第22話

 印を消し、久々の戦闘が終わったと息をついたのも束の間。僕と恵梨姉さんは莉花姉さんに捕まり、その場に正座させられていた。緋には出会い頭によく分からないまま責められたが、莉花姉さんも何か言いたいことがあるらしい。

 僕らの前に立つ彼女は、普段通りの落ち着いた様子のままでありながらも、背負っている雰囲気だけが怒りを表しているようにどす黒く感じられ、僕は口答えも口出しもしてはいけないと本能的に察した。生存本能というものは、僕にもたしかに備わっているようだ。


「恵梨、先走って戦わないでって注意したじゃない」

「ご、ごめん。駅前に出て行きそうだったから、つい……」

「……それで、あんな奥まで追い込んだのね?」


 莉花姉さんは、僕らが印を発見した住宅地から逃げる妖怪達を追っていたことについて咎めていた。あれらは恵梨姉さんの勢いに怯み早々に逃げ始めたのだが、その行く先が鹿女山駅だったというのが良くなかった。僕らを撒くためか、それともおびき寄せていたのか、わざわざUの字型に迂回し山を経由していたのがまたいやらしい。

 結局こちらも山に入らざるを得なくなり、三人が到着した頃には深追いしていたと思われても仕方ない場所まで入り込んでいたことに気付いたのは、ここに正座させられた直後のことだった。


「まったく、もう……碧は、何か言うことある?」

「……ありません」

「よろしい。次からは、全員集まるまでは安全の確保以外で戦わないこと。被害を抑えるのも大事だけど、原因を断てるのは私達だけだということを忘れないでね……いい?」

「はい……」


 普段穏やかな人からのお説教だからか、そもそも二人きりで苦楽を共にしてきていたからか、恵梨姉さんは莉花姉さんにそれほど強く出れる性分ではないらしい。こういうのを、尻に敷かれているというのだろうかとも考えたが、的確な表現ではない気がした。なにせ、普段は恵梨姉さんが莉花姉さんを振り回している節があるものだから、尚更不思議な関係性の人達だと言わざるを得ないのである。

 などと秘かに考え、弟分の嫌な笑い声を聞きながら大人しくお説教を受けていた。


「あはは。恵梨姉も碧兄も、莉花姉には勝てねえなぁ」

「うーん……碧と恵梨ちゃんって好戦的だから、ふたりきりにしておくの不安だよ」

「……じゃあ、お前が姉さんと組めばいいんじゃないの?」


 悠真もだが、緋にここまで言われるのは気に食わないものだ。

 立ち上がり、スラックスの汚れを叩き落としながらそう言い返してみると、弟は予想していなかったと言わんばかりに顔を強張らせ怯む。それはそれで姉さん達に失礼な反応だと思うのだが、そうだとしても叱られるのは緋だけだ。余計な被害を受けないために、僕はこの場が落ち着くまで黙っておくことにした。


「あたしは全然いいけど、莉花はどう思う?」

「緋は広範囲を狙えるから、悪くはないわ。けど、恵梨についていけるかしら」

「いや……碧にはついていけるけど、恵梨ちゃんにはどうかな……」


 緋は運動より勉強が得意なタイプのため、身体能力の面で今のところ僕に勝るものは単純な力ぐらいしかない(反面、僕が勉強で緋に敵うものは暗記以外はなかったりする)。足も遅く、体幹も弱く、反射神経もやや鈍い。どちらかというとどんくさい方に分類されることは本人も自覚している筈なのに、何を根拠に僕についていけるなどとのたまうのか。

 どうやら落ち着いたふりをしているだけで、未だ緋の怒りは収まっていないらしい。これはしばらく面倒そうだ。


「恵梨姉、すばしっこいもんなぁ」

「ふっふっふ……俊足の恵梨って呼んでくれてもいいよ!」

「俊足か……俺じゃあ、置いてかれそうだなあ……」

「緋、恵梨と碧は追いかけるんじゃなくて、捕まえなさい。羽交い締めでもいいわ」


 叱られたことなど忘れたかのように自慢げに胸を張っていた恵梨姉さんを羽交い締めし、まるで僕のこともこうしろと言わんばかりに緋に見せつけている莉花姉さんの顔は、穏やかな笑みを浮かべている。が、目は笑っていなかった。

 あと、恵梨姉さんは苦しそうにもがいていた。

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