第7話 七聖山妙興寺

 「いやあ,流石ですよ,斉藤さん。本番に強いですねえ。さすがは,我が国の伝家の宝刀ジーマスターですよ。驚きましたよ。」

 「はあ,まあ。」

 常日頃から口の悪い朝倉が,無条件で賞賛するのだから,勝手に身構えてしまわざるを得ない悟志であった。

 「ところで,伊達先生は,あの後,何か話したんですか。やっぱり自衛隊で拷問とかしたんですか?」

 「さすがですね,斉藤さん。目の付けどころがやっぱり違う。事の本質よりも,拷問の有無を気にするなんて,あなたはやっぱりジーマスターですよ,人権意識を優先する,さすがの正義の味方ですね。」

 「いやぁ,そうでもないですよ。」

 苦笑いを浮かべる朝倉とは対照的に,照れ笑いを浮かべている悟志だった。馬鹿である。

 「斉藤さん,今時の日本で,公的機関が拷問なんてやってるわけないでしょ。拷問等禁止条約って知ってますか?今時は,拷問なんて全世界的に禁止されてるんです。それに我が国日本では,もう拷問の機械だとかノウハウすらも存在しないんです。だから,拷問したくても,できないんですよ。」

 「じゃあ,アイアンメイデンだとか,苦悩の梨だとか,今の自衛隊は保有していないんですね。」

 「それって,なんですか?」

 「えっ,朝倉さん知らないんですか?アイアンメイデンは,西洋の拷問道具で,その名のとおり鉄の…」

 「いや,そんな話はいいです。興味ありません。それより仕事の話をしましょう。」

 悟志のちょっと偏った趣味の話を,フリーズしたパソコンのようにして強制終了させてしまう朝倉だった。

 「伊達医師は,拷問なんかしなくても全てを話してくれましたよ。なにしろ,医師としてヤバイことをやってたんですから,それを秘匿にするという条件をぶら下げられたら,全てを白状するほかないですよね。」

 悟志の目の前に,ゆっくりと腰掛ける朝倉だった。

 「伊達先生は,俺に,特に抵抗する素振りもありませんでしたから,普通の人ですよね。大慈院家の者でもなかったんですよね。」

 「結論から言えばその通りです。伊達大樹は,ただのスポーツ専門の医師でしたが,覇天王を介しての,大慈院家とのつながりは,今回の取調べで,ほぼ掴めました。」

 「そのつながりって,どんなモノだったんです?」

 「確かに,覇天王こと今川竜司は,伊達医師が出会った頃から人並み外れて速かった。ただし,それには秘密があった。その秘密を維持するために,伊達医師の協力が必要だった。つまりは,そういうことです。」

 「『そういうこと』って一体どういう事なんですか?それじゃ分かんないですよ。俺にも教えてくださいよ。それに,そもそもその秘密って何です?」

 朝倉の勿体ぶった話しぶりに,思わず身を乗り出して聞き入ってしまう悟志だった。

 「今川は,秘密の薬物を所持していたんですよ。」

 「秘密の薬物って,速度が上がる薬なんですか?」

 「そのとおりです。」

 「なら,今川が,一人で,こっそり使用していればいいじゃないんですか?なんで,わざわざ他人である伊達先生まで巻き込んだんですか?秘密の薬物なら,秘密が漏洩してしまうリスクがあるじゃないですか。」

 「そう思いますよね。」

 「そう思いますよ。」

 「うーん,ここからは,伊達医師の供述に基いて作成された再現ドラマを見ていただきましょう。」

 「へっ?」

 突如ミーティングルームは暗くなり,スクリーンに再現ドラマが映し出された。突然の展開に戸惑う悟志,しかしスクリーンには,いきなり,赤文字のタイトルが,どーんと出てくる。

 『独白!私は,こうやって大慈院家とつながった(伊達医師編)。』

 「あの,朝倉さん,何なんですか,これ?」

 「再現ビデオですよ。」

 「それは見れば分かりますけど,こんなモン作る必要あるんですか?」

 「貴重な証拠じゃないですか。ちょっと加工しただけですよ。黙って見ててください。」

 『製作総指揮・主演 朝倉信武』

 「これの主演とかも証拠として必要なんですか,朝倉さん?」

 「どんな証拠も,作成者の署名がないと証拠価値が下がるでしょ。それと一緒ですよ。」

 「朝倉さん,実は遊んでますよね?」

 「黙って見ててください。」

 「まあ,分かりました…。」

 『原作 伊達大樹(伊達スポーツクリニック)』

 「あの,朝倉さんっ,これって,原作って言うんですかっ。伊達先生が自白しただけの話なんですよねっ。」

 「斉藤さん,頼みますから黙って見ててください。真相を知りたと言ったのは,あなたですよ。」

 「いや,まあ,そうなんですが…。」

 短いながらも,突っ込みどころ満載の軽快なオープニングが終了すると,ようやく本編が始まった。どうやら,舞台は薄暗い取調室のようである。二人の男が向かい合っている。一人は朝倉であり,もう一人は,なんと伊達医師本人である。

