第9話 決戦の刻

悟志は,本殿の側にある手水舎でスマホのAVを鑑賞していた。通常,激しい全身運動で,体中に血液が回っている状況で,己を高めることは難しいと思われるのだが,そこは戦国時代から続く自慰師の家系の末裔に当たる斉藤悟志,あっという間にジーマスターと化していた。そしてそのまま,本殿に向かって走り出した。

 「パッシャーン。」

 悟志は,本殿のガラス戸を,勢いよく開けたものの,その場には人の気配がしなかった。

 「おかしい…,さっきの巫女さんの話では…。」

 「こっちに来い,ジーマスター。」

 拝殿の隣にある大きな和風建造物から低く響く声がした。この寺社の詰所であろうか,本殿から短い渡り廊下でつながれたその建物は,詰所としてはとても大きく,まるで何かの道場のような造りをしていた。

 『あっあっあっあっ…,もうっ,あたし,ダメっダメっ…,もっと』

 そこからは,美しい景観にはとても似つかわしくない,女性の喘ぎ声らしき音が漏れていた。音色からして,テレビの音のようである。既にこの時点で悟志は悟っていた,大慈院天翔も,既に仕上がっていることを。

 「パシャーン!」

 状況的に,高ぶりを押さえきれない悟志は,ヒーローのようにして,その入り口の引き戸を勢いよく開けた。

 「来たな。」

 大きな道場の中には,筋肉質の男が一人,胡座をかいていた。男は,手にしたリモコンを押しており,どうやら,壁に設置された大型モニターの電源を落としたばかりのようだった。

 「分かってはいたが,やはり,龍造寺では,止められなかったか。」

 男は,胡座をかいたまま,ゆっくりと悟志の方向を見ていた。年の頃は,40前後であろうか,精悍な顔つきであり,非常に目鼻立ちの整った男前である。例えは難しいのだが,歌舞伎役者のような面構えをした男である。

 「お前がジーマスターだな。」

 「えっと,まあ,一応そんな風に呼ばれています。あの,あなたが,大慈院さんでしょうか。」

 さっきまでの勢いはどこに行ってしまったのか,悟志は下から伺うようにして男に確認した。

 「そうだ,私が大慈院天翔,慈院家が宗家,大慈院家の承継者だ。お前がジーマスターだな。」

 「あっ,あの,俺のオヤジが,旧姓,小慈院って言います。遠い親戚だそうですよ,俺たち。」

 大慈院の迫力に,思わず共通の話題を探しだし,親和性を訴えようとする悟志だった。

 「そんなことは,十分に知っている。」

 大慈院は,表情を一切崩さずに,そのままその場から,ゆっくりと立ち上がった。朝倉が適当に言っていた,『おう,悟志か。大きくなったなあ。』などと,肩を叩いてくるような雰囲気は一切としてない。また,さらには,『何かがあれば,私が側に付いています。』と言っていた朝倉も,肝心なこの今,この場には居ない。

 「万感の思いとしか例えようがないな,小慈院。」

 「ええ,まあ,そうなんですけど。ちょっと,なんでそんなに怒ってるんですかね,俺,分かんないですけど。」

 「怒り?お前は,私から怒りを感じているのか。」

 「いや,だって,怒っているでしょ,今。俺,朝倉っていう人に言われて来ただけですから,そんなに怒んないでくださいよ。詳細は,その朝倉って人に聞いてもらえれば,多分,分かるって思います。」

 この期に及んで人のせいにする,底の浅い男,斉藤悟志だった。

 「ジーマスター,これは怒りとは呼べないだろう。明治に始まる我らの宿縁が,今まさに終焉を迎えんとするのだから,すでに私情で抑えられるはずはない。宿命,まさに今,150年以上に渡る我ら慈院家の物語が終焉を迎えるのだ,この宿命に従うしかない,我らの悲しみとしか呼べまい。」

