第27話
高岡達を自宅に送り届けた僕らが帰宅すると、玄関に入った瞬間から賑やかな声が耳に届く。
賑やかすような人間がいないため普段は静かなこの家には似つかわしくない騒がしさだが、訪れている一家の面々を考えれば妥当だろうか。思わず隣で靴を脱いでいた緋に視線を向けると困ったように笑ったものだから、僕は肩を竦めてしまった。
「狐か」
「うん。あいつら、狐に憑かれてたんだ」
居間に揃っていたのは、母、祖父、悠真、妹の
目の前に全く同じ感情の読み取りづらい顔がふたつ並んでいるとなんとなく視線を迷わせてしまうが、仕方ないだろう。僕らも今日見間違えられたばかりとはいえ、祖父達は本当にどちらがどちらかさっぱり分からないのだから。昔は髪色にほんの少し違いがあったらしいが、今はどちらも白髪のため実の孫の僕でさえ着ている服のおかげで辛うじて判別できるレベルだ。ちなみに僕と緋のように、瞳の色で判別するのは不可能だ。なにせ二人とも糸目なのだから。
「であれば、
「やこ?」
「人間に悪さをする狐の妖怪の総称じゃよ。取り憑いたり、怪我をさせたり、呪ったり……とな。今回のように、生者を
ほんの数分前まで酒を飲みながら腹を抱えて笑っていた二人は、多少はそのままの調子を維持しながらも真剣に語る。
僕らがよく見かける狐の妖怪のほとんどは
「わしの昔の知り合いには、赤子の頃に野狐に憑かれて笑い続けたという者もおったなぁ」
「笑い続ける、って……あんま怖くねーな」
僕らの向かいに座って料理を食べていた悠真は、拍子抜けしたように苦笑いを浮かべている。たしかに、取り憑いた相手を笑わせるだけなら脅威はないようにも思えるが、とある記録を思い出した僕は笑う気にはなれなかった。
「怖いぞ。なにせ、
「お、思った以上に怖いね……」
「間接的なものではあるけど、笑いすぎって死因になりかねないからね」
「嫌な話すんなよ……」
「もっと嫌なものを見ておいて、今更なにを」
話を聞くだけではどんな惨状であったかまでは分からないとはいえ、赤ん坊が笑い続けて呼吸ができなくなっていたと言われれば、かなり危険な状況だということが想像できる。その人物は当時とある神社の神主をしていた祖父の父、つまり僕の曽祖父にお祓いをされたことで救われたとのことだったが、お祓いが少しでも遅ければ死んでいたらしい。
それを聞いた弟と弟分は、さっと顔を青くする。脅威に対し恐怖を覚えるのは正しい反応だが、僕らはもっと危険で醜悪な妖怪達も相手取っているし、運良く凄惨なものではなかったとはいえ死人だって見ている立場だ。だから、僕は少しばかり呆れてしまったのである。
「碧は相変わらずじゃのう……」
「わしの孫だからのう」
「はは、似とらん似とらん。碧の方が良い顔をしとる」
「ははは、同じ顔をしておいて。こいつめ潰すぞ」
しかし、その話を続けさせてくれないのが酒の入った祖父達だ。顔では全く分からないが、酔っているのか同じ顔がにこやかに笑いながら口喧嘩をし始めてしまい、僕は静かにその場を離れた。
「……相変わらず仲良いのな」
「いいじゃない。いつまでも兄弟仲が良いなんて、素敵なことよ」
「お前たちも、将来こうなるのかねぇ……?」
母さんと
「なるかなあ……?」
「ああはならないでしょ」
老後の自分達が仲良く喧嘩する姿を想像してみようとしたものの、何分今ですら碌に口喧嘩もしない僕達だ。喧嘩に至る前に僕が折れている情景しか思い浮かばず、肩を竦めるしかなかった。
他の皆も想像できなかったのだろう。好き勝手にうんうん頷いては、僕の肩を叩いたり憐みの視線を向けてくるものだから、思わず深いため息が漏れた。
「んー……じゃあ、悠真くんたち?」
「えー? オレ、あんな物騒なこと言えねーぜ?」
「わたしもー お兄ちゃん、泣いちゃいそうだし」
「……基準はそこなのか」
一方、悠真とその妹の春奈の場合は口喧嘩どころか、喧嘩そのものをしない間柄である。悠真は妹に非常に甘く、春奈は兄に甘えるタイプのため、喧嘩に発展するどころか喧嘩の種すらないらしい。俗な言い方をしてしまえば、シスコンとブラコン同士の兄妹というわけだ。これは他のはとこ達にはない特徴であり、妹との距離感に悩む姉さん達は羨ましがっていると聞いたこともある。妹のいない僕にはよく分からないが、きっと年頃の女の子の扱いは大変なのだろう。
まあ、同い年の弟はそれはそれで大変なのだが。
「自慢じゃねーけど、春奈に冷たくされたらオレは死ぬぜ?」
「本当に自慢じゃないな……」
自信満々に胸を張りそう語る悠真の顔は正直少しうざったかったが、語る内容があまりにも情けないため、脱力した僕にはそれ以上何かを言う気にはなれなかった。
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