Case3 弁当

 昼休み。


「克也君、お昼、一緒に食べよ?」


 いつも通り美羽は克也の下まで行き、昼食に誘う。


「断ったら、どうせまた泣くんだろ?」

「だって……悲しいし……」


 前に一度、美羽は昼食に誘って断れたことがある。理由は、よく分からない。

 その時はあまりの悲しさに、人が大勢いるにもかかわらず、美羽は大泣きした。


「……ほら、行くぞ」

「うんっ!」


 美羽はパアッと顔を輝かせて、教室の外に向かって歩いていく克也について行った。


 二人が昼食を摂る場所は、屋上。


 屋上には人がほとんど来ない。

 その理由は二つ。


 第一に、屋上よりももっといい場所があるから。

 この学校には大きめの中庭があり、ベンチも沢山で緑も豊富。簡単に言えば、雰囲気がいいのだ。

 カップルにも、単純に友人との食事にも適しているため、教室の外で昼食を摂る場合は中庭が使用されやすい。


 第二に、屋上までの道が複雑だから。

 これはもうそのまま、道のりが複雑なのだ。

 様々な場所にある階段を上り下りしなければ、屋上には着かない。


 だが、美羽は第三の理由があることを知らない。

 人が来ないのは、第三の理由が最も強いだろう。

 その理由は―――屋上に行けば殺されるという噂があるから。


 屋上に現れた人を、美羽は睨むのだ。それはもう、親の仇を見た時のように。

 そのおかげで、屋上には人が来ない。


 なので、美羽達はいつも屋上で昼食を食べる。


「はいっ、克也君のお弁当!」

「……あざす」


 克也に、美羽は手作りのお弁当を渡す。

 克也は自身の弁当を持ってきていないため、美羽の弁当を食べることになる。


(……お弁当を持ってこない辺り、私のお弁当を貰う気満々なんだね)


 そう考えると、なんだか克也が可愛く思えてくる。

 美羽は弁当を貰って、喜びを隠そうとしてギリギリ隠れていない克也を見ながら微笑ましく感じていた。


「それじゃあ、いただきます」

「どうぞっ」


 克也が弁当の蓋を開けると、見るからに動揺した。


 それも当然だろう。


 弁当の中身は、唐揚げや卵焼きといった定番そのもの。

 だが、ご飯の部分だけは違った。


 ご飯の上には、ハート型に切り取られたハムが。

 海苔で「大好き」という文字と共に、そのハムは白いご飯の上に乗っていた。


「ふふっ、どう?」


 一瞬の動揺を終えて、唐揚げを口に含んだ克也に美羽は尋ねる。

 ちなみに、唐揚げも美羽の手作りだ。


「……悪くない」

「そっか。この先も、ずっと、毎食私が作ってあげるからねっ」


 不味い、などと言われなかったことに喜びを感じつつ美羽はそんなことを言う。


 だが克也は、


「毎食……」


 少し微妙そうな顔をしていた。


「……私のご飯、毎日食べれない?」

「毎食はちょっとだな……」


 美羽はショックを受けた。


(毎食食べるのが嫌だ? なんで……)


「そっ、そんなことより続き食べるぞ」

「うん……」


 美羽は悲しみながらも、もっと自分のお弁当に魅力があることを伝えるために、とある行動に出る。

 意を決して、美羽は卵焼きを箸で摘んだ。


「克也君……その……あーん」


 しかし、克也はそれを手で抑えた。


「わ、私のお弁当……不味い?」

「えっ? そ、そんなことはないぞ!」

「ならなんで……」


 美羽の声は、近づいてきていた克也の唇によって塞がれた。


「その……あれだ。最近キスしてなかったから、『あーん』なんてまどろっこしい事やるくらいならキスしたいなって……っ! 今のナシ!」


 恥ずかしがっているのか、顔を真っ赤にしている克也。

 美羽は、いきなりの唇の感触に、どこかうっとりとしたような表情を浮かべている。先程までの不安そうな顔の面影は、全くない。


「……それに、毎食美羽の作ってくれたもの食べるのだって、嫌じゃないというか……でも、たまには綺麗なレストランで二人でディナーとかもいいなって……って、何言ってんだ俺! 美羽、忘れろ……むぐっ」


 美羽は、その指示に従う代わりに、克也の唇を塞ぐことで答えた。

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