 当然のようにして,一方的に熱き思いを語りだす大慈院だった。

 「あの,俺,なんのことなんか,さっぱり分かんないんですよ。とりあえず,まずは,落ち着きませんかね,大慈院さん。」

 「分からないのか?お前は我らが慈院家の歴史を知らないのか?」

 「明治時代に,お家騒動か何かで,大慈院家と,俺の小慈院家に分かれたんですよね。それ以外は知りませんよ,そんな100年以上も昔のことなんて。」

 「空しいな。所詮は,勝者の歴史に,敗者の歴史は残るものではないのか。」

 大慈院は,少しだけ自嘲的に口元を歪めた。

 「いいか,ジーマスター,我々は元は一つの家だった。共に徳川幕府を支え,この国の太平を長く支えていた。時には,慈院家に男子が多く産まれることがあったとしても,その長子のみが妻子を設け,その血筋を大切に守っていた。」

 「ふーん,そうなんですか,俺,初めて聞きました。よかったら,もう少し聞かせてもらっていいですか。興味あります,俺。」

 大慈院が話に乗ってきてようで,少しだけ安堵した悟志は,より話してもらおうと,都合の良い合いの手を入れるのだった。

 「しかし明治維新の時,その絆は小慈院家によって,一方的に破壊された。宗家である我々大慈院家は,徳川幕府を支えんと身命を賭して奮闘していたにも関わらず,お前たち小慈院家は,勝手に,保身のために明治新政府に寝返ってしまったのだ。我々大慈院家は,最後まで,誇りを持って幕府軍として戦った,五稜郭の戦い後も,徳川慶喜公に仕え,己を高め,ひたすら決戦の刻を待った。しかし,その後徳川公が,争いを望まなかったために,我々は,いつしか反政府組織として,身を隠し戦う集団となってしまった。この国に,政府を倒すような国民的な革命は,明治維新後,存在しなかった。大慈院家は,己が力が必要とあれる時を待ち,ひたすら己を高め,この国の民のために戦う時を孤独に待った。しかし,その時は,今に至るまで,いつまでも来ることはなかった。一方,お前たち小慈院家は,政府の中枢に深く根付き,我が世の春を謳歌していた。時には,国の威光を正義と言い換えて,反政府組織となってしまった大慈院家を弾圧した。そしていつしか,宗家である大慈院家にとって,分家である小慈院家は,不倶戴天の敵となり,決して交わることのできない,永遠の宿敵となってしまった。その積年の恩讐が,今ここに交わったのだ,これを宿縁と言わずして,何と言おうか,小慈院家の末裔よっ!」

 大慈院の眼には,本人の言葉とは裏腹に,怒りの炎が燃え盛っていた。『共通の話題があれば,仲良くなれるかなあ。』などと安易に考えていた悟志は,話題の選択を間違えていたことを後悔していた。

 「時間は限られている。さあ,今こそ,我らの宿縁に終止符を打とうぞ,ジーマスターっ!」

 大慈院は,先ほどの龍造寺と同じように,空手のような構えをして,悟志の正面に対峙した。その瞬間,悟志は反射的に感じた『覇天王の比じゃないっ,この大慈院には俺じゃ勝てない。』と。

 「どうした,掛かってこいっ!掛かって来ないのなら,こちらから行くぞっ!」

 大慈院の構えは,空手の構えであることは間違いがないのだが,両の拳を腰まで下ろしており,まるで打ってこいと言わんばかりに見えた。いわゆる押忍の構えである。

 「どうしたっ!お前の力,小慈院家の力を見せてみろっ!」

 先に手を出しておかないと,後からでは,この大慈院に対しては,もう対処のしようがないという恐怖心が,その場に居る悟志を支配した。悟志は,全身の力を込めた右手を大きく振りかぶると,その拳を大慈院の胸元を目掛けて,躊躇なく,そのまま思いっきりぶつけた。

