第29話

 恵梨姉さんが印目掛けて飛ばした炎に驚いたのか、人間に憑いていた妖怪達は一斉にその体から飛び出した。それらが路地裏から逃げないよう莉花姉さんがビルの間に風の壁を作り出し、上空は緋が水の壁で塞ぐ。

 その状況を打開するどころか逃げ惑うばかりで襲いかかって来るものが少ないところを見るに、今回の連中は力の弱い妖怪が多いらしい。あまりに拍子抜けするその光景に、思わず肩の力が抜けそうになった。


「狐はどう?」

「狸なら……」

「こっちも狸だよ……なんなんだ」


 そして予想外なことに、この騒動を起こしていた妖怪は野狐ではなく狸の妖怪だったのだ。これはこれで問題なため放置する必要はないとはいえ、この状況には流石に唸らざるを得ない。

 似たような手口だったことから、てっきり先日の事件の手掛かりになると踏んでいた僕としては、思わず歯噛みするほど悔しい結果が待ち受けていたのである。身内が関わったことで焦っているのは自分でも分かっていたが、苛立ちと落胆は誤魔化しようがない。冷静に、冷静にと己に言い聞かせながら、逃げ惑う妖怪達を事務的に撃ち殺す僕の姿は、人の味方というよりは無慈悲な悪の化身のようにも見えたかもしれない。

 まあ、妖怪の視点から見ればなにも間違ってはいないのだろうけど。


「お、河童だぜ。なんか久しぶりだなぁ」

「へえ……河童って、本当にいるんだね」


 そんな中でも、呑気に妖怪を選別している弟分と、経験不足故に物珍しさが先立つのか首を突っ込みたがる弟のなんと呑気なことか。動物園で珍しい生き物でも見ているかのようにビル下を走る河童を眺めては目を輝かせていたものだから、これはこれで頭の痛い光景だ。

 側で聞いていたのが僕だけだからよかったものの、こんなやりとりを莉花姉さんにでも聞かれていたら、説教では済まないのではないだろうか。いや、僕も説教するべきか。短時間で様々な感情が一気に襲いかかってきたせいか、僕自身正しい反応が取れずにいたのは、失敗だったと言わざるをえない。


「……天狗がいるんだから、河童ぐらいいるさ。近付くなら、背後を取られるなよ」

「あ、うん。気を付ける」


 河童が町中に出没しているなんて僕も初めて目にしたが、近年は出没場所なんて選んでいられないのだろう。出られる場所に出て、生きる為に人や動物を襲う。それは他の生き物のしていることとなんら変わりのないものだが、悲しいかな、許容出来ない被害が出てしまう為こちらも戦うしかない。

 上手く共存する方法でもあれば、こんな争いも減らせるのに――そう思っても、お互い譲歩できないことはわかりきっていた。なにせ人と妖怪は、根本的に相容れない存在なのだから。



 僕と同じように落胆していた様子の莉花姉さんと恵梨姉さんは、印に施された細工を確かめるようにビルの壁を触っていたが、やがて小さくため息をつきそれに炎を浴びせ印を破壊していた。

 嫌な空気だ。これまでも望むような結果に至らない戦いは何度もあったが、今回は特に虚脱感が強い。


「……狐が全くいないなんて、予想もしていなかったわ」

「たまたま同じ手口だっただけなのかなぁ……?」


 罠かもしれないと警戒していたものの、印が消えても、妖怪が一掃されても、何かが近付いてくる気配もなにもなかった。今回の連中は、ただ手口を真似ていただけなのだろうか。そう考え、そっちの方が厄介だと気付いたものだから、自分の発想が嫌になる。


「ん~……困ったね。こんなことあちこちでやられてたら、手が足りないよ」

「……週末に高岡達の見舞いに行く予定だから、何か覚えていないか聞いてみるよ」

「そうね、それに賭けるしかないわ。悪いけれど、お願いね」


 意識を取り戻した時は状況を理解していない様子で困惑していた高岡達だが、何か思い出してはいるだろうか。休養の邪魔になってはいけないと連絡を控えていたことを今になって後悔しながら、僕はビルの最上階へ跳び上り周辺を見渡した。

 眼前に広がる空は灰色の雲に覆われ、いつもより妙に暗かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る