第24話

「――で、こうなるわけか」


 数日前に向かったのは駅前付近から西方向の郊外だったが、今回僕と悠真が向かうのは、駅前から北西の方向だ。目的地の選定理由は特になく、妖怪のいそうな所を虱潰しにしているのが現状だ。


 この町は北、南、西一帯を山脈に囲まれており、唯一山のない東に進めば海に行き着く。

 昔は、ここから出るために北や南に僅かにある平地を移動したと聞くが、一体どれほど昔の話なのか。時折祖父から聞かされる話は妙に古過ぎる情報で、いつの時代の話であるかをいちいち確認していたのは中学生頃までのことだ。今では、疑問があれば聞く前に調べる癖がついてしまった。


「なに、オレが嫌なわけ?」

「そうでもないかな」


 悠真と二人での見回りになったことについては特に不満はないが、全く不安がないといえば嘘になる。なにせ、僕もこいつもまだ一人前とは言い難いのだ。万が一の時に適切な行動を取れるかは、自分でも少しばかり自信がない。勿論、悠真の腕や察しの良さ、立ち回りの上手さを加味すれば問題はないのだろうけれど、それにおんぶに抱っこというわけにはいかないわけで。つまるところ、僕が感じていたのは不満ではなく、不安だったのだ。

 とはいえ、緋相手でもあるまいし、口にもしないそれを唇を尖らせていた悠真が正確に察することはなかったのだが。


「とか言って、緋くんが羨ましいんじゃねーのぉ?」

「それはお前だろ……」

「べ、別に羨ましくなんてねーし!」


 案の定悠真が取り上げたのは、僕の思考の端にも存在していなかった二組の男女構成についての話題で、あまりに呑気な発言に思わず頭が痛くなる。そもそも姉さん達は親戚で、これは遊びでもなんでもないのだから、そんなことでいちいち一喜一憂するなんて馬鹿らしい。

 故に、冗談のつもりで鎌をかけてみたのだが、予想以上にいい反応が返ってきてしまい、それ以上なにも言えなくなってしまった。


「っていうか、緋くんハーレム状態か……やべーな」

「……気にしなくていいんじゃない? あいつ、そういうの興味ないみたいだし。そもそも親戚だろ」


 僕が察したことを気付いているのかいないのか、至極真剣な様子で考え込んだ悠真は、あろうことか緋と姉さん達の関係にまで踏み込もうとし始める。しかし、流石にそれは邪推が過ぎるというものだ。倫理観もあやふやな子供の頃ならともかく、どこの世界に親戚のお姉さんに本気で恋愛感情を抱いて且つ行動に移す奴がいるのか。

 目の前の男がしかねないという事実が判明したことはひとまず棚に上げ、そう言いそうになるのをぐっと堪えた僕は、きっと今この瞬間だけは世界一優しい男だっただろう。堪え過ぎたあまりに思い切り噛み締めてしまったから、奥歯あたりが割れていないか心配だが。


「あんなにモテんのに謎すぎるぜ……」

「モテ飽きたんじゃないか?」

「んなバカな……」

「急に興味なくなったみたいだし、何かあったんだろうね」


 夕方特有の町中の賑わいと、郊外の一歩間違えれば不気味なほどの静けさへの移り変わりを感じながら、何故今ここにいない弟の恋愛事情などという緩い話題を続けなければいけないのか――と考えはしたものの、先刻までの話題よりは余程健全だ。

 結局こちらからも情報提供を続けてしまったが、これといって緋本人が気にするような話題でもなさそうだから、ここでは大人しく材料になっていてもらおう。


「マジで? 昔からああじゃなかったっけ?」

「お前は覚えてないだろうけど、あれでも小学生の頃は喜んでいたよ。手紙とかも、全部大事に取ってたし」


 緋が女の子から好かれがちなのは昔からだが、恋愛に興味がない素振りを見せるようになったのは四年前、僕らが中学生になったあたりからのことだ。それまでは手紙やプレゼント、バレンタインのチョコに至るまで貰ったものは全て大事にしていた弟が、急にそれらを処分して新しいものも受け取らなくなったのである。

 その変わりように周囲は恋人でもできたのだろうと考えていたようだが、僕の目にはそうは見えなかった。そもそも、あいつと四六時中共にいるのは他の誰でもなく僕なのだ。その僕が知らないのなら、少なくとも恋人などいない筈だ。好意を抱いている相手ぐらいはいるかもしれないが、そこまで気にするほど僕も暇ではない。


「モテんのも大変なんだな……っていうか、碧兄でも原因知らねーの?」

「知らないよ。いくら双子だっていっても、そこまでお互い干渉しないからね」

「付き合ってた人数とかも?」

「知らないな。興味もない」


 この弟分にはそもそもの前提が抜けているようだが、僕ら錫久名の人間には予め決められた許婚がいるのだ。それぞれの相手については、当人同士であろうとも成人するまで詳細を知れない取り決めになっているらしい。

 これだけを聞けば、由緒正しい家の決まり事に見えるため、古風だと受け止めることもあるだろう。しかし、今の錫久名の人間は全員呪いを掛けられている。僕にも、家族にも、隣を歩く弟分にも、首筋に同じ【燃える炎の様な形の痣】が現れているのだ。これが、僕らの呪い。この町から出られないように、大嶺丸が掛けた呪いの証である。

 そんな呪いを掛けられ、人知を超えた力を使い怪異と戦う一族などと婚姻を結ぼうなんて、変わった人間もいたものだ。と僕は考えたものだが、どうやら悠真はその許婚のことなどすっかり頭から抜けているのだろう。まあ、僕も普段は忘れているから、人のことをどうこう言える立場ではないかもしれない。


「碧兄……自分が縁ないからって、そんなに卑屈になんなくても……」

「……殴っていいか?」


 緋が恋愛に対する興味を失ったのは許婚の話を聞いてからしばらく後のことだったが、このあたりの事情が全くの無関係とは思えない。故に、本人に根掘り葉掘り聞こうと考えることがなかったというのが、僕が弟のそういう情報に興味がない理由だ。元から興味のない僕ならともかく、元は興味のあった弟が家の事情で諦めたのであれば、あまりにも気の毒だからだ。

 その事実を分かっていて言っているのか、忘れているのか。忘れたふりをして、無邪気に振る舞いたいのか。どういった思惑からそういった発言が出るのかは分からないが、哀れむような視線で見下ろしてくる隣の男が不愉快で、思わず脚を蹴っていた。

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