鬼との会話は、ポンコツ模様
「……」
あれ以来、エメは一言も口を開いてはくれず、ソファの上に体育座りでジッとしている。その際、視線だけはこちらの方をずっと見つめているので、その様子がまた不気味なのだが、かといってこのままにしておくのも後味が悪い。
「はてさて。どうしたものか……」
「ね、ねぇ……」
「ん? 何ですか?」
「え、えと……あの子の事なんだけど……」
「エメの事が何か?」
「その……やっぱり二人の仲を拗らせたのは私のせいなわけで……その……責任を取りたいと言うか……」
「へぇ。鬼岩寺さんにも責任を取ると言った概念が存在していたんだ。以外ですね」
「貴方……私の事どういう風に思っているのよ……」
「え……いや……それは……ねぇ?」
「え……!? 何……その含みのある言い方!? 貴方の中で私の存在はどうなっているの……!?」
見ず知らずの男性の家にお泊りをお願いする、恥知らずの世間知らずで、どこまでも向こう見ずで、救いようのないお嬢さまだなんてこれっぽっちも思ってやしない。
「……」
何だろう。心なしか、場の空気が少し冷えてきている気がする。具体的に言うと、エメのあたりからどことなく黒く、思い嫌な気配が漂い始めている。
「ちょっと。あの子。本格的にヤバくない……!? さっきから私の事、憎悪の籠った目で見てきてるのだけれど……!? 私、本当に殺されないのよ……!?」
「その点に関しては、多分大丈夫」
「多分って何よ……!? そこは絶対って断定しなさいよ……!?」
「断定したいのはやまやまなのですが、生憎今の情況はちょっとイレギュラー過ぎる自体なので、僕にも判断しかねる部分が多いんですよ」
エメは元々かなりのお喋りさんである。僕にああして、罵倒を浴びせてくるのだって、それが転じてきているわけだし、彼女の持つ唯一のコミュニケーションとは他者との会話だ。
それをしないということは、交流その物を拒絶することを望んでいる分けで、ひいては相手の存在に対する否定につながる。
よく好きの反対は無視という言葉があるけれど、現状がまさしくそれに当たっている。つまるところ、僕はエメに完全に愛想を尽かされてしまったというわけで……
「なんだろう。急に死にたくなってきた……」
「え……? どうして……!? というか冗談でもそんな事口にしちゃ駄目でしょ。世の中生きたくてもいきれない人が一杯いるんだから……‼」
「正論どうもありがとうございます。今後は軽はずみにそう言わないよう気をつけます」
「わ、わかればいいのよ……ってそれよりも今大事なのは、あの子の事でしょうが‼」
「これまた正論どうも。でも僕にどうしろと……」
「それは……そうなのだけれど……あ、ほら。あれよ。されたら嬉しいこととかしてあげるのってどう?」
「いや、それは現にデートの約束を……」
「それとは別でするの」
「え……何それ? 女子ってそんなに面倒なの……?」
「コラ。面倒とか言わない。それに今回のケースの場合、100%貴方が悪い」
「具体的に言うとどのあたりが悪いと思いますか?」
「何から何までよ。その中でも一番酷いのは、既に女の子と同棲している環境下に、堂々と別の女の子を家に連れ込んだ点よ。そんな事されて許す女子なんて普通いないわよ。即刻破局よ、破局」
その点に関しては、既に合点が言っているし、反省もしているので、今さら言われずとも理解しているのだが、こうして改めて言われるとやはり僕のした所業は、余程業腹の代物だったらしい。
「でも元々の原因は、鬼岩寺さんですよね?」
「……」
そこをつかれると流石に痛いのか、先ほどまで意気揚々と息巻いていたにも関わらず、急に視線を逸らしてしまった。その面の皮の厚さ。僕にも少し分けて欲しいものだ。
「はぁ……わかりました。つまるところ僕がエメを喜ばせる行動をすればいいんですね。ものとかで釣る意外の方法で」
「その通り。何よ。案外貴方もちゃんと理解しているんじゃない」
