怪異とのラブコメは果たして成立するのだろうか?~幼馴染は吸血鬼、対する僕はただの人間~

三日月

序章

夕暮れの教室と赤眼の少女

 誰もいない教室の窓際で、一人の身目麗しく、人間とはかけ離れた美貌を持つ少女が熱心な様子で本を読んでいた。


 異常なまでに白い肌に、赤色の瞳。夕日を浴びて輝く金色の髪が窓から吹く風によって靡いている。その様は見る物すべてを魅了し、僕はそんな彼女に紛れもなく魅了されていた。


「……いたの?」


 今の今まで僕の存在に気づいていなかったのか、開口一番透き通った美しく、心地の良い声でそう言った。


「何黙りこくっているのよ。いつもみたいにその無駄に達者な口を開きなさいよ」


 少女はどうやら僕との会話をご所望の様で、先ほどまであれほど熱心に読んでいた本から目を逸らし、僕の瞳をジッと覗き込むようにして見つめている。


 僕の心の奥底を見透かしているようで、なんでも知っているような瞳で、僕の事を見つめている。


「僕としては別にそれほど達者というわけではないのだけれど?」


 少女はそんな僕の皮肉がお気に召してくれたのか、笑ってくれた、それはそれは楽しそうな笑顔を添えて。


 最も少女が笑ったのは、僕の発言が面白かったからなどでは決してなく、鼻で笑っていたにすぎないとここで付け加えておく。


「その割にはいつも私の事、必死に口説いているじゃない。あまりの必死さに妊娠してしまいそうな程に」


 口説いただけで妊娠するなどありえない。もしその様な事が現実と化していたら人によっては、中学生の時点で妊娠してしまっている。


 だとしたらとっくに僕はお父さんだ。パパと呼んでくれる可愛い息子か、娘かが既に存在していなければおかしい。


 その場合、母親となる相手は当然目の前の少女なわけで、それはそれで万々歳なのかもしれない。


「僕は口説いている分けじゃなくて、愛の言葉を囁いているだけだ。そしてそれを望んだのは紛れもなく君だろう」

「ええ、そうね。確かに私は君に。菅原要すがわらかなめ君にそうすることを要求したわ」


 彼女は自分の行いを一切否定せず、あっさりと僕の言葉を受け入れた。謝罪は微塵もする気はないようだ。


 そんな彼女もまた魅力的だ。もし僕に理性と呼ぶものがなければ、今この瞬間自身の内に秘めたる欲望を口にしたくなるほどには魅力的だ。


「でもそれは仕方がないことなのよ」

「仕方がないこと? 具体的に言うと何処が仕方がないことなのかな?」


 少女は立ち上がると僕の元へと一歩、一歩とゆっくりとした足取りで近づき、目の前に立つと自身の腕を僕の背中に回し、優しく抱き着く。


 彼女からバラの様な甘く、鼻腔をくすぐる様なそんな匂いがする。


 好きな人の匂いは遺伝子レベルで、いい匂いになると聞いたことがあるが、その理論を当てはめるならば僕は紛れもなく、彼女に惚れているだろう。


 そもそもそんな理論を当てはめなくとも、彼女に惚れているという自負はあるのだけれど、何なら彼女と初めて会ったその瞬間に彼女に運命を感じ、惚れこんだと言ってもいい。


「女の子は好きな男の子から愛の言葉を囁かれるのが大好きな生き物なんだから」


 僕の耳元で彼女はそう呟き、僕により強く抱き着き、口元を僕の首筋へと伸ばした。


「君のその言葉。僕の事を異性としてではなく、として言っているのかな?」

「バレた?」


 彼女の表情は見えないが、きっと悪戯に成功したような無邪気な笑みを浮かべているに違いなかった。


「まあね。大体その手法、一体何回目だと思っているのかな?」

「そうね。ざっと50回は使ったかしら」

「それだけ使っていれば馬鹿だって学習するよ」


 そんな事をされているからこそ、僕は彼女に今更抱き着かれた程度では動揺しなくなってしまった。するのは期待だけ。


 僕はいい加減自身の思いが実ったのかとそんな期待をするだけ。


 生憎そんな僕の期待は今日も外れ、彼女にとって僕は今だ食料という区分にいるようだった。


「ねぇ。それよりもそろそろいいかしら。私……もう……」

