第28話

 翌日、野狐やこによる被害に関する情報共有を兼ねて、僕らは高岡達を発見した現場の確認に来ていた。

 といっても、高岡達が何か手掛かりを落としているわけでもなければ、昨日の交戦の跡が残っているわけでもない。勿論、妖力の残滓も残されてはいない。何一つとして残されていないただの細い道路を眺め、姉さん達は頭を悩ませているようだった。


「……あたしたちも見たことないやり口だけど、ちょっと引っ掛かるね……その笑い出した例とかさ」

「最近の事件に関係ありそうだよね。取り憑かれたら、こっちもよく分かんないし」


 取り憑かれていた三人は少々弱っていたようだが、治療を試みた緋によると命に別条はないらしい。送り届けた際には、どの家でも大事を取って休ませると言ってくれたことに僕は安堵した。いくら憑いていた妖怪を排したとはいえ、一度目をつけられた以上何があるか分からない。なんとか、三人が学校に復帰する前には片をつけたかった。

 その為には、妖怪達の目的をはっきりさせることが必要だと思ったのである。最近増加している異様な人間同士の諍いや、自殺などに関する手掛かりも得られればいいのだが、流石にそこまで都合良くいくかはわからないだろう。


「ううん……一応、分からなくはないけれど」

「え、莉花ちゃんわかるの?」

「ある程度、ね。流石に、おばあ様ほどはっきりとは分からないわ」


 注意深く周囲を見回していた莉花姉さんは、困ったように首を傾げてそんなことを口にした。

 僕らは神通力が使えて妖怪が見えるだけで、妖怪に憑かれている人間が見分けられるわけではない。そういった分野を得意としているのは、曽祖父から神社を受け継いでいる莉花姉さんの一家だけなのだ。ただ、莉花姉さんはまだ学生であり、妖怪のこともあるため年末年始の混み合う時期にしか手伝ってはいなかった。故に、誰もが見分けられるとは考えていなかったのだが、どうやら僕達は彼女を甘く見ていたらしい。

 まあ、生まれた時からずっと一緒にいる恵梨姉さんすら知らない事実だったようだから、無理もないのだけれど。


「ってことは、莉花姉がいねーと見分けらんないってワケか……」

「ええ、分散は中止ね。全員で探してみましょう」

「んじゃ、ここには何も残ってないみたいだし、そろそろ行こっか」


 これ以上この路地に留まっても、不審者扱いされるだけだ。さっさと歩き出す恵梨姉さんの後をついて行きながら、僕は莉花姉さんに状況の説明を続けていた。昨日のことで少しでも手掛かりになりそうな情報があるとすれば、役立てることができるのは今は彼女だけだからだ。


「……彼らは、どんな様子だったの?」

「幽鬼みたいに、ひとりでフラフラ歩いていたんだ。憑かれているか分からない僕達でも、異常には気付いたよ」

「そんなに怪しい素振りを見せていたなら、目立ちそうね」

「うん。周囲の目を気にしてる様子はなかったから、同じような人間を見つけること自体は難しくはないと思う。ただ、人混みだと単純に視界が悪いし……」

「たしかに、そうね……」


 昨日の出来事は日が落ちきる直前の時刻の話であり、ちょうど妖怪が姿を現し始める時間帯に入る。今は放課後とはいえまだ日が高く、妖怪達が姿を現せる状況ではない為、同じような人間を探すには早いだろう。

 僕の意見に深く頷くなり先頭を歩く恵梨姉さんに駆け寄ってなにやら耳打ちすると、ひとしきり二人で相談し終えた莉花姉さんは硬い表情で後ろを歩く僕らに向き直った。


「今日は、人通りの少ない所を重点的に探しましょうか」


 ◆◆◆


 結局、一度帰宅し日が落ちる直前に僕らは改めて集合した。ここ数日の間放課後の見回りを繰り返していたから慣れていたつもりになっていたが、やはり制服姿のままあちこち歩きまわるのは悪目立ちしてしまうものだ。それに、荷物もあるし怪我をすれば制服の修繕も必要になってくる。そんな事情を踏まえると、行き来は面倒とはいえ、戦闘後の疲労感の中、針と糸を扱うよりはましに思えたのは僕だけだろうか(自力で制服を直しているのは僕だけらしいが)。



「……みんな、上に来て」

「いた?」

「ええ。そこの隅に、ぞろぞろと人が集まっているでしょ? あれ、全員憑かれているわ」


 建物の上を飛び歩いていた莉花姉さんに声を掛けられる。彼女が指した先にあったものは、街灯がぎりぎり届くビルの間の影で樹液に群がる虫のように集まっている十数人の人間の姿。老若男女問わずいるものの、割合としては男の方が多いようだ。あれが全員妖怪に憑かれているだなんてにわかには信じがたいが、遠目でも分かるその生気のない不気味な様子を目にしては信じざるを得ない。

 生理的に不快感を覚えるその情景に悠真などは咄嗟に一歩身を引き身を震わせていたが、僕はその先にあるものに目が釘付けになっていた。


「…………あれは、印か?」


 取り憑かれた人々の群れの先、薄汚れたビルの壁によく見慣れた淡く光る印が見える。間違いない、あれは妖怪達の住処を表す印だ。妖怪以外に見える筈のないそれに直接手で触れている人間がいるものだから、驚きと共にぞっとした。取り憑いている妖怪達は、彼らになにをさせようとしているのか。


「ほんとだ。じゃあ、あの人たちは何のために集められたのかな……?」

「……人の生気を使って、印の妖力をカモフラージュしてるっぽいね。みんな、ちょっと元気がないもの」


 たしかに、間違いなく視認できている印が次第に何かに隠されるように認識が難しくなっていっている様子が、今眼下で繰り広げられていることは僕にも分かった。どうやら妖怪達は、生きた人間を使って己の妖気を隠す方法を編み出してしまったらしい。

 恵梨姉さんは冷静に状況を語りながらも、その語気は強く、苛立ちを覚えているのは火を見るよりも明らかだ。間も無く、彼女は誰よりも先に印に向けて炎を放つ。

 この人を怒らせるなんて、とんでもないことをしてくれたものだと嘆息しつつ僕達も後に続いた。

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