吸血鬼少女は朝に弱い
「ん……」
エメの可愛らしくも、愛らしい呻き声によって僕は、目を覚ました。
彼女との同居生活は今年で二年になり、僕の朝の目覚めはいつも彼女の声によるものだった。
「朝だよ。起きて」
隣で眠るエメの身体を揺らし、覚醒を促すが彼女からは全く目覚めの気配を感じられず、不機嫌そうな声をあげると僕の体に抱き着き、足を絡ませ、僕の体に強く抱き着いてきた。俗にいう抱き枕という奴である。
彼女は昔から寝起きが悪く、朝も弱い。それは吸血鬼の血を持つ彼女の性くるものであるとは理解しているものの、生憎今日も学校がある。
「すぅ……すぅ……」
隣で気持ちよさそうに眠っている彼女の事を起こすのは、わずかばかりの罪悪感を感じはするのだけっれど、これ以上彼女を寝かしておいては、意識の覚醒にまで時間がかかる彼女を遅刻させてしまう可能性がある。
「エメ」
僕は彼女の耳元でそう呟くと、先程までまるで開く気配のなかった重い瞼を持ち上げ、真紅の瞳をのぞかせる。
彼女の瞳は本当に不思議で、まるで何かの魔力を秘めているかのように、怪しげな呪いの様に、一度見ると中々目を離せない。
僕は別に女性の瞳にフェチズムを感じる様な人間では決してないのだけれど、むしろ瞳にフェチズムを見出している人にちょっとうすら寒さを感じるくらいだ。
そんな僕が目を離せなくなるというのだから、実際問題エメの瞳には何らかの魔力じみたものがあるのかもしれない。
「……おはよう」
「ん。おはよう。相変わらず朝弱いね。あ、でも別に非難しているとかそんなんじゃないからね。むしろエメの寝顔はとても可愛いから永遠にみていられるから本当だって今日学校がなかったら一日中見ていたかったくらいなんだから」
「……変態」
変態と言われてしまった。美人から罵られて喜ぶ趣味は一向にない僕だけれど、エメのその発言に口元が自然とほころんでしまう。
「僕は今から朝食の準備をするけどエメは何か食べたいものある?」
「……フレンチトースト」
寸分の迷いもなく、感情も抑揚も籠っていないそんな気だるげな声だった。それでいて瞳には強い意志が宿っており、エメが断固としてフレンチトーストを食したいという気持ちは、嫌でも僕に伝わる、伝わってしまう。
彼女は昔からフレンチトーストが好物だった。特に砂糖をたっぷり入れた甘めのものがお気にいりの様で、一週間のうち5回はフレンチトーストを食している。
いくら性別上女性という括りに入っており、甘いものが好きだとは言っても週に五回は食べ過ぎだ。
吸血鬼が糖尿病になるか怪しいところではあるのだけれど、人間基準で言えば確実にかかるだろう。
僕もそれはわかっているのだけれど、どうにもあの瞳で見られると抗う事が出来ない。
それは本能的な物なのか、惚れているなのか、それは僕の心に聞いても返事は帰ってこない。
「……待って」
キッチンに向かい、朝食の準備をしようとする僕の寝巻の裾をエメは唐突に掴んだ。
いつもなら僕が朝食を作り終えるまで、ピクリとも動かない彼女にしては非常に珍しいことで、イレギュラー過ぎる自体なわけで。
「どうしたの?」
「……私も手伝う」
「それは構わないのだけれど……」
申し出自体は嬉しいし、朝はほとんど動こうとしない彼女のそんな成長もまた嬉しいのだけれど、料理を手伝う前に彼女には一つやるべき事がある。
「服。来てからにしようか」
エメは就寝時、衣服を一切身につけない。下着も何も、一切合切脱ぎ去った後、僕の隣で眠りだす。
普通の男の子ならば美少女が裸で眠っている事態に動揺を隠せず、大半の物が歓喜に沸くはずだろう。
僕がどうしてそんな反応をしないかと言えば、彼女の身体を見るということに日常的になれてしまったのもあるが、僕はそこに魅力を感じているわけではないからだと思う。
