第2章 狐の嫁入り
第19話
日差しの強まりと共に気温が上がり始め、次第に夏の様相を見せ始めた頃、町はまた妖怪の脅威に晒されていた。
「は~……最悪」
「おはよう。遅かったな、どうしたんだ?」
始業のチャイムが鳴る直前に教室に転がり込んできた友人の
普段のこの男は僕よりも早く登校しているというのに、こんな遅刻寸前の時間に入ってくるなんて珍しいこともあったものだ。そう思いながら
「D組のほら……あれ、
「ああ、おれも昨日の帰りにやられたわ。アイツ最近機嫌わりーよな」
「あの調子だと停学くらうんじゃね、あいつ」
余程疲弊したのか、僕の隣の席に腰を下ろすと、そのまま高岡は机に突っ伏してしまう。それには僕だけではなく、僕ら共通の友人である
明日は槍でも降るんじゃないかとからかいながらも、ふと似たような話を思い出し、ついでに弟の顔まで浮かぶ。
「そういえば、A組の
「多い多い! 三年にも喧嘩した奴いて、騒ぎになってたよ」
「最近なんなんだよ……朝から疲れたー」
以前停学処分を受けた緋のクラスメイトの広戸は、元々喧嘩っ早い男ではあったものの、事件直前辺りから更に気性が荒くなったと聞いている。僕の記憶では、広戸も今回の東司もガラが悪いというほどではなく少し短気なだけに見えたが、何故揃いも揃って似たような問題を起こしているのか。しかも、他の学年でも同じような問題が頻発しているらしいと聞けば、異常を感じざるをえない。
愚痴を漏らす友人達を眺めながら、僕は気が重くなるのを感じていた。
◆◆◆
「喧嘩ね……」
「うん、そっちはそういうのある?」
あの後それとなく恵梨姉さんへ相談したところ、放課後に五人全員が招集されることになってしまった。場所は、悠真の大食いを忌避するために、フードメニューの少ないカフェである。
「あたしらの方は、口喧嘩してる子なら増えたよね」
「ええ。流石に女子校だから、殴り合いの喧嘩をする子は稀だもの」
キャットファイトはあるけれど、と呟いた莉花姉さんの言葉は敢えて聞かなかったことにした。
姉さん達の通う女子校は、偏差値が上の中ほどのエリート校である。そんな学校で殴り合いの喧嘩などある筈がないのは分かってはいたものの、やはり嫌な予感は的中していたらしい。
一方、悠真や僕らの通う高校は別の学校とはいえどちらも共学だ。此方も、それほど低い偏差値の学校ではないため、すれ違い様に喧嘩をふっかけるなど、余程のことがなければ起こり得ない。
「そういやオレんトコでも、乱闘騒ぎ起こしてる奴いたなぁ。いつものことだけど」
「お前の学校はどうなってるんだ……」
「お、オレは混ざったことねーぜ?」
――と思っていたのだが、悠真の通う高校はそうでもないらしい。乱闘が日常茶飯事とは、どういうことなのか。しんと静まりかえったその場の空気に驚いたのか、別に誰も疑っていないというのに、悠真は妙に慌てて己の無実を主張し始めた。
「あはは……喧嘩も気になるけど、自殺のニュースも気になるよね。なんか妙に目につくっていうか」
「そうね。最近あまりに多いからか、特集を組んでいる番組も見かけたわ。聞いた話だと、急に悲観的になってしまうらしいわね」
この町やこの国に大きな事件や災害に見舞われているわけでもなく、特に社会不安が広がっているわけでもない。だというのに、町を包むこの淀んだ空気はなんなのだろうか。
何も知らなければ、そんな疑問すら浮かばなかったかもしれないが、僕達には心当たりがひとつだけあった。それでも確信を持てなかったのには、理由がある。
「……やっぱり、妖怪かな」
「僕もそうじゃないかと思ってたんだ。でも、新しい印は見つかってないんだよね?」
「うん。探せる範囲も限られてるし、見える人も少ないから」
実は、これほどの被害がありながら、ここひと月程度の間は印が発見されていなかったのだ。
郊外の木や廃屋の壁に出ていたそれらは妖力で描かれているため、錫久名の人間にしか見えない。平日の日中などは学生の僕らでは自由に身動きが取れないからと、親や祖父達が毎日巡回して確認してくれているとはいえ、どの家も片親しかいないこの家系では人数も限られ探索範囲も限定されるのだ。こちらを警戒して印の位置の変更や妖力の加減を抑えられていたとしたら、以前のように容易には発見できなくなっていても不思議ではない。
「あ! じゃあさ、前言ってたみたいにオレらで探すのはどうよ?」
もし別の要素でカモフラージュでもされていた場合や、戦えない親族達では探しに行けないような場所に作られていた場合、神通力が強く戦うことができる僕らでしか見つけられないかもしれない。そう思い至ると、悠真の提案も一理ある。放課後や休日しか動けないからあまり時間を取れるわけではないが、僕らなら見つけ次第消すこともできるのだし、下手に身内を危険に晒すよりはいいだろう。
最も新米の緋も多少は戦いを経験し、本人も皆もどんな立ち回りができるかは分かってきたところだ。以前恵梨姉さんも言っていたが、一時的な戦力の分散なら耐えられるだろう。僕もきっと問題ない。
「……うん、それがいいね。やってみようか」
「なら、明日の放課後にしましょ。お父さん達も探しているから、話を通しておかないと無駄足になっちゃうもの」
初の試みに気が高ぶり、今にも飛び出しそうな面々を制したのは、やはり莉花姉さんだった。
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