 「うぁたあっ!!」

 大慈院は,悟志の懇親の拳を,そのまま胸で受け止めていた。鍛え上げられた胸筋の賜物か,悟志の全力の一打に,大慈院は微動たりともしていなかった。

 「どうしたっ!全力で打ってこいっ!ジーマスターっ!」

 「うぁたあっ!うぁたあっ!うぁたあっ!!」

 悟志は,続けざまに,大慈院の腹部と胸部辺りを全力で殴打した。しかしながら,大慈院は,その全て全身の筋肉で受け止め,全くとして動じる気配がなかった。

 「どうした?それだけなのか。」

「うぁたあっ!うぁたあっ!うぁたあっ!!」

 悟志は,それでも大慈院の腹部と胸部辺りを全力で殴打し続けた,まるで動かぬサンドバッグを叩くかのようにして。しかしながら,当然その力は徐々に弱まってゆくのだった。

 「効かない,効かないのだ,そんな打撃では。この悲しき小慈院の末裔がっ!」

 大慈院は,なぜだか悲しげな表情を浮かべると,そのまま右の掌で悟志を強く押し返した。身体の重心が前のめりにとなっていた悟志は,大慈院のその軽い一押しで,腰砕けとなってしまい,呆気なく,その場に尻餅をついてしまっていた。

 「強い…。」

 「私が,強いという訳ではないんだ,小慈院。」

 力の差を痛感する言葉を口にしながら,大慈院を見上げる悟志に対して,大慈院は,慎重に言葉を選びながら,そのまま続けた。

 「ジーマスター,お前の速度は,一般の人間と比べて,どれほどのものだ?」

 「5倍だと聞いています…。」

 「そのとおり,5倍,それは慈院家の本来の能力だ。」

 この時大慈院は,少しだけ目頭を手で拭った。

 「5倍の速度があれば,相手が通常の人間である限り,全く問題はなかっただろう。要するに,お前たち小慈院家の者は,その5倍の速度をもって,安穏とした正義の生活を100年以上すごしていたのだ。しかし,我々大慈院家はそうはいかなかった,我が宿敵は,同じ5倍の速度を持つ小慈院家だったのだからな。だから,通常の努力では足りなかった。決戦の刻に備えて,100年以上の歳月をもって,常に励み,己の能力を高める必要があった。その結果,我が大慈院家は,宗家として,慈院家の当初の能力を越えることができたのだ,分かるか。」

 「それって,どういうことなんですか?」

 「我が大慈院家は,常人の6倍で,動けるのだよ,小慈院家の末裔よ。すなわち,お前の拳には,軽いのだっ!百有余年にわたる苦難の積み重ねがないのだよ。」

 『勝てる訳がないっ!』

 悟志の脳裏には,そんな言葉しか浮かばなかった。そしてそう思うと,身体は勝手に反応し,道場の出口を目指して,虫が這うようにして逃げだし始める悟志であった。

 「だから…」

 大慈院は,素早く先回りし,そんな悟志の逃げ道を塞いでしまった。

 「そんなお前が,私から逃げられるはずもない。」

 大慈院は,左手で悟志の胸ぐらを掴むと,そのまま強引に立たせた。

 「さあ,ジーマスターっ。小慈院家が,明治期からの積み重ねてきたモノを私に見せてくれっ!物足りないぞっ,どうしたっ!」

 「む,無理です。」

 そんな事を言われても,何も知らずに育ってきた悟志には,答えようのない問答でしかなかった。

 「もう本当に何もないのかジーマスターっ。それならば,私から行くぞ。いいのかっ!」

 大慈院は,悟志の胸ぐらを左手で掴んだまま,右手で,まっすぐ悟志の胸部辺りを殴ろうとした。咄嗟に,悟志は身を屈めるようにして,両手で頭から胸部にかけてをガードした。そのため,大慈院のその一撃は,悟志のガードした左腕手首辺りに直撃したようであるが,その衝撃はすざましく,悟志は,道場の板張りの壁まで,ガードしたままの体勢で,あっという間に吹っ飛ばされていた。

