憂鬱な外【三題噺RTA企画:「感情屋」「梅雨」「サンタクロース」 1時間】

書三代ガクト

第1話

 梅雨の季節は憂鬱の季節。

 教室の窓から外に目を向けた。薄暗い風景を上書きするかのような雨。梅雨に入ってからの数日、太陽を見ていないなと私は静かに息を溢した。


 窓のサッシにたまった水滴を一瞥して、教室を見回した。高めの湿度に心なしか教室もぶれているように見えた。楽しそうに話している人たちにも覇気がなく、どこかどんよりしている。

 仲の良いグループでまとまっているクラスメイトたちもけだるげに、ちらほら聞こえてくる会話もどこかぎこちない。

 

 まぁ私がそう思っているだけかも知れないけど。 


 自分の中に浮かんだ想いも少しだけ湿っぽくて、嫌になる。朝巻いてきた髪も昼休みの今は広がっていて、また憂鬱さが積み重なった。


 机に倒れ込みそうになる頭を持ち上げて、ぐいっと体を引いた。机を押すようにして、無理矢理体を伸ばす。くすんだ天井に両手を向ける。そのまま指を合わせて、伸ばした。肩がぽきりと鳴る。よどんでいた何かが頭を巡って、ふらりと視界が揺れた。ふらつく額に手を置いて、ふうと一呼吸置く。

 梅雨は憂鬱な季節。体も重く、じっとりと湿っている。


「あんたはいつも天気に左右されているよね」


 顔を上げると、クラスメイトのドドンバGOGOことジョセフィーナ・マッカローニが私の横に立っていた。キャメル色のカーディガンを羽織ってポケットに手を突っ込んでいる。絶叫マシンが大好きな彼女は去年、高校一年生の夏休みにいった遊園地で、絶叫マシンの名前を叫びながら「GOGO」と追いかけ回した逸話を持っている。

 ちなみにインド人とブラジル人のハーフらしい。


「なんていうんだろ、感情屋とも違うし、気分屋とも違うか」


 彼女は雨でダウナーになっている私を見ながらブツブツと呟く。

 窓を打つ雨音と彼女の独り言が重なり、私はてぃと彼女のスネを軽く蹴った。マッカローニは大げさに足を抱えて、床に転がった。さながらラフプレーを訴えるサッカー選手のよう。

 ブラジルの血が騒ぐのだろうか。


「でもさ、あれ、去年のクリスマスもテンション爆上げだったよね」


 満足したのかケロリと立ち上がった彼女。人差し指を立てて口を開いた。ブロンズがかった髪に埃がついているのを眺めながら、私も去年のクリスマスを思い出す。その日は全国的に雪が降っていた。高校一年の冬。友達たちと、初めてのホワイトクリスマス。確かにテンションが異常だった。


「なんだっけ。私はサンタクロースだーって叫んだりしていたよね」


 あれは笑ったなぁとマッカローニは腹を抱える。うるせぇと私はまたスネを蹴った。

 輝く街を包んだ冷たい朝。防寒着の隙間から差し込む空気に震えながら私たちは最初の一粒を見た。「雪だ」と言ったのは誰だっただろう。現れた白はまるで奇跡のようで、けれど当たり前のように地面に落ちて消えた。

 ふと視界の端でふわりと舞った。それはあの日の雪と重なって私の机へと落ちる。


「あ、ごめん」


 マッカローニが手を伸ばして、自分の髪から落ちた埃を摘まんで捨てる。少し慌てて赤くなった表情に、私の喉がくっくっくと鳴る。

 あ、私面白いんだ。そう気付くともう止められなかった。口から笑い声が溢れ、腹がヒクヒクと動く。クラスメイトの視線を受けながら私は一人、腹を抱えて笑った。


 なるほど、確かに私は感情屋なのかも知れない。


 ひとしきり笑ってから目に浮かんだ涙を拭う。きょとんとしているマッカローニににこりと笑いかけた。「GOGO」と追いかけ回すような、バカみたいな彼女。けれど、憂鬱さも、気だるさもどこかへ追いやってしまった。

 最強の、最高の友達かも知れない。


「さーて、今日もプレゼント配っちゃおうかな」

「……サンタは季節外れ過ぎない?」


 そんな私たちの馬鹿な日常。どこにでもありふれた、バカみたいな日常だ。

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