簾藤エメは物語る④

「人格の話って……それは菅原君の体質が原因でそうなっているって言ってましたよね?」

「ええ。確かにそう言ったし、実際の所、その通りよ」

「ならその問題については解決しているも同然なのでは?」

「いえ、全く解決していないわ。だって人格を本来変えられているはずの私が、どうして今は全く別の性格をしているのかについて、全く明らかになっていないじゃない」

「あ……」


 その声は、年ごろの乙女があげる声にしては随分間抜けだったように思う。


「まあ鬼岩寺さんが目先の事にしか目がいかないタイプの人なのは、知っているから今はあまり言わないけど、その点については直しておいた方がいいわよ」

「す、すいません……」

「話を本題に戻すわ。私の人格の変貌の件。貴方はどう思っているのかしら?」

「私がどう思っているかですか?」

「ええ。その通りよ」

「そうですね……あ、吸血鬼だから夜になると変わるとか……」


 時計の針は、今現在午後十一時を指しており、夜中と言っても差し支えはない。差し支えはないのだが……


「いいえ。時刻は一切関係ないわ。貴方は私が吸血鬼で、吸血鬼は夜に活発に行動すると思っているからそう考えたのでしょうが、生憎吸血鬼の特性と私の人格の変化は全く関係ないのよ。第一私は言ったわよね? 私の変化は全て彼が起因していると」

「そういえばそうでしたね……」


 そういう所が目先の事だけに捕らわれている証拠なのだが、先程あまり口出ししないと言った手前、指摘しづらいし、そもそも私がそこまで彼女の面倒を見てあげるいわれはない。だって彼女と私の関係は、初めと変わらない。一貫して他人同士なのだから。


「だとすると……彼の意識とかが関係していたりするのでしょうか?」

「というと?」

「例えば彼が眠っているとか、何かに集中していて、周りの物事に意識がいかない時などに、人格のスイッチが変わったりするのではないでしょうか?」

「どうしてそう思ったのかしら?」

「ええと……簾藤さんは先程、菅原君の体質が影響で人格が変貌したりしていると言っていましたけど、それって彼が意識してやっている事なのではないでしょうか? だって怪異という存在は、人間という存在の影響を受けて生成されていて、人間が居なければ存在できない存在なんでしょう? だとしたら人間の与える影響力が強いからこそ、我々の存在が歪むのはないのでしょうか」

「概ね正解よ」


 まさかここまで早く答えを言い当てるとは思ってもみなかった。もしかしたら、クロメもクロメなりに彼の事を見ていて、分析し始めているのかもしれない。だとすると一刻も早く、引き離さなければならない。


「要の体質の正体としては、貴方の言った通りよ。ただ一つ違うのは、彼が無意識下でそれを願っている点よ」

「無意識で? そんな事できるんですか? それにどうして彼は無意識でそんな真似を?」

「ああ、それは簡単よ。だって今の彼には、家族を怪異に殺された記憶がないのだもの」

「それは……」

「驚いた? でもそれが事実であり、現実なのよ」


 彼には家族を殺された記憶がない。そもそも、今の彼には家族と言っても、言葉の意味は理解できても、その本質を理解できない。そのように今の彼は構成されている。偏に家族を失った悲しみから、その耐えられない現実から逃避するために、彼は歪み続けている。初めから異常な感性を持っていた彼を、さらに歪で、醜悪な物へと変えている。


「だからこそ、今の彼には愛情という物が理解できない。口では、私の事を好きだとか、愛しているだとか、口にしてくれるかれだけど、それは唯の猿真似。決して本心などではない」

「そ、そんな……でも……それは……」

「狂っている?」


 クロメは首肯こそしなかったものの、その瞳は明らかにその言葉を肯定していた。


「菅原要は狂っている。全く持ってその通り。彼は狂っている。怪異という本来関るはずのない物と関わってしまったことによって、彼はその全てを失い、狂ってしまった。そしてその狂気は、私や貴方の怪異を狂わせるに至る。彼を知れば知るほど、彼とのつながりを、絆を、愛を、深くすればするほど、その効力は増す」

「……どれくらいなんですか?」


 ここまで聞いて、未だ逃げぬとは彼女の胆力も中々の物である。そこは素直に賞賛に値する。でもこの後も果たして耐えられるだろうか? 少なくとも人間の心では耐えられまい。それこそ身も心も鬼に堕とさねば……ね。