 「いたたた…。」

 その次の瞬間,悟志の全身には激痛が走った。特にガードしていた左手首付近の痛みは著しく,良くても捻挫程度の損傷は不可避のような痛みだった。

 「まだ生きているな。流石は小慈院の末裔,国の番犬ジーマスターと言ったところだ。」

「すみません…,もう無理です,助けてください,お願いします。」

 懇願するように,小声で謝罪の言葉を絞り出す悟志だった。

 「しかし,ともにお喋りがすぎたのかもしれないな,ジーマスター。ともに,特殊能力は切れかけか。だから,お前も無事で済んだのかもしれないな。」

 「それでも,もう無理です。助けてください。大慈院さん,あなたの勝ちは揺らぎませんから。」

 悟志は,超人的な能力がない,通常時の大慈院とこれから戦うことを,むしろ恐怖していた。通常時においても,体力的に敵わないことが一目瞭然であったがため,これからむしろ『なぶり殺し』の目に会うのではないかと。そんな絶体絶命の時だった,

 『(はっはっはっ)中にいい?中に出しちゃっていいよね。だっ,だっだめえ。』

 いかがわしい動画が,大音量で道場のモニターに映し出された。

 「お待たせしました斉藤さん!あなたの大好きな素人モノAVクライマックス集ですっ!」

 そこには,してやったりとばかりにガッツポーズをしている朝倉の姿があった。

 「斉藤さんっ,DVD止めてください!大慈院まで元気になっちゃう。こいつは,6倍速で動けるんですよ,ますます手に負えなくなりますっ。」

 「そんなこと言っても,あなた今ジリ貧ですよっ!早めに立ち上げて(何を?),ワンチャンスに賭けてくださいっ!!」

 「そんなこと言われても…」

 その瞬間,正面の大慈院の様子を伺った悟志は,我が目を疑った。大慈院が,何故だか泣いているのだった。

 『普通AVで泣くか!?』そんな疑問が湧かずにはいられない悟志であった。

 しかし,そんな間にも,朝倉がセッティングしたAVは道場内に延々と大音量で流され続けた。

 『あっあっあー,逝くよー,あっあっあっあっあーん。だめぇ。』

 AVも正に最高潮,こんな状況下であるにもかかわらず,悟志もAVに同調するかのようにして,瞬く間に回復していくのだった。

 「行けっ,ジーマスター,行くなら今しかないぞっ!」

 朝倉の命令に反応したジーマスターは,何故だか目に涙を浮かべ棒立ちになっている大慈院に,最後の力を振り絞って殴りかかった。右手を大きく振りかぶったまま,大慈院の懐まで素早く飛び込もうとした。

 対する大慈院も,ジーマスターのその玉砕的な攻撃に,咄嗟に立ち向かった。同じく右の拳を大きく振りかぶると,飛び掛かってくるジーマスター目掛け力一杯振り下ろした。

 果たせるかな,二人の全身全霊を掛けた右の拳が,二人の至近距離で炸裂するかのようにして,同時にぶつかった。

 「ゴンッッ(パキ)」

 力士同士がぶつかったような,大きな鈍い衝突音が道場内に木霊した。そしてその次の瞬間,大慈院の太い右腕が,か細いジーマスターの右手によって大きくはじき飛ばされていた。そのため大慈院は,まるでお手上げというように,万歳をする形となってしまっていた。

 「ぐがっ!」

 大慈院は,小さく低く呻いた。

 両脇が完全に空いてしまった大慈院を目の当たりにしたジーマスターは,この時とばかりに,痛む左手で攻撃態勢を取った。拳を握るまでもなく,平手のまま,張り手のようにして大慈院の胸部を目掛けて,そのまま思いっきり真っ直ぐに突き出した。いわゆる掌底打ちである。 

 先ほどまでの攻防とは違い,今回だけは,大慈院の身体が異様に軽く感じられたジーマスターだった。事実,大慈院も,ジーマスターの痛む左手による不完全な平手打ちであったにもかかわらず,道場の壁までそのままぶっ飛ばされていた。