 「伊達先生まで出演しているじゃないですかっ!これは,もう再現ビデオでも何でもないじゃないですかっ!」

 「友情出演という奴です。最後のテロップで出てきます。」

 「いやっ,俺が言いたいのは,そういう事じゃなくて…」

 「斉藤さん,本編が始まりますよ。落ち着いて,静かに見てください。」

 「はあ,まあ…。」

 『それで,今川竜司との出会いについて話してもらいましょうか。』

 『出会いは,彼がプロボクサーの頃にまで遡ります。当時,私は,プロボクシングにおけるリングドクターをやっていまして,たまたま彼の試合を見ることとなりました。そして,彼の余りのスピードに,医師として興味を抱かずにおれませんでした,それで自分から声を掛けたんです。「どうしてそんなに速いのか」って。今思えば,それが全ての過ちの始まりでした。』

 (そう言うと,後悔するように天を仰ぐ伊達医師)

 「朝倉さん,伊達先生も,やる気ですね…。」

 「監督が良いんですよ。」

 したり顔をする朝倉が憎たらしい。

 『最初の頃,彼は私からの接触をひたすら拒絶していました。しかし,スポーツ専門医という私の特殊性を理解するにつれ,徐々にその心を開くようになっていったんです。そしてある時,彼は彼自身の秘密を私に打ち明けたんです「この薬だ。」と言って。』

 (後悔をするように,両手で机を叩く伊達医師)もはやそんな素振りを見たところで,何も感じるところはない悟志だった。

 『伊達先生,それはどんな薬だったんですか?』

 『血液でした。彼は,「ある選ばれた男の血液だ。」としか言いいませんでした。』

 『血液だとっ!』

 (ここで,わざとらしくドアップになる朝倉)

 『それで,先生は,その血液をどうされたんですか?』

 『彼に言われるままに,試合の度に,輸血のようにして,彼に注入しました。彼としても,薬と称した血液の保管,そして輸血役,それにスポーツ医としてのアドバイザーとして,私を重宝するようになりました。そうして,そういう関係が長く続くこととなりました…。』

 『なるほど…。』

 (反省するようにして俯く伊達医師を,冷静に見下ろす朝倉)

 『それで先生は,その血液について調べなかったんですか?医師として。』

 『それは,調べました。やはり医師として。』

 『それでどうでしたか。』

 『テストステロン等のホルモンバラスが,通常とは著しく異なりました。しかし,今川竜司の圧倒的なスピードを解明するまでには至りませんでした。』

 『それで?』

 『彼に,この血液の主,「ある選ばれた男」の事について尋ねました。』

 『続けてください。』

 『当初彼は,「余計な詮索をするな。」と拒絶していたんですが,互いの信頼関係が深まるにつれ,徐々に本当の事を話してくれるようになりました。その血液の主は,「力による正義を訴える男」であり,「力なき正義などと戯れ言にすぎぬと世に訴える男」とのことでした。だからこそ,プロボクサーとしての今川竜司を戦士として認め,その血液を薬と称して与えたとのことです。その男の名は,「大慈院天翔」とのことでした。』

 (ここでまたもや朝倉のドアップ,わざとらしく,衝撃を受けた顔をしている。)

 「朝倉さん,今確かに『大慈院』って言いましたよね。」

 「斉藤さん,まあ黙って見ていてください。」

 『それで,その大慈院さんが,何処に居るのかは聞かなかったんですか?』

 『聞きました。』

 『何処です?』

 『七聖山妙興寺と聞いています。』

 『聞いています?すると先生は,大慈院天翔に直接会いに行かなかったんですか?』

 『行っていません。仕事が忙しかったというのもありますが,やっぱり,今川竜司が尊敬するような男,力による正義を訴える男が,素直に怖かったのでしょう。』

 『なるほど,十分に分かりました。先生,今日はありがとうございました。』

 『あの朝倉さん。』

 『なんですか。』

 『今日お話したことは,わがままかもしれませんが,御内密にお願いできませんか。正直,公にされると,色々と困るんです。』

 『大丈夫ですよ。』

 (ここで何故だか,三度目の朝倉のドアップ)

 『我々公務員には,通報義務といって,不法行為は,警察に通報する義務があるんですが…,心まで失っているわけじゃありません。先生のお話は,軍事機密として,私が墓場まで持っていきますよ。』

 『ありがとうございます,朝倉さん。』

 (涙ぐむ伊達医師)

 『その気持ちがあれば,あなたは既に,十分に罰せられている…』

 (ここでエンドロールが流れ出す。そして,最後に「スペシャルサンクス トゥ 伊達大樹(伊達スポーツクリニック・友情出演)」)

