第26話

 その日は、僕も緋も下校が少し遅くなってしまった。それもこれも緋のせいではあったのだが、見回りのない日だったためあまり文句は言わないでおいてやった。

 何があったかと問われれば、緋を呼び出そうとした女子に勘違いされて呼び出された事件を発端とする細々こまごまとしたいざこざに巻き込まれた、と言うほかない。いくら双子とはいえ僕とあいつを間違えるのはやめてほしいのだが、高校ともなると一学年の人数が増え個々の接点が極端に減るからか、僕達を見分けられない人間が年々減るどころか増えるばかりで困っているのだ。ちなみに件の女子の用事は、愛の告白だった。


 疲れ切った僕らがゆっくりと帰路に着いていたその時、前方に覚束おぼつかない足取りでふらふらと歩く人影が視界に入る。が、僕自身はその人物に特に興味が湧かず、誰であるかなど確認もしなかった。普段なら不審な人間に対し多少は注意して見ていたというのに、精神的な疲労が思いの外響いていたらしい。


「ねぇ。あそこにいるの、高岡くんじゃない?」

「……本当だ。あいつの家こっちじゃないのに、なんでこんな時間に……」


 その正体に気が付いたのは弟で、たしかに僕らの前を歩く人物は学校で毎日のように顔を合わせる腐れ縁の高岡だった。そいつを見つけたのは僕らの帰路、学校よりも家の方が近い位置だが、高岡の家は僕らとは反対方向の学校の東側にある筈だ。

 その上、よく見るとその表情からは普段の快活さは見受けられず、軽く背を丸めぼおっとどこかを見つめながら幽鬼のように歩を進めている。そんな状態で何故こんな所をうろついているのかが分からず、僕も緋もほぼ同時に嫌な予感がよぎざるをえなかった。


「……高岡!」


 細い路地に入ったところで、僕らはそいつに追いついた。近くで見ても異様さに変わりはなく、声を掛けても反応がない。流石に不安を抱き思わず高岡の腕を掴むと、急に重さを感じた。高岡がその場で力なく膝を折ってしまったのだ。そして、僕から逃げるように何かが高岡の体から抜け、飛び出すように駆けていく。

 その正体は、土色の毛並みを持つ一匹の狐だった。


「あれは……緋、こいつを診てて!」

「う、うん」


 勿論、ただの狐なわけがない。そいつは高岡の体に取り憑き、あいつをどこかへ連れて行こうとしていたのだろう。体から抜け出したそいつからは確実に妖力を感じたため、僕は己に結界を張り人目を避けながら弓を引く。


「一体だけなら……」


 直後、僕の矢は狐を貫いた。小さく悲鳴を上げながらその場に倒れた狐はすぐに消滅したため、夜に戦う妖怪達と比べるとあまり力は持っていなかったのかもしれない。あまりにあっけない最期に肩の力が抜けたが、間を置かずに気を引き締めなければいけなくなってしまった。





「まさか、春駒と滋野まで来るとはね……」


 数分後、僕と緋は頭を抱えていた。何故か高岡の同じような状態の友人が集まってきてしまい、その誰もが狐に憑かれていたため、解放されても意識を失ったままだったからだ。

 この場にいるのは、高岡、春駒。そして、緋と同じクラスで、僕らとよくつるむ最後のひとり滋野しげのの三人。どいつもこいつも僕達の友人というのが引っかかるが、今はそれどころではない。


「でも、どうしよう……流石に三人は運べないよ」

「……ちょっと見張ってて。おじいちゃん呼ぶから」


 いくら鍛えているといっても、自分と同等か自分より体格の良い男三人をそれぞれの家まで運ぶのは不可能だ。かといって、こんな住宅地の中で三人を放置することもできない状況のため、我が家で唯一車を持っている祖父を呼ぶことにしたのである。ちなみに、母は免許こそ持っているが、やんごとなき事情がありペーパードライバーだ。

 手短に事情を伝え電話を済ませると、すぐに三人に外傷がないか確認しつつ声がけをしていた。そうしてなんとか三人とも目を覚ました直後、見慣れた我が家のではない黒い車が僕達の側に止まる。


千翼ちひろ叔父さん?」

「よっ! 美優に頼まれたんだ、乗ってけ」


 それは、悠真の父・千翼叔父さんの車だったのだ。

 促されるまま、未だ夢見心地かのように意識のはっきりしていない友人達を乗せ、緋が助手席、僕が後部座席に乗り込んだ。一応退治したとはいえ、一度狐に憑かれた高岡達に何かあった場合、僕の方が対処しやすいからだ。

 それに、三人の自宅までの道案内なら緋にもできる。


「叔父さんが来て大丈夫なの? 悠真くんたちは?」

「親父たちが飲むっつーんで、今そっちの家に集まってんだ。帰ったら宴会だぜ?」

「元気だなあ」


 前方から聞こえて来る内容は、元気と言うよりは呑気にも思える。ただ、祖父達が宴会にうつつを抜かすなどここ数年はなかったことだから、止めるのも可哀想な気がしてならない。それとも、宴会は口実で叔父さん達を集めたかったのかもしれない――そう色々と思考を巡らせてはみたものの、憶測というよりは願望に近いそれに期待するのも複雑だ。本当に、兄弟で酒を飲みたかっただけなのかもしれないのだから。


「おじいちゃんととらじいちゃんが揃うの、久しぶりだよね」

「あのふたり、揃うとやかましいからなー……今頃、美優も手ぇ焼いてんじゃないかなぁ」


 僕らの祖父・白狼はくろうには双子の弟がいる。それが、悠真の祖父の白虎はくこだ。しかも、僕と緋とは違いこの二人は一卵性双生児、下の親族どころか実の兄姉ですら見分けが付かないのだ。今あの二人を見分けられるのは、実子にあたる美優母さんと、千翼叔父さんだけなのである。

 一人ひとりは落ち着きのある優しい祖父達なのだが、揃うと途端に騒がしくなる二人によって、家がどんなお祭り騒ぎになっているのかと思うと頭痛がしそうだ。しかし、それよりもこなさなければいけないものが僕の隣と後ろに座っているものだから、すぐに意識はそちらに持っていかれた。

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