第3話 それでも独りは嫌


「えっと、美琴様、でしたね」


「え、ええ」


「聖女様の身の回りの補佐を行います、侍女のカナリアと申します。

 聖女様の勉学の手伝いも致しますので、よろしくお願いいたします。

 何かありましたら、なんなりとお申し付けください」


 結局また聖女様に戻っている。でもそれを指摘するのも面倒に感じてしまう。それにしても、なんなり、か。


「じゃあ、私家に帰りたい」


「そ、それは……申し訳ございません。

 何か甘いものをお持ちいたしますね」


 そういうとカナリアという侍女は去っていってしまった。ほら、やっぱり叶えてくれないんじゃない。まあ、なんなりとお申し付けくださいと言っただけで、かなえてくれるとは言っていないけど、さ。それにしてももうこの服脱いでいいかしら? すごく重いんだよね。


 高そうな服。こんな服、着方がわからなければ、脱ぎ方もわからない。服すら、自分一人で脱ぎ着できないなんて……。もう嫌。なんなのよ、本当に。


「お待たせいたしました」


 投げやりな気持ちで、いつの間にかうとうととしていたみたい。カナリアの声にはっとなる。カナリアはワゴンのようなものを押していて、その上にはかわいらしいお菓子や軽食が載っていた。


そう言えばずっと何も食べていない。おなかすいた、それを認識したとたん、情けない音が部屋に響いた。は、恥ずかしい!!


「どうぞ、今紅茶をお入れしますから」


「……ありがとう」


 うう、何でもないようにふるまわれると、それはそれでしんどい。でも、自分で墓穴を掘りたくないし、おとなしく紅茶を待っています。


 紅茶も目の前に置かれる。それを見て、スコーンを一口、まずは何もつけないで。お、おいしい。表面がサクッとしているし、口当たりは軽い。これなら、いくらでも食べてしまいそう……。ジャムを付けて楽しんだり、紅茶で口直しをしたり。あっという間に全部食べてしまった。


「スコーン、お好きなんですね」


「そうなのかな? 

 ……とてもおいしかった」


「まあ、それは良かったです」

 

 そういって微笑んだカナリアが、初めて素を見せてくれた気がして。少しだけ、気持ちが軽くなる。……ふとこの人なら、私の味方になってくれるんじゃないか、そんな思いが頭をよぎった。現状信頼できる人が一人もいない私にとって、唯一すがれる人に。


 それを聞いてもいいのかな? それともやめておいた方がいいのかな。何も言わなくても信頼できる。そんな関係ならいいけれど、まだ無理。だから……。


「あなたは、私の味方でいてくれる?」


 気が付けば、言葉が滑り出ていた。落としていた視線を、カナリアに向ける。カナリアは、驚いたように目をみひらいてそこにいた。私、何を言っているんだろう。こんなの、困らせるだけなのに。


「わ、私、私は……」


「ごめん、変なこと聞いた。

 忘れて」


「あ、あの!

 私は、聖女様の味方でいます!」


「……え?」


 今、味方でいてくれるって、言ってくれたのよね? 本当に? 私、一人じゃない……?


「せ、聖女様? 

 どうされました?」

 

 あれ、何でだろう。どうして、涙が止まらないんだろう。


「うっ、っ、うう……」


「……」


 暖かい……。カナリアが抱きしめてくれているんだ。ああ、独りじゃないって、こんなに安心できるんだ。


 はー、恥ずかしい。まさかあそこで泣くことになるとは。あの後はもっと楽な服に着替えさせてもらって、少しお勉強タイム。それにしても、急に来たのに一体何着用意してあるのか。


「先ほども申し上げました通り、ここはグルフレティア王国という名の国になります。

 現在は第14代国王、ルールロベルト陛下が国を治めております。

 さきほどこちらを訪れた王妃様は、ローズティリア様。

 共に訪れた第二王子イーサンテリア殿下のお母君です。

 そしてこの国にはもう御一方、第一王子アルクレット殿下がいらっしゃいます。

 この方のお母君はローズティリア様ではないため、その、かなり王妃様に疎まれているようです。

 それで……」


「……どうして、そんなに私にいろいろと教えてくださるのですか?」


「私は美琴様の味方ですから」


「あ、ありがとう」


 にこにこと上機嫌に教えてくれるカナリア。とてもありがたいけれど、私ちゃんと覚えられるのかしら。記憶力はいい方、だと思うけれど。でも、頑張ろう。私の味方だと言ってくれるカナリアのために。



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