 「ぐわぁっ!」

 全身を壁面に打ち付けられ,思わず悶絶する大慈院だった。

 「今だジーマスターっ!とどめの追撃だっ!」

 朝倉は絶叫した。しかし,ジーマスターは,大慈院の異変に目を奪われていた。

 「見事だ,ジーマスター。流石は,我らが慈院家の末裔だ。私の負けだ…。」

 「あの,大慈院さん,今は普通の状態ですよね。どうして,特殊能力が発動していないんですか?」

 道場内には,朝倉が用意したAVが,未だに大音量で流されたままだった。

 「ジーマスター,いや,小慈院家の末裔よ,姿の見えない宿敵を追い続けた大慈院家の苦痛が,お前には分かるか?」

 「いえ,俺には,全てがよく分かんないです。」

 先ほどのジーマスターの一撃が相当応えたのであろうか,大慈院は壁面に寄りかかったままで,息も絶え絶えに,言葉を続けた。

 「そうだろう,お前たち,小慈院家には,分からないだろうな,無理もない。いいか,戦う相手もいないまま,己を高め続けるとは,終わりなき修行のようなもなのだ。ただ,ただ,目的のない苦痛が続くばかりなのだ。それを100年以上も続けていた大慈院家の歴史とは,まさに終わりのない苦難の歴史だったのだ。私も大慈院家を継ぐ者として,己に終わりなき修行を課して生きてきた。若い内は,まだそれでもいい,しかし長年続けていれば,自らの心身に不調も来す。ジーマスター,覚えておくんだ,今のお前の力も悠久ではない,ジーマスターの能力を使用する限り,お前の心身には過大な負荷が掛かってくるということを。」

 大慈院の言葉に聞き入ってしまう悟志だった。

 「もしかして大慈院さん,あなたは,もうその特殊能力を使えなくなっていたんですか?それは,今まで過度の負荷を掛け続けてきた結果なんですか?」

 「そうだ。」

 「無理しないでくださいよ,大慈院さん。」

 先ほどまでの闘争を忘れたかのようにして,そんな大慈院に将来の自らの姿を重ね,その身を案じてしまう悟志だった。

 「そうだ,もはや私は,普通のAVでは興奮できなくなってしまったのだ。もっと,マニアックな作品でないと,己を高めることができないんだ。こんな初心者向けのAVで興奮できるとは,私の負けだ,ジーマスターよっ!」

 こんなマニアックな変態野郎のことを心配して損したと,心から後悔する悟志であった。

 「だがジーマスター,負けは負けだ。とどめを刺すが良い。それが2つに分かれた我らが慈院家の定め,今こそお前のその拳で,2つの家を1つにするが良い。大慈院家は,150年にわたる積年の戦いに敗れ,小慈院家こそが,勝者として真のジーマスターとなるのだ。」

 なぜだか悟志に微笑みかける大慈院天翔だった。

 「後は頼んだぞ,小慈院悟志。」

 大慈院は,背もたれをやめて,一人独歩した。そして右手を突き上げると絶叫した。

 「我が自慰道に一片の悔いなーしっ!」

 その後,大慈院はその場に崩れ落ちてしまった。

 本人は良い気分なのかもしれないが,朝倉と悟志の間には,いかんともし難い『言っちゃった。』感が蔓延してしまっていた。

 「あの,斉藤さん。もう面倒くさいから,ちゃっちゃっちゃーと片づけちゃってください。そんな奴。」

 「はあ,まあ,分かりました。」

 何もジーマスターでなくても,弱り切った大慈院には,誰でも十分に対処が可能と思われたが,あえてその後始末を悟志に求めてくる朝倉だった。だが,具体的にどのように対処すれば良いのかと,戸惑ってしまうジーマスターだった。

 「あの,朝倉さん,この人をどうすれば良いんです?十分に弱り切っていると思うんですけど。これ以上どうすれば良いんです?」

 「その人も言ってたでしょ。2つの慈院家を統一する必要があるんですよ。それに国家に反逆するジーマスターなんて,国としてその存在を認める訳にはいかないでしょ。望みどおり,とどめを刺してあげれば良いんですよ。」