 『パチパチパチ…』

 無表情で,自らの主演監督作品に拍手を送る朝倉だった。ブレていない,流石である。

 「あの,朝倉さん?」

 「何ですか?」

 「エンドロールに,俺の名前が出てこなかったんですが。」

 「斉藤さん,流石ですねえ。」

 朝倉は,笑いを堪えるのに必死なようだった。

 「最後のスペシャルサンクスに,ジーマスター又は斉藤さんの名前を付け加えるように編集します。」

 「頼みますよ,それとこれって,何のために作成したんですか?」

 「証拠ですよ。本人が語っているから間違いないでしょ。しかも,分かりやすかったでしょ?」

 「まあ,そりゃそうですけどね。」

 悟志は,この朝倉という男の多才さに,もはや呆れ果てていた。

 「それで斉藤さん,今日はこの七聖山妙興寺を訪ねることとしたいんですが,いかがですか?」

 「その妙興寺って,その,大慈院天翔がいるところですよね。」

 「そうですよ,今までの再現ドラマ見てなかったんですか?」

 悟志は,慌てて頭を振った。

 「見てましたよ。見てたから,慌てているんですよ。大慈院天翔が居たらどうするんですか,あの凶暴な覇天王が尊敬するような『力による正義を訴える』男ですよ。しかも,ジーマスター濃厚,間違いなく危ないじゃないですか。」

 「斉藤さん,あなた,似たようなことを前もおっしゃってましたよね。大丈夫ですって。遠い親戚でしょ,もしかしたら『おう,悟志か。大きくなったなあ。』なんて喜んで,肩を叩いてくれるかもしれませんよ。それに何かがあれば,私が側に付いていますから。」

 「そんな会ったこともない親戚が,俺と出会って喜ぶわけないじゃないですか。それになんでまた,朝倉さんと俺だけなんですか。自衛隊には他にも人が居るでしょ。大人数で行きましょうよ。今回は,ストーリー的にも山でしょ。」

 「まーたそんなことを。」

 朝倉は,『やれやれ』と言わんばかりに両手を上げた。

 「いいですか,斉藤さん,前にも言ったとおり,私たちは,たった二人っきりの特殊任務部隊なんです。組織として,他の手を借りるわけにはいけません。それに逆に考えれば,我々二人にしか出来ないからこそ,我々は二人で特殊任務に当たっているんです。私とあなたは優秀だ,だから二人でチームを組んでいるんですよ。」

 自分で自分のことを『優秀』と言い切れる人間力が素晴らしい。

 「それに,今回の七聖山妙興寺は,車では行けるにしても,日本一道幅が狭いと言われるような細くて長い車道です。そんなところに自衛隊が大挙して押し寄せたら,相手も警戒するでしょう?それに,マスコミだって大騒ぎしますよ。そんな中で,斉藤さん,あなたはジーマスターとして,下半身を露出したいんですか?」

 「いや,ちょっと,それは…」

 「それにですよ,あなたも言ったとおり,今回はストーリー的に山です。そんな事態に二人で対処するから,山になるんでしょ。違いますか。」

 「まあ,それも,そうですよね。『見せ所』ってヤツですよね。」

 「そうですよ。ようやく我々の見せ場が来たんですよ。やってやりましょうよ。」

 何のことはない,結局は朝倉に飼い慣らされた忠犬のような悟志である。わんわん。

 「大丈夫ですって,いざとなれば私が付いていますから。安心してください。」

 「あの朝倉さん?」

 「何ですか?」

 「行っても良いですけど,一つお願いがあるんですが。」

 「何ですか,どうぞ,言ってみてください。」

 「今回の任務,もう普通にズボン履いても良いんじゃないんですか。ほら,この前の伊達スポーツクリニックのときだって,ズボン履いてても大丈夫だったじゃないですか。もう,良いでしょ,良い加減。」

 その提案に,朝倉は,鋭い目を丸くした。

 「この前は,一般人相手の任務だから,特例的にパンツとズボンの着用が認められたわけであって,今回のような危険を伴う任務であれば,認められるわけないでしょ。それくらい分かりますよね,斉藤さん。」

 「いや,俺この前やってみて,案外着衣のままでも,ジーマスターやれるなって感触があったんですよ。俺,若いですから。だから,本当のピンチになったら,正装になりますので,認めてもらえませんかね。」

 「斉藤さん,今回は相手もジーマスターだから,最初から危険ですよ。今回は特に道が狭いですから,私とあなたで,バイクを2ケツ(相乗り)して,現場に向かうつもりなんです。私は,その道中から,下半身裸でお願いしたいと思っているんですよ。それぐらい危険なんです。」

 「あの朝倉さん,あなたは下半身裸又はそれに近い状態の男が自分の背中にくっついていたら,どうですか。嫌でしょ?」

 「確かに任務とはいえ,嫌ですねえ。よし,特例的に今回も着衣のまま現場に向かうこととしましょう。そうしましょう。」

 清々しいまでに,自己中心的な朝倉だった。

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