、人の親であることはやめている」


 例えどんな理由があろうとも、実の娘を放り出す時点で親でいる権利なんてあるはずがない。俺の心情的にはそんなやつ、人間すらやめていると言ってやりたいが彼女にそれを直接告げることは間違っているような気がした。


「それもそうかもね.......」


「そういうことだ」


「けど、その申し出は受けられないわ」


「なんでだよ!」


「あなたが私と同じ立場だったとして、あなたはその提案を受け入れられる?」


「.......それは」


 確かに、自分が親に捨てられたとして1人泣いていたところに同じクラスメイトではあるが話したこともない相手から家に来いと言われてついていくだろうか? 白夢の目には、俺は傷心につけ込んで良くないことをしようとしている男にしか写っていないのかもしれない。


「分かってくれた? あなたは善意で私に言ってくれているのだろうけど、はいそうですかと言って私もあなたにはついて行けないわ」


「じゃあ、お前はどうするんだよ」


「だから、さっきから言ってるでしょ? 私は死ぬよ」


「.......っ」


 白夢は本気で死ぬ気だ。そんな彼女を俺はどうすることも出来ない。説得しようにも、俺には分が悪すぎた。正論で返されたら何も反論なんて出来ないのだから。


「もう分かったでしょ? 私のことは放っておいて。あなたとは同じクラスに通ってるだけで話したのも今日が初めて。私が死んだところであなたの生活には何も支障はでないはずよ。3学期になったら私が教室にいないだけなんだから」


「お前はそれでいいのか?」


 一瞬、白夢が動揺したようにも見えた。しかし、微々たる変化でしか無かったから俺の気の所為なのかもしれない。


「良いか悪いかで聞かれたら、良いとは決して言えないわね。けど、どうしようもないから仕方ないでしょ?」


 やっぱり、彼女は死にたくは無いのだ。ただ、生きることを諦めただけ。そんな彼女をただ、関わりが少ないというだけで放っておけるだろうか? 否だ! 俺は何としても白夢を連れ帰る。彼女を死なせたりなんかしない! そう今決めた!


「お前、もう死ぬ気ならその10万円俺にくれよ」


「? あなたはこの、10万円が欲しくて私を連れ帰ろうとしていたの?」


「あぁ、そうだよ。それに、お前がそれを持っていても勿体ないだけだろ」


 彼女は一旦悩む素振りを見せてから俺に10万円が入っているであろう封筒を差し出してきた。


「確かに、もうすぐ死ぬ私よりあなたに使ってもらった方がいいわ」


 そして、俺はその封筒を受け取った。封筒の中身を確認してみるとそこにはしっかり10万円が入っていた。


「それじゃ、この10万円でお前を買うわ」


「...................」


 この時、初めて白夢は感情を露にした。彼女が俺に初めて見せた感情は戸惑いであった。

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