第23話

 あの後、印のあった住宅地を改めて見回ってみたところ、最初に見た時には一人たりとも見当たらなかった住民らしき人々が、各家の中で倒れているところを発見した。流石に家の中に勝手に上がり込む訳にはいかないため、それぞれの家の呼び鈴を鳴らしたりして住民を起こして回ったが、気を失っていただけで怪我人や死人などはなく、行方不明者も出ていない。

 どうやら、妖怪達が印を作ってから僕らがそこを見つけるまでに半日程度しか経っていなかったようだった。


 ◆◆◆


 二日後。再び僕らは集まっていたが、今回の集合場所は駅から少し離れた広場になった。


「今回は、組み合わせを変えましょう」


 ベンチに座って待っていた莉花姉さんは、よほど先日の僕と恵梨姉さんの行動を問題視していたらしい。提案をしているだけで高圧的な態度を取っているわけでもないのに、僕には命令のように聞こえる。ただ、それは僕自身に気付かず無茶なことをしてしまった負い目があるからという要素も手伝っているのかもしれない。

 もっとも、座らずに立って待っていた我らがリーダーは僕の何倍も叱られたらしく、二日経った今でもその余韻で意気消沈していたようだが。


「異議はねーけど、どうすんの?」

「恵梨と碧を離すのよ」

「……なんでこんな危険物扱いを受けてるの、あたしたち」

「姉さん、余計なことは言わない方がいいよ……」


 とりあえず、僕と恵梨姉さんはどう足掻いても別動隊にされるらしい。扱いの悪さについて愚痴る姉さんがどう考えているかはともかく、僕自身は誰と組もうが特に文句はない。故に、黙って成り行きを見守るのが正解だろう。

 組み合わせを心配してか、そわそわと落ち着きのない弟と弟分を視界に入れながら、余計な雷を落とされないよう恵梨姉さんを宥めていた。


「緋、恵梨を見張って」

「え、俺? う、うん……分かった」


 真っ先に指名されたのは、緋と恵梨姉さんだ。二人とも意外な組み合わせだと感じたのか、異様な回数瞬きしたり首を傾げてみたりしたものの、それ以上のリアクションを取ることなく大人しく頷いてみせる。先日の僕の提案が通った結果になったのだ。

 ――と、いうことは、自然と僕の相手は二択になるだろう。


「悠真なら、碧を物理的に止められるわね?」

「おう、いけるぜ」

「本当か……?」


 指名された悠真は、自信満々に拳を見せる。

 あまり普段意識しないようにしていたが、こいつはたしか僕より十センチ以上は育っていたんだったか。その拳の大きさが自分のものより一回り大きく見えた気がして、改めて兄貴分としての矜持がひとつ損なわれるのを感じた。


「殴ってでも止めていいわ」

「こいつに殴られたら死ぬんだけど……」

「やだ〜! 顔は狙わないから〜!」

「僕の内臓を破裂させるな」


 己の拳を手の平で受けながら無邪気に笑っているが、僕と悠真の体格差では殴られるのは洒落にならない。普通の人間のものなら概ね受けても怪我すらしない自信があるとはいえ、こいつは僕と同じく実戦を想定して幼少期から鍛えられ、僕と同じ数の実戦を経験してきているのだ。そんな奴の本気の拳など、まともに受けたら本当に死にかねない。

 そもそもこれ以上の命令無視をするつもりはないが、色々と悪い想像をして思わず守るように腹を押さえてしまった僕は、きっとなにも悪くないだろう。


「恵梨は殴っても止まらないから、私が投げるわ」


 が、僕のそんな扱いは、まだましな方だったらしい。全身の力を込めるように恵梨姉さんの腕をホールドしている莉花姉さんは、真顔でそんな事を口にしながら牽制するようにその腕に力を込めた。

 このまま背負い投げでもされかねない現状を危惧してか、恵梨姉さんの顔色がさっと青くなってしまったのも無理はない。一体どれだけ叱られたのだろうかと想像したものの、僕には到底想像できない領域に突入してしまい、それ以上の思考を止めざるを得ない。

 どうにもこの二人の関係は、ただの親戚と呼ぶには深過ぎる気がするのだ。


「あたし何されるの……?」

「と、飛び出さなきゃ大丈夫だよ……」

「……僕より酷い扱いだな」


 怯える姉を励ましていた緋も、少なからず怯えているように見える。

 今回、僕らは怒らせてはいけない人を怒らせた場合の結末の片鱗を覗いてしまったのだろうと己に深く戒め、まだ安全地帯な弟分との見回りに逃げるように向かった。

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