第21話

「……姉さん」


 どうやら、戦闘要員で見回ろうという姉さん達の提案は、僕の考えていた以上に的を射ていたらしい。

 古くから建ち並ぶ家屋の隙間に巧妙に隠されているそれは、間違いなく妖力で作られた印だ。目には見えているにもかかわらず妙に力が弱く、徒歩移動の僕ですら数メートルほど近付かなければ存在に気付くことすら出来なかったのだ。親達のように車やバイクで見回っていたら、この微弱な気配に気付かない可能性が高い。


「うん、分かってる」

「どうする、今消す?」

「……ううん。結構力を持っちゃってるみたいだから、数を減らさなきゃ」


 力が弱く感じたそれは、よくよく調べればしっかり力を内包しており、今まで消してきた印となんら変わりのない強力な妖力を溜め込んでいるというのだ。今までとは異なる、別の力によるカモフラージュのような細工がされているのだろう。

 姉さんが周囲を見渡すと、一体いつからそこに居たのか、まるで僕らの様子を伺うように彼方此方の影から様々な妖怪達が顔を覗かせている。まるで怪談話のような光景に息が詰まり鳥肌が立つが、怯んでいる暇はない。


「わかった、みんなを呼ぶよ」


 僕が緋に電話を掛けるよりも早く、僕らも妖怪達も全て閉じ込めるように結界が張られる。勿論、恵梨姉さんの力だ。幸いこの付近から人の気配は感じないため、この結界さえあれば一般人は近寄っては来ないだろう。

 もっとも、これだけの家屋があって人が一人も見当たらないということは、既に妖怪の被害に遭っている恐れがあるのだが、取り囲まれている以上確認は後回しにせざるを得ない。



「西の古い団地……うん、そう。待ってる」

「……碧ちゃん、いける?」

「いつでも大丈夫」


 向こうも異常を察したのか、呼び出し音すら碌に鳴らずに繋がった緋との通話は、ほんの数十秒で終わった。三人が見回りに行ったのは、僕らより少し南の方角だ。急いで来れば、十から三十分ほどで到着するだろう。

 既に得物を構えて牽制していた姉さんの横に立ち、僕も弓を構える。普段は指輪状にして身に付けているこれらは所謂いわゆる神器の一種らしく、神通力を使える僕らが望めばそれぞれの扱う武器に変わってくれるため、想定していたとはいえ急な戦闘にも対応できるのは有り難い(ちなみに、緋の棒火矢すらもこの神器の変化した姿である)。


「じゃ、少しでも減らしておこう」

「うん」


 僕達はその短い会話を合図に、攻撃を開始した。こんな時でも、先に敵に飛びかかっていくのは姉さんだ。まずは前方から向かってくる妖怪を貫き、そのまま周囲の数体も巻き込んで炎で燃やす。敵が槍の柄に当たろうものなら力任せに叩き落として、衝撃で動けない相手をやはり燃やす。見た目の優雅さで誤魔化されがちだが、実のところ、彼女の戦闘スタイルは僕より凶暴なのだ。

 僕はその激しい槍捌きに巻き込まれない距離を保ちつつ、槍の届かない範囲の妖怪達を相手取っていた。下手に近付けば、姉さんの炎で僕の氷も溶かされかねないのだから当然の処置である。それに、ここは足場となる建物が多いため、足場用の氷を幾度も生成する必要はなかったのも二人の距離を詰める必要性を無くしていた。


 何本もの矢や氷の矢を放ち、その度に血を吐き落ちていく妖怪を眺めながら、それなりに見た目の数を減らせてきたその時だった。


「――ちょっと碧!」


 息を切らした緋が、酷く険しい面持ちで駆け寄ってきたのだ。


「緋! 早かったな、急かしてごめん」

「それはいいけど、ふたりだけで無茶しないでよね!」

「無茶はしてないよ。僕も姉さんも、手前の雑魚しか相手してないし」


 明らかに機嫌を損ねている様子の弟は、口早に僕を咎めながら上空の妖怪達を爆破し始める。その爆発はまるで本人の憤りを表すかのように普段より少し大きかったが、そもそも何故怒っているのかが分からない。なにせ、印を見つけた位置から多少山側へ入ってしまったとはいえ、これまでとやっていることは何も変わらないのだ。ひと月ぶりだったから少し張り切ってしまってはいたかもしれないが、それでも深追いはしていない。


「そういう事じゃないんだけど……もう、後でね!」


 しかし、緋は全く納得していないと言わんばかりに渋い顔を見せ、そのまま後方へ戻って行ってしまう。その先では、入れ替わるように莉花姉さんがこちらに向かって来ていたが、彼女は木々を足場にして先に進んでいた恵梨姉さんを追いかけていたのか、同じように上空を飛んでいて僕に気付く様子はなかった。


「緋くん、心配してたんだぜ。碧兄も、ちょっとは分かってやれよ?」

「あ、ああ……?」


 どこから見ていたのやら。飛びかかる妖怪を斬り捨てながら現れた悠真にそんなことを言われ笑われたが、心配していたのはこっちの方だ。

 理解も納得もできない弟の態度に怒りこそ湧かなかったものの、代わりに湧いた疑問に首を傾げながら、とりあえず目下の問題の方に意識を向けることにしたのだった。

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