 「そんなこと…」

 そんな時だった。

 「もう,これ以上はやめてくださいっ!お願いですから,これ以上天翔くんを虐めないでくださいっ!」

 先ほどの巫女が,ジーマスターと大慈院の中に割って入ってきた。巫女は綺麗な髪を振り乱しながら,そのまま大慈院の元に走り寄ると,その大きな体を包み込むようにして抱きかかえた。

 「天翔くんは,ずっと無理して来たんです。お願いですから,許してあげてくださいっ!」

 巫女は,ジーマスターの目を見て,切実に訴えかけた。

 「彩花,良いんだ。今,この場で正統なる承継者,ジーマスターが誕生したんだ。申し訳ないが,私は去るしかない。今まで本当にありがとう,感謝している,彩花。」

 「天翔くん,私こそ,ごめんなさい。今まで,私が,わがまま言って,天翔くんの側に居たから,却って無理をさせて,本当にごめんなさい。」

 「違うんだ,彩花,君が居たからこそ,私は強くなれたんだ。これは本当だ。今まで本当にありがとう。それなのに,君に何も残せず,それが本当に申し訳ない。」

 「そんなことないですっ!私が勝手に,勝手に,天翔くんの側に居たかっただけなんです。お願いですから,自分を責めないでくださいっ!」

 「もう残された時間は僅かしかない,だから頼むから,わがままを聞いてほしい。ずっと心から愛していました,彩花さん。ずっと言えなくて申し訳ありません。彩花さんが側に居てくれたから,この修行生活も本当に楽しかった。それだけ,です。」

 「私も,本当の気持ちを,ずっと言葉にして口にできなくって,ご免なさい。だって…,だって,私が,大慈院家の,天翔くんの背負った大きな責任を更に重くしてしまわないかって…,心配で…」

 「分かっている,彩花さん,いいんだよ。」

 大慈院は,そっと彩花と呼ばれる巫女を抱きしめた,そして巫女も両手を広げ,その抱擁を全身で受け止めて返していた。

 『人前で,そんなアツアツぶりを見せつけないでくださいよ…。』

 目のやり場に困ってしまうジーマスターであった。

 しかし,ほどなくもすると,大慈院は,その身から優しく巫女を引き離した。そして,ゆっくりと立ち上がると,ジーマスターの前に立ちはだかった。

 「もう思い残すことはない,かかって来るが良い,ジーマスターよ。」

 何だろう,天にも昇った漢は,至極穏やかだった。

 「ジーマスターさん,止めてくださいっ!」

 「良いんだ,彩花。独り修羅の道に入ってしまった大慈院家に比べ,この男は別の次元で完成されている。まさに,慈院家を統一し,継ぐべき者が,今,現れたんだ。この男は私と違い,愛も知らず,単純に女を求めて生きている。その漲る性への執着心は,私ごときの比ではない,まさに真のジーマスター。私は,彩花,君が居たからこそ強くなれた,しかし,君が居たからこそ弱くもなってしまった。この胸の痛みがその証拠だ。ありがとう,我が最愛の女性。」

 悟志は,誉められているはずなのに,なぜだか大慈院の言葉にむかつきを覚え始めていた。

 そんな時だった,

 「斉藤さん,もう良いでしょ。そんな奴。」

 朝倉が,諦めたようにして悟志に呼び掛けた。

 「えっ,もう良いって,良いんですか?さっき,国として,その存在を認めることはできないとか,言ってませんでしたか?」

 「良いんですよ。」

 朝倉は,ゆっくりと悟志に歩み寄ると,その肩に手を置いた。

 「国家に反逆するジーマスターであれば,国として対処する必要もありますが,そこに居るのは,愛を知った『ただのおっさん』です。もはや,我々の敵ではないですよ。」

 朝倉は右の拳を突き出すと,悟志にグータッチを求めた。

 「斉藤さん,もう帰りましょ。ここは,もはや我々の居る場所ではありません。」

 悟志は,何となく,その朝倉の拳にグータッチをして,返事をしていた。


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