簾藤エメは物語る③

「彼という人間が怪異に、他者に自己を罰することを望んでいるのは、偏に彼の生い立ちの理由があるのよ。貴方から見て、私と要の関係ってどう思う?」

「関係というと同棲している事についてですか?」

「正解」

「そうですね……」


 クロメは、手を自身の顎に添え、私から提示された問題に対して思案して見せる。彼女は美人ということもあって、その様はとても映える。もしここが外であり、彼女の頭部に禍々しい鬼の角がなければ、まず間違いなく、その場にいる人間の注目を集めただろう。


「はっきり言ってしまえば異常……ですかね」

「どこがどう異常なのかしら?」

「どこも何も、高校生の身で、家族でもない男女が同棲なんてはっきり言って異常と言わずして、何と言うのでしょうかね。第一双方の親が認めるはずがないでしょう」

「そうね。確かに貴方のいう事は正しいし、それが常識的な考えからであり、普通の事よ。でもそもそも私という存在は怪異。その存在そのものが異常な物で、常識の範疇に照らし合わせてはいけない。そしてそれは要も同じ」

「菅原君も同じって……彼は何処からどう見ても人間ですよね? その人間に、常識の範疇を照らし合わせるのは、何もおかしなことではないはずです」


 クロメの意見は、確かに正しく、正論だ。でもそれは正しいだけの物で、物の本質をまるで捉えていない。言葉のほころびに気づく能力はあるが、本質に気づく能力は彼女には備わってはいない。


 それがこのことで、彼女にくだした暫定的な評価だ。と言っても評価を下しからと言って、何をするわけでもなく、答えも教えてあげるのだけれど。


「そもそもの話。怪異と人間が幼馴染という時点で、異常なことだと思わない?」

「え……あ……それは……そうですね」

「でしょう? 実際問題、容姿の関係ない幼少期の頃なんて、私に近づいてくる存在なんて大人を除いて要以外まるでいなかったわ。そこから私の心の中まで、踏み入ってきたのは彼だけよ」

「それは、菅原君が簾藤さんの事を好きだったからでは?」

「いいえ。それはないわ。だって私、昔は要からそれはもうめちゃくちゃ嫌われていたもの」


 クロメは、まるで信じられないと言わんばかりに目を見開き、その視線は自然と私の顔とベットで眠る要とで、行きかっていた。


「おそらく要にだけはわかっていたのでしょうね。私という存在が自分たちとは違うものだと。だからこそ恐れ、恐怖した。と言っても表面上は、それをださないように強気でいたのだけどね。その時の要の顔は、今でもよく覚えている」

「そ、そうなんですか。でもどうしてそんな二人が今の関係に至るんですか?」

「まあ簡単に言ってしまえば、彼を除いてすべてなくなったことが原因ね」

「え……」

「正確には、怪異に殺されたのだけれどね」

「……」

「どうしたの? 急に黙って?」

「だ、だってその話は……」


 クロメは、当人のいないところで、こういった話をするのをよしとしない口の様だ。こういう所、実に人間らしく、性根が真直ぐなのは、大変よろしいことなのだが、生憎私は怪異でなので、話を止める気は一切ない。


「ここで誤解して欲しくないのは、私や私の一家が彼の家族を殺したわけではないということよ。そこだけははき違えないで頂戴」

「つ、続けるんですか……?」

「ええ。続けるわよ。それが貴方の、ひいては彼の為だもの」


 大体私がこうして彼の話を、懇切丁寧に聞かせているのだって、すべては彼の、要の為なのだ。


「それで彼の家族を殺した怪異だけど、私にもわからないのよ」

「分からない……?」

「そう。あの怪異は何の証拠も残さなかった。何せ彼の家は、家事によってすべて燃えてしまったのだから。だから彼の家族の事は、人間社会では一家心中事件して扱われているわ。無論、それは調査した警察が悪いのではなく、単純に相性が悪かっただけなんだけれどね」

