第8話 前門の虎と
朝倉のバイクは,白バイのような大型二輪車か,はたまた軍隊らしくオフロードタイプのような二輪車かと,勝手に推測していた悟志であったが,朝倉が持ってきた二輪車は,白バイよりも更に大きいシルバーウィングと呼ばれる超大型の二輪車だった。普通であれば,運転手の背中にしがみつく事を求められる同乗者であるが,後部座席とは思えぬほどのゆったりサイズであり,悟志は,道中スマホでAVを鑑賞できるほどであった。
「いや,このバイク本当に凄いですね,朝倉さん。乗り心地も凄く良かったですよ,快適でした。」
「そうでしょ。個人所有のバイクです,高いんですよ。やっぱりバイクは日本車ですよ,快適な上にフォルムが世界的に一番格好いい。」
そのように自慢しながら,朝倉は,妙興寺の思い外に広い駐車場にバイクを駐輪させていた。
「あんなに道が狭いのに,こんなに広い駐車場が必要なんですかね。不思議だと思いませんか。」
そのように呟きながら,ヘルメットを取る姿が実に様になる朝倉だった。
「斉藤さん,仕上がってますか?後部座席で,AV見てたでしょ?」
「無理ですよー。第一,ヘルメット越しにイヤホンができるわけないじゃないですか。それに,いくら乗り心地が良いからって,流石にバイクの後部座席では集中できませんよ。」
「そうですか,なら今からスタンバイしてもらいましょうか。ここはまさに敵側の巣窟です,早急に仕上げてください。頼みますよ。」
「分かりました。」
悟志は,懐に片づけていたスマホを取り出すと,着衣のまま,直ちに己を高めるための準備を始めた。
「朝倉さんっ,大変です!」
「どうしたんですか。」
「あの,どうもスマホがっ…。」
「どうしたんですか,スマホの調子でも悪いんですか?落ち着いてくださいよ。」
「ここ山奥すぎです,電波が入りませんっ!」
「何っ!」
さすがに血相を変えてしまう朝倉と悟志の二人だった。
「朝倉さん,どうしましょうか?」
「大丈夫です。こんな事もあろうかと,DVDのAVを10本ほど…。」
「こんな山奥の何処にプレーヤーがあるんですかっ,朝倉さん。しかも電源はどこにあるんですかっ。」
「そこが問題ですよね。」
「朝倉さん,落ち着いて,冷静に現状を分析しないでくださいよっ。」
そんな時だった。
「お前たちがジーマスターだな?」
掃除の最中だったのだろうか,妙興寺の修行僧と思われる筋肉質の厳つい男一人が,竹箒を持ったまま,その場に現れた。
「いえっ,違います,そんなジーマスターではありません。俺たちは。」
朝倉を差し置いて,咄嗟に否定をしてしまう悟志だった。
「ならばお前たちは何者だ。この寺の参拝客のようには見えんがな。」
「あの,その,まあ,それでも参拝客なんです,実は。」
嘘をつけない誠実な男,斉藤悟志であるが,見るに見かねて朝倉が横から入ってきた。
「すみません,私,自衛隊の者なんですが,実は,こちらにいらっしゃる大慈院さんとお話がしたくって今日は参りました。大慈院さんは,今いらっしゃいますか?」
「認めたな,お前が朝倉であろう。そしてそのへなちょこが,ジーマスターこと,斉藤悟志。違うか。」
修行僧は,やおら竹箒を投げ捨てた。しゃべり方といい,風貌といい,○斗の拳から出てきたような男,いや漢である。
「なぜ,あなたが私たちのことを知っているんですか?おかしいなあ。」
「伊達先生から,話は聞いている。この狭い山道だ,もはやお前たちに逃げ道はない,覚悟することだ。」
「伊達先生?あの野郎,せっかく,てめえの悪事を秘密にしてやったのに,恩を仇で返しやがったな。ひでえ野郎ですよね。そうは思いませんか,ねえ,斉藤さん。」
「あの,そうは思いますけど,朝倉さん…。」
修行僧は,そんな朝倉をよそに,空手の型のような構えを,取っていた。いわゆる臨戦態勢である。
「あの,私たちは,あなたに用があるのではなくて,大慈院さんに用があるんです。通してもらっていいですか?」
「お師匠様にお通しするわけにはいかん。会いたくば,この私を倒すほかないっ。」
「あの,お気づきかもしれませんが,この斉藤さん,まだジーマスターになってないんですよ。ジーマスターでもない,ただのへなちょこ野郎を倒しても仕方ないでしょ?しばらく待ってもらっていいですか?その方がそっちもいいでしょう。」
「ジーマスターなどは関係ないっ!漢ならば,素手で戦うのみであろうがっ!大慈院天翔が一番弟子,龍造寺実篤,いざ参るっ!」
「!!」
悟志には,一瞬何が起こったのか訳が分からなかった。修行僧の龍造寺に殴られると思い目を瞑ったその次の瞬間,龍造寺は,突き出した左手を中心にして大きく宙を舞っていた。
「へっ?」
当然のように,そこには,龍造寺の左の手首と肘をしっかりと掌握して,そのまま放り投げている朝倉の姿があった。
「四方投げ崩しぃっ!あなたっ,油断しましたねっ!」
