第4話 家庭教師がやってきました
そこからはおかしな日々が始まった。たくさんの人に世話をしてほしいわけではないけれど、私の部屋に来る侍女はカナリア一人。それと、たまに第二王子がやってくる。この人がかなり厄介なんだけれど、一旦置いておこう。
そして、この日。すっかり閉鎖的になってしまった私の生活に、独り新しい人が入ってきた。家庭教師を名乗る人。ひどく整った顔立ちと、さらりと流れる長い髪。まるで、そう、人形のように整った顔立ちだ。
「初めまして、聖女様の家庭教師を任命しました、モモディルグ・サラと申します」
「サラ先生」
「よろしくお願いいたします」
にこりともしないサラ先生。こんなにきれいな顔立ちの人が笑ったら、一体どうなるんだろう……。おかしなことをしたら笑ってくれるかな、それともいい生徒になったら笑ってくれる?
でも、私はそんなにふざけるの得意じゃないから。やっぱり勉強をがんばろう。
「……聖女様はこちらの言語を理解できるのですね」
「え、ええ。
理解できないと思ったことはありません」
「それは上々。
ではこちらの本も読めますね」
「あ、あの!
私、聖女なんかじゃなくて、美琴って言います」
聖女様って言われるのが嫌で、そう口にしていた。そんな私にサラ先生は視線だけをこちらに向ける。
「まずはなぜあなたが聖女と呼ばれているのか、その説明からしなくてはいけないようですね」
なぜ私が聖女と呼ばれているのか。それは確かに知りたい。あなたは聖女だから、皆それしか言ってくれないのだ。サラ先生は一冊の本を手に取り、ぱらぱらとページを捲る。ああ、その姿も画になる……。
「ここですね。
この国、いえ、この世界にはとある言い伝えがあります。
まれにこの世界と別の世界がつながることがある。
両方の世界の乙女が入れ替わったとき、異世界からやってきた乙女はその国に幸福をもたらすでしょう、と。
幸福をもたらしてくださる異世界の乙女に敬意をこめて、我々はあなたを聖女様、と呼ぶのです」
なに、それ。いきなり連れてこられた国で、あんな変な王子がいる国で? もしも私にそんな力があったとしても、したいとすら思えない。だけれど、それ以前に。
「……私、幸福なんてもたらせないよ」
「いいえ、そんなことはありませんよ。
あなたがこの国にいる、それだけで他国に影響を与え得る存在なのですから」
「いるだけ、で?」
「ええ。
だから、あなたは聖女様なのです」
だからって言われても……。私を何者でもない人にしないでよ。聖女様って、まるでそれしか求めていない、みたいに。
「美琴様」
そっと声をかけて、カナリアが手を握ってくれる。暖かい。そうだよね、私にはカナリアがいてくれる。私の味方だといってくれた、カナリアが。
「どうぞ、お茶です。
これを飲んで、少しリラックスしてください」
「ありがとう」
私と、それにサラ先生の前にもカップを置いてくれる。カナリアの入れるお茶はとってもおいしいのよね。サラ先生は嫌そうな顔をしたものの、結局お茶に口を付ける。
「これは、おいしいですね」
「でしょう!
カナリアの入れるお茶は一番おいしいんだから」
ふふ、自分がほめられたわけじゃなくても嬉しい。よかったね、とカナリアの方を見る。すると、なんだか顔を赤らめている? そっか、サラ先生かっこいいものね。褒められたらうれしよね。
「んん……!
そろそろ再開しても?」
「あ、すみません」
そのあとはしっかりとお勉強。そうそう、私はサラ先生に褒めてもらうために頑張ろうと決めたんだった。今日は初日だからと、この国の基本的なこと。ほとんどカナリアに教えてもらっていたから、これは復習。
さすが私の記憶力。舌を噛みそうな名前もちゃんと覚えていましたとも。
「これは、少し驚きました」
「私、記憶力はいい方なんです。
あ、難しいことは一切覚えられないですけど……」
中途半端だよね。でも、テスト勉強には結構役に立つんです。だけど、なぜか英語は苦手だった。だから、こちらの世界でまた一から言語を覚えなくて済んだことは心の底からほっとしている。なんと! 文字もちゃんと自動翻訳してくれるのだ。
「それでも十分ですよ」
「ありがとうございます。
あ、そうだ。
ねえカナリア。
私外に行ってみたいの」
くるっと後ろを向く。この授業の間、カナリアはなぜかずっと待機してくれていたのだ。こういうのを頼むのはきっとカナリアがいいだろう、とそちらを向くと、カナリアは首をかしげていた。
「急にどうされたのですか?
今までそのようなこと、おっしゃらなかったのに」
「んー、なんかサラ先生の話を聞いていたら、実際に町を見てみたくなって。
私、ここに来るときもずっと気を失っていたし、ここに来てからもずっと部屋にいたからさ」
「ずっと、部屋に?」
私の言葉に反応したのは、なぜかカナリアでなくてサラ先生。そんな怪訝な顔をされてもちょっと困る。
「ええ、そうです」
「たまには外に出ないと、体に悪いですよ」
サラ先生の言葉に、カナリアは考え込むようにする。よし先生そのままカナリアを説得しちゃって! 2対1なら勝てる気がする。
「私が連れて行きましょうか?」
……え? サラ先生が? 何それいきたい!
「ぜひ!」
「み、美琴様!
……はぁ、さすがに二人で、とはいきません。
わかりました、どうにか話を付けてきましょう」
なぜかサラ先生をにらみながら、そう言うカナリア。今のでにらむところあったかな? でも、許可してもらえるならよかった。さすがに息が詰まるから。
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