「ええと……一つ気になったんですが……」

「何かしら?」

「どうして簾藤さんは、菅原君の一家が亡くなったのは怪異のせいだとわかったんですか?」


 その質問はしてくると思った。だからこそ、私は最初に念を押しておいたのだ。自身は犯人ではない事を。


「それは匂いが理由よ」

「匂い……?」

「怪異には、ある独特の、匂いがあるのよ。それは勿論私にもあるし、貴方にもある」

「そ、そうなんですか? 一体どんな匂いがするんですか? 臭いんですか? それとも酸っぱい? それとも……」

「ごめんなさい。言葉選びが悪かったわ。匂いと言ってもそういう匂いじゃなくて、どちらかと言えば、気配と呼ばれるものよ」

「気配……気配というとあの、ホラー映画とかで化け物が現れる直前のアレに似た何かですか?」

「まあ……似たようなものね」


 どうしてこの子は、その様な物で例えたのかは、よくわかならないのだけれど、おおむねあっているので、よしとしよう。


「だから怪異の存在というのはわかっても、犯人はわからないのよ。わかるのは犯人を直接見た人間が一人だけいるというだけ」

「それが菅原君……」

「正解よ」


 要は犯人の顔を、存在をはっきりと認知している。だからこそ、彼はああなってしまった。元々異常な存在であった彼の存在が、捻じ曲がって、あのような存在になった。


「そんな彼の胸の内には、当然深い傷跡が残っているし、何より怪異への強い恨みが残っている。それと同時に、家族を救う事が出来ず、自分一人だけ生き残ってしまった自責の念がある。そしてそれが彼の、あの体質の原因よ」


 以上が事の顛末。彼の体質、彼の過去に関することの全てである。


「そう……だったんですか」


 話を聞き終えた、彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。きっと彼に同情しているのだろう。彼女は根が優しい。それは例え、その身を鬼に堕とそうと変わらない。変わらないからこそ、私は彼女をこれ以上彼に近づかせるわけにはいかない。


「同棲しているのは、私が彼の、狂ってしまった彼の心をつなぎとめる楔になる為よ。幸い、私の家族は元々彼の事は、気にいっていたから全く問題なかったわ。第一、事故の後、彼を引き取ったのは私の家族なのだし」

「……簾藤さんって実は優しいんですね。何も知らない私にここまで忠告もしてくれて、何よりそこまで菅原さんの事を思っているなんて思ってもいませんでした。今まであんなビクビクしていて、すみませんでした」

「いえ、私は優しくなんて無いわよ」


 そう。私は全く優しくない。むしろそれとは逆の、残忍で、狡猾という言葉こそ相応しい。


「そんな謙遜しなくても……」

「謙遜じゃないわ。だって私がここまで、鬼岩寺さんに話したのは、貴方の為なのでは微塵もないのだから」

「え……じゃあ誰の……」

「そんなの要の為に決まっているでしょう? 私はこの家にこれ以上、貴方が居られないような理由を教えたかったのよ」

「あはは。そんな事しなくても、私は明日にも出ていくのに」

「いいえ、貴方は出ていかない。少なくとも、今の段階においては、貴方は絶対に出ていかない。何せ穴らは、既に要に犯されているもの」

「おか……」

「正確には、犯し、犯されている関係というのが正しいかしら。ともかく、貴方は彼の危険性をまだ十分に認知してない。むしろ、心の奥底では、彼の力になってあげたいとすら思っているのではないかしら?」

「……そんなわけないじゃないですか」


 今、わずかに目がそれた。どうやら図星らしい。


「別に嘘をつかなくてもいいわよ。だって、ここまでの話は貴方にそう思わせる為に、わざとそう言う風に、要の好感度を上げるために、話したものなんだもの」


 その言葉に嘘はない。私はここまで、あえてそう話してきた。そうすることによって、彼女の内に眠る母性をたきつけ、彼に夢中にさせ、最大限までに高めるために。そしてそんな彼女の淡い恋心にも似た感情を、粉々に破壊する為に。


「話は何もまだ終わりじゃない。まだ私の人格の変わりようについてが残っている」


 この話を聞いても尚、彼女はこの家に留まり続けたいと思うだろうか? 思ったとしたら大したものである。だがそれはあくまで、耐えることが出来たらの話。きっと彼女は逃げ出す。彼と一緒にいられるのは私だけ。私だけなのだ。

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