朝倉は,龍造寺を砂利の敷き詰められた固い地面に,勢いよく背中から叩き付けた。
「こんなに上手く決まるのは早々ありませんよ。あなた,明らかに油断して振りが大きかったですよ。しかも竹箒の持ち手から,左が利き手であることも丸分かりでしたよ。甘いねっ!」
「ぬぐぐっ。」
相当のダメージがあるはずなのに,龍造寺は,ゆっくりとその身を起こした。左手を庇うようにしてはいるものの,その目は怒りの炎に燃えている。
「斉藤さん,ここは私に任せて,先に行ってくださいっ!」
「でもっ。」
「大丈夫です,ここは私が何とかします。それにもう奴は,利き手が使えないはずです。」
「ぬかせっ!」
龍造寺は,押さえきれない怒りを吠えるようにして吐き捨てると,そのまま立ち上がった。
「急いでくださいっ,斉藤さん!」
「分かりましたっ!」
悟志は,朝倉を一人を残して,逃げるように先を急いだ。
駐車場から急な坂道を上った先には,大きくて綺麗な拝殿があった。ただし参拝客は,一切おらず,静まりかえった境内には,巫女姿の若い女性が一人佇んでいるのみだった。
「あの,すみません。今大きな音がしたんですが,何があったんでしょうか。」
悟志が声を掛ける前に,巫女の方から悟志に声を掛けてきた。
「ここの修行僧さん,龍造寺さんですかね,私の相棒に急に殴り掛かってきたんですよ。助けてくださいっ。」
「すみません,お助けすることはできないんですっ!私,言われているんです,住職から。」
上品で,正義感の強そうな感じがするその巫女は,申し訳なさそうにしながらも,精一杯の声を張り上げているようだった。大きな瞳が,今にも泣き出しそうにしている。
「なんでですか,大変な事態なんですよっ。警察を呼んでくださいよ!」
「あなたは,ジーマスターさんですよね。」
「そうですが,何故,あなたがそんな名前を知っているんですか?」
悟志は,思わず固唾を飲んでしまった。
「住職が,この先,階段を200段ほど登った先にある本殿で,あなたを待っています。そのようにだけ,伝えるようにと住職から言われいますっ。だから,それだけですっ。」
「もしかして,その住職の名前って。」
「そうです,ジーマスターさんが探しているお方,大慈院天翔さんです。この上にある本殿でお待ちになっています,急いでくださいっ。」
「分かりました,ありがとうございます。」
悟志は,何かに急かれるようにして,その先を急ごうとしたところ,
「あの,ちょっと待ってくださいっ!」
巫女が,顔を赤くして悟志を呼び止めていた。
「これは,住職から言われてないんですけど,ジーマスターさんっ,お願いですから,天翔くんを虐めないでくださいっ。」
「はいっ?」
悟志は,己が耳を疑った。
「天翔くんは,とっても怖そうに見えるかもしれませんけど,精一杯無理して強がっているんですっ。だから,ジーマスターさん,天翔くんを虐めないでくださいっ。お願いです。天翔くんじゃ,ジーマスターさんには,勝てませんっ。これは,私からのお願いですっ。」
若い巫女は,余程感情が高ぶっているのか,大きな瞳を潤ませたままで小さな声を張り上げるようにして訴えていた。とても,嘘・偽りの類で悟志を惑わそうとしているように見えなかった。
「でも,大慈院さんって,滅茶苦茶強いんですよね?力による正義だとか,言ってるんですよね。」
「でも,ジーマスターさんの敵じゃありませんっ。お願いですから,助けてくださいっ!」
「わっ,分かりましたよ。俺に任せてください。」
どのようにこの巫女と接すれば良いのか分からない悟志は,適当な承諾の意を示してその場を誤魔化すと,早々にその場を後にしてしまうのだった。
最初は,勢いよく本殿までの階段を駆け上がる悟志だった。しかし如何せん階段200段,途中で,『もういいかなあ』などと,可能な限りの歩みで,本殿を目指してしまっている悟志だった。
しかし,その道中の参道は見事であった。森の奥に鎮座する寺院であるにもかかわらず,天然の石を敷き詰めた塵の少ない石畳ばかりでなく,並木も見事な葉桜と蒼く萌える紅葉に彩られていた。それに加えて,小さな滝を有する水路が参道に息吹を与えるかのようにあしらわれ,参道自体も,古くから積まれた石積みに囲まれており,まるで悠久の歴史が香るかような参道だった。
『ここって,桜だとか,紅葉の季節に来たら綺麗だろうなあ。だけど一人じゃ来たくないよなあ,空しいよなあ。じゃあ誰と来る?まさか朝倉とか。台無しだよ,それじゃ。』
そんなことを考えている内に,悟志は,大慈院天翔が待つ妙興寺本殿に辿り着くのだった。悟志は,到着と同時にスマホを見た,見晴らしの良い山の頂近くにあるためか,その電波は復活していた。
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