「いいよ」


 僕がそう許可を出した瞬間、彼女は躊躇いなく僕の首筋へとかぶりつく。


「……ん」


 という行為は、いつまでなれない。


 痛い……という感覚は微塵も襲ってはこないのだけれど、耳元でじゅるじゅると血が吸われていくい音が妙に生々しくて、落ち着かない。


「ご馳走様」


 少女の頬はわずかばかりに赤く、煽情的に見える。何でもである彼女にとって血を吸う行為は、性行為をする際の感覚にも等しい感覚らしい。


 それをはじめは誤解して、僕の事を好きだからそんな事をするのかと思っていたのだけど、彼女にとってはその様な事は全くなく、ただ単に僕の血が美味しかったからに他ならないとすぐさま口にされてしまった。


 その言葉は少年だった僕の心に多大な傷を残し、一日に8時間程しか眠れなくなってしまった。


「どう? 僕の血は?」

「……言わせないで頂戴。恥ずかしい」

「そうですか」


 昔はなんだかんだ味をはどうだとか口にしてくれたのだけど、最近ではめっきり口にしなくなった。


 口にするときは美味しくなかったときだけ。どうやら体調が悪かったりすると血の味にも影響が出るらしく、その時だけは僕に優しくしてくれる。


 天使の様に、女神の様に甘く、甘やかしてくれる。


「あ……血が……」

「ん……? ああ……」


 首元で血液が垂れる生暖かい熱がする。どうやら今日の僕の血液は生きがよいらしく、吸われた後から漏れ出してきてしまったようだ。


「ま、放っておけば……」

「ダメ‼」


 その声はいつもは物静かで、控えめな声音でしか喋らない彼女らしからぬ、力強く、わずかばかりの怒気を孕んだ声であった。


「ジッとしていて」

「え……でも……」

「いいからジッとする」


 そう言うと彼女は僕の傷口にそっと口づけをし、下を這わせる。


 それが妙に恥ずかしくて、顔に熱を帯びるのが抑えられそうにない。


「これで終わり」


 傷口は完治していて、流れていた血もそこにはなかった。


 吸血鬼の体液には、傷を治す成分が含まれているらしく、彼女は僕が怪我をしたりするといつもそうやって治療してくれる。


 ただ今回の場合はいつもと違い、手に付着させた唾液を用いるのではなく、舌を用いて直接治療していた。


「一体どうしたの? 今日はいつもと違うじゃないか」

「……気まぐれよ」


 彼女はそれっきり何もいわなくなってしまった。ただ手だけは繋いで欲しいのか、差し出されており、僕はそんな彼女の仕草に可愛いと思いつつ、そっと握ってあげる。


「そろそろ帰ろうか」


 時は既に夕暮れ。吸血鬼の彼女からすれば夜こそ本領なのだが、人間の生活は昼に活動するのが普通で、人間に擬態している彼女もまたその理からは逃れられない定めだ。


「……待って」


 彼女は不意に僕の腕を引っ張る。


「どうしたの?」

「……名前」

「名前?」

「……私まだ今日一度も君から名前呼んでもらっていない」

「ええ……そんなのどうでも……」

「よくない」


 こうなった彼女はとても頑固で、僕が居れない限りは決して折れてくれない。それがいつもの定石だ。



 そう呼んだ途端。彼女は満足げな表情で、鼻を嬉しそうに鳴らす。


 一体全体何がそんなに嬉しいのはしれないが、エメは自身の名前を呼ばれるのをとても気に入っている。酷いときなどは、一日に30回名前を呼ぶときもあった。


 だからと言って名前を呼ぶのは誰でもよいわけではなく、彼女の名前を呼んでいいのは彼女の両親とである僕とその家族を除けば誰一人としておらず、例え彼女と仲良くしている友人で会っても決して呼ぶことを許さず、名字の簾藤れんどう呼びしか認めていない。


 彼女にとってそれほどにまで自身の名前は大事な物で、もし一度でも部外者が呼んでしまえば彼女の逆鱗に触れることになる。


「ほら。帰るよ」

「もう一回」

「……勘弁して下さい」 

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