エメの裸体は確かに美しい。安産型のお尻に、豊満な胸。腰は括れ、肌はもちもちしており、そこにさらに顔立ちの美しさも加わる。
ーー人間でエメより美しい容姿をもつ者など誰一人としていない
僕は力強くそう断言できるし、きっとそんな意見を否定できるものもいないだろう。
でも僕はそんな彼女の容姿に惹かれたわけではない。
女性の魅力を決定づける材料として、容姿は重要な立ち位置を占めるのは、紛れもない事実なのだけれど、生憎僕はその様な物に微塵も興味はなかった。
「……わかった」
「服はハンガーにかけて窓のところにおいてあるよ。後下着も出しておいたから」
「……ん。ありがとう。変態」
「ありがとうと言いながら罵倒するのは止めてくれるかな?」
どうやら少しずつ意識が覚醒し始めたようで、いつもの切れのある彼女に戻りつつある。
もう少し子供みたいな彼女を見ていたいという気持ちはあるのだけれど、やはり僕としてはいつもの凛としており、僕の事をからかう彼女の方がエメらしく思えるし、そちらの方が遥かに魅力的だ。
「私の裸体をまじまじと見てどうかしたのかしら?」
「いや。今日も可愛いなって。それと裸体には微塵も興味ないよ」
「褒めてくれるのは嬉しいのだけれど、今貴方男として致命的な発言したという自覚あるのかしら?」
「致命的でもなんでもないと思うよ。第一女性の裸なんて、今時アダルト本やアダルトビデオがあればいくらでも見れるじゃないか」
「それじゃあ何? 私の裸体はアダルト本以下だと?」
どうやら僕の答えがお気に召さなかったらしく、エメの眉はヒクヒクと痙攣し、額には青筋が浮かんでいる。
「そんなわけないじゃないか。今のはあくまで例を出しただけで、そう言った類の本を一度だって見たことないし、興味もないよ」
「そ、それってもしかしてそっち……」
「BでLな人じゃないからね? 僕はきちんと女の子が好きな人だからね?」
「でも世界で一番美しい私の裸体に興味ないのでしょう?」
「よく自分で世界で一番美しいとか言えるね」
「だって事実でしょう?」
エメは自身に満ちた、満ち満ちた表情で、僕にそういう。
彼女は謙遜なんて物はしない。むしろ嫌っている。他者から天才と言われれば当然と言い、運動もできると褒められればそれもまた当然という。
それは彼女なりの誠実さの表れで、嘘を極端に嫌う彼女らしい立ち振る舞いともいえる。
「確かにね。君は美しいよ。それこそ世界一。もし世界の美女、美少女決定戦なんて物があるのだとすれば、紛れもなく一位だ。ぶっちぎりの一位だ」
「それなら何ら問題ないじゃない。それよりもそうやって話を逸らせようとするのはやはりBでLな人だからなのかしら?」
どうやら彼女は是が非でも僕をBL男子にしたいようだ。
僕は断じてその様な趣味は断じて持ち合わせていない。そう言った類の人間がいるという事実を受け止め、彼らの主張を受け止め、認めている僕だけれど、断じて自分は彼らと同じ存在であると言える。
かといって彼女にこのままやられっぱなしというのも、面白くもない。
「それじゃあ逆に質問するけどもし僕が男の子しか愛せない人だったらどうする?」
たられば諭に過ぎない問いを僕は、彼女にぶつける。
僕の目論見としては少しでも彼女を動揺させるのが目的だったのだけれど、彼女は動揺するどころかむしろ挑戦的で、妖艶で、魅力的な笑みを浮かべている。
「そんなの単純よ。その時は……」
僕の耳元で甘く、人を蕩けさせ、ダメにさせるそんな声でエメはそっとこう呟いた。
「私が女の子の魅力を教えてあげるわ。それこそこの体を余すところなく使って……ね」
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