「第一の変化は、今の貴方がいい例ね。彼に対して好感を抱き、彼の力になりたいと考える」

「……次は?」

「第二の変化。それは人格の変化よ。彼の望んだ通りの存在に、その存在を書き換えられる。いくら力が強かろうが関係ない。怪異という存在は等しくこれに呑み込まれる」


 実のところ、彼の存在に呑み込まれない存在も居るのだが、そこは言わない。だって言ってしまえば、彼女が自分もそうなれると思いあがってしまう可能性があるから。それは私として望ましくない。


「……それで終わりですか?」

「いえ。まだ後一つ残っているわ」

「……後一つ。それは一体何なんですか?」

「それはね。記憶の喪失、もしくは改竄よ。彼と関わり続けるとやがて己を見失う。自身が何者で、どうして存在しているのか、何故彼の隣にいるのかわからなくなる。そして己が存在を見失ったものは、やがて自らの命を絶つ。これは何も誇張ではない。実際、私はその現場を何度も目撃している」

「……‼」


 彼女にとって、他者の命が死ぬということは、耐えがたき痛みであり、苦しみであろう。例え、相手がどんな極悪人であろうと、まじかで人が死ねば誰だって、多少は憐れむ。そう。人間という存在なら。口では死んで当たり前だとか言ったとしても、その本質は変わらない。人間という存在は残酷な面を持ちながらも、その奥底では善良な側面をのぞかせているそんな生き物なのだ。そして、その性質は目の前の、憐れな鬼の女性にも当てはまる。


「あ……う……あ……あ……」


 奥歯をがくがくと震わせ、恐怖に必死に耐えようとしている。それも仕方あるまい。彼女は、ここまでの間で、彼と深く関わってしまった。その事によって、自身の記憶が、存在が消されるのを恐れているのだろう。その様は見ていて、実に愉快で、愉快で、仕方がない。これも吸血鬼の特性が濃く表れている今の私だからこそ得られる気分なのだろう。でもここまで行くと彼女が壊れてしまいそうなので、少しだけ助け舟を出してやるとしよう。


「一つ補足。彼と関わると、怪異としての特性を著しく減少させるわ。例えばこの私。吸血鬼は本来日中歩けないはずなのにも関わらず歩くことができるし、銀製の道具でも致命傷にならない。つまるところ、彼といる間、私は人間の少女としていられるのよ。と言ってもそんなの記憶を記憶を弄られる代償には、安すぎる代物で、明らかにつり合ってはいないのだけれどね」

「あ……う……れ、簾藤さんは……簾藤さんは記憶を弄らているのですか……?」

「無論よ。私も彼の特性から逃れられない」

「な、なら……どうして……どうして……自己をそんなに確立していられるのですか……?」

「そんなの私が要の事が好きだからに決まっているじゃない。私は要への愛を自己の指針としている。だからこそ、記憶を弄られても尚、自我を保ち続けられているの」


 吸血鬼性が著しく減衰した、あの粗暴で、どうしようもない私にも、要を愛している気持は同じ。同じなのだが、今の私とは愛のベクトルが違う。


 私は要の事を愛していられれば満足なのに対し、あっちの私は要から堪らなく愛されたがっている。自分ながら全く持って面倒くさい女だとは思うが、そういう風な私を要が望んでいるのだから仕方があるまい。


「だかたあなたがもし要と今後も関係を続けたいと思っているのであれば、何かしら楔になる物を、それも特上の物を心に打ちこんでおかないと自滅することになるわよ。と言ってもここまで言って、彼と関係を続けたいと思う存在なんていないでしょうけどね」

「……」


 返事はなし。完全に彼女の心は、恐怖に支配されている。目論見通りに。


「そんな貴方に提案。ここに書いてある住所の所に、今すぐ行きなさい。きっとあなたを助けてくれるはず。そして金輪際、私達の前に姿を現さない事。いいわね?」


 クロメは何も言わず、紙を受け取ると、幽鬼の様に、ゆらゆらと私達の部屋から出ていった。


「……お掃除完了」

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怪異とのラブコメは果たして成立するのだろうか?~幼馴染は吸血鬼、対する僕はただの人間~ 三日月 @furaemon

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