「ええ……まぁ……でも肝心の何をしたらエメが喜んでくれるかがわからなくて……鬼岩寺さんはこういう時どうするのが正解とか自身の経験から思い当たるものとかってないんですか?」
「え……!? そ、そういわれても私誰かとお付き合いしたこととかないし……」
「ふっ……」
「ちょ……!? 今鼻で笑ったわね……!?」
「いや。笑ってませ……ふっ……」
「嘘……‼ だって顔が笑ってるもの‼」
鬼岩寺さんは、まるで子供の様にわかりやすく憤慨して見せる。その様子は一見知的そうに見える彼女の容姿とのギャップも、少しだけ。ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった。
「まあ鬼岩寺さんの事情は置いておいて、女子的に男性からされて嬉しい事とかってありますか?」
「むぅ……急に話を変えてきたわね」
「あはは……まあそうですね」
正直、今の今までのやり取りもばっちりエメに見られている分けで、その分彼女の不機嫌度もまして来ている。本来ならば、隠れてこういう事は密談すべき事なのだろうが、それをやったらやったで、エメの場合、僕たち仲良く処刑されかねない。
そんな僕の思考が勘の悪い鬼岩寺さんに伝わるわけもなく、彼女は一瞬顔を顰めたのちに、些細な問題とでも言わんばかりにスルーすることに決めたようだ。
案外、この鈍さのせいで今まで彼氏ができなかったのかもしれない。実際男受けはよさそうな顔や性格はしているわけだし。
「ふむ……そうね。あ、頭を撫でられるとかすると私的には嬉しいかも」
「なるほど。こんな感じにですか?」
「ちょ……!? なんで私の頭を撫でているのよ……!?」
「そこに頭があったから……?」
「山感覚で言わないで頂戴……‼ 第一、こんな事いきなりされてもう、嬉しくないわよ……‼」
「ええ……でもさっきは嬉しいって……」
「そ、それは相手が恋人とかそういう親密な間柄なわけで、あんたみたいに今日あったばかりの新参者にされても全く嬉しくないし、むしろ不快よ‼」
そういう割に、僕の手を無理やり払いのける等しなかった辺り僕の立ち位置は、当初の物よりは大分マシになったらしい。よかった。よかった。いや、本当は別にそこまで嬉しくは思ってないのだけれどね。
「それにあなたの撫で方。乱暴なのよ。女の子の頭を撫でる時はもっと優しくしないとダメよ」
「いや、雑なのは相手が鬼岩寺さんだからですよ。エメが相手なら別です」
「へ、へぇ……それはどういう意味かしら?」
「だって相手が人間と女神とじゃあ……ねぇ?」
「……私。やっぱあなたの事嫌い。大嫌い」
「奇遇ですね。僕もあまり貴方の事はすきじゃありません」
「……そう」
そう露骨に落ち込まれると、なんだかこちらが悪いことをした気分になるではないか。いや、実際悪いことはしているのだけれど。
「はぁ……嘘に決まっているでしょう。馬鹿なんですか?」
「……‼ や、やっぱり貴方嫌い‼ 死ぬほど嫌い‼ 貴方なんて今すぐあの子に首を撥ねられて殺されちゃえ‼」
「さっきの自分の発言覚えてますか……?」
「……それはそれ。これはこれよ」
随分都合のいい頭をしていることで。
僕がそんな鬼岩寺さんのいい加減な対応に呆れている折だった。今まで静観を貫いていた彼女が動いたのは。
「ねぇ。少し付き合って」
エメはそう言って僕の服の裾を弱弱しく掴んできた。まるで、子供の様なその愛くるしい姿に僕の胸は、さながら弾丸で打ち抜かれた如く、ときめいてしまった。
「うん。いいよ。どこ行くの?」
「……ちょっと外に散歩に行かない?」
「分かったよ。鬼岩寺さんは……」
「留守番しているわよ。物なんか盗まないわ。何せ命が惜しい物」
その言葉には、まさしく迫真そのもので、妙な説得感があった。
「さて。それじゃあ行こうか」
「……うん」
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