第20話
翌日の放課後。早速見回りをすることにした僕らは、一旦鹿女山町の駅前に集合することになった。
いつものように男三人でぞろぞろと歩くこともなく、各々集合場所に向かうことになったものの、同じ学校に通っているのにわざわざ別行動する必要はない僕と緋は、特に示し合わせてはいなかったにもかかわらず結局二人で駅へ向かっていた。
道中、他愛のない話に花を咲かせていたが、目的地が近付くにつれ、そこに異様な光景が広がっていることに気が付く。
「……どうしたの、その子?」
先に集合場所に到着していた三人が、駅前に設置されているベンチに座り込んだ子供に視線を合わせ、必死に意思疎通を試みているように見えたのだ。
肩ほどまでの長さの黒髪を持つその子供に、見覚えはなかった。
「迷子だよ。交番に連れて行こうと思ったんだけど、ここから離れてくれなくて……」
「嫌がる子を無理に連れ歩いたら、こっちが不審者扱いされちゃうから、困っていたの」
「そうなんだ」
あまり大人数で取り囲むのも怖がらせてしまいそうで少し距離を取っていたが、その子供が僕と緋の方を物言いたげに見上げていたことに気付いたため、ひとまず僕が意思疎通を図ることにした。
性別の見分けもできないほど幼く、幼稚園児か小学生低学年程度に見えるその子は、その場にしゃがみ込み視線を合わせようとした僕の動きを目で追ってくる。その瞳の中心、黒目のほんの一点が妙に輝いているように見えたのは、僕の気のせいだろうか。
「君、お家はどこ? お父さんやお母さんは?」
「…………た」
「え……?」
何かを言ったようだが、その声はあまりに小さく周囲の喧騒に飲まれてしまう。悪いと思いつつ聞き返した僕にぐっと近付き覗き込んできたその顔には、子供らしい無邪気な満面の笑みが広がっていた。
だが、何故だろう。その目は笑っているようには見えなくて、薄く開かれた目の中央は、金に輝き僕を見つめている。そのまま、しゃがむ為に自分の膝に乗せていた手を取られ、まるで祈るように両手で握られた瞬間、感じたのは背筋にぞくりとくる寒気だった。
「今、なんて――」
「帰る!」
「あ、ちょっと……!」
「バイバイ!」
つい身震いした僕をどう思ったのか。ベンチから飛び降りたその子は、大きく両手を振ると微笑みながら人混みの中へ駆けて行ってしまい、その背はあっという間に人の波にのまれて消える。その様子を呆然と見ていた僕の方はというと、異様な寒気に苛まれたまましばらく硬直していた。
「……急にどうしたんだ、あれ?」
「さあ……親御さんでも見つけたんじゃない。行っちゃったものは仕方ないし、俺たちはやる事やらなきゃ」
「なんで怒ってんの……?」
同じように子供を見送っていた皆は呆気に取られたように気の抜けた声を上げていたが、緋だけは不機嫌そうに眉をひそめ子供の走っていった方向にふいっと背を向ける。顔どころか声まで普段より低かったが、ここまで露骨に機嫌の悪さを見せられたことのない悠真などは怯んでいるのか、からかうことも出来なかったようだ。
助けを求めるように僕の顔を見てきたものの、こっちはこっちでそれどころではなかった為、気の利いた言葉を掛けてやることはできなかった。
◆◆◆
今回は様子見として、僕と恵梨姉さん、緋と莉花姉さんと悠真の二手に分かれ、駅から西側を見回ってみることになった。悠真はともかく、莉花姉さんなら緋が何かやらかしたとしても、ある程度は御せるだろうから安心できる(悠真も物理的には問題ないだろう)。
一方僕らは二人きりだが、互いに機動力には自信があるし、感性も似ている。基本は温厚な弟と比較しても、彼女の方が僕の考えに近いことも少なくはないのだ。あまり気を張らなくて良い相手という点で、組むと非常に動きやすい存在だと認識している。
故に僕も、この組み合わせに不満はなかった。
「……碧ちゃん、さっきから考え事してるみたいだけど、大丈夫?」
郊外へ向かう最中の口数が少なかったことが原因なのか、少々呆けていた僕に姉さんはそう声を掛けてくる。駅での出来事がどうにも頭の隅に引っ掛かってしまい、なかなか他に集中することができなかったのだ。
「あ……ごめん、大丈夫だよ」
「んーと……さっきの子のこと、とか?」
「うん、まあ……妙な子ではあったよね」
「たしかに、ちょっと変わった子だったよね。碧ちゃんのこと、スッゴイ見てたし」
やはり彼女も、駅で会った子供の挙動には違和感を抱いていたようだ。
あの子供の異様な雰囲気はなんだったのだろうか。思い返してみれば、あの瞳の輝きや距離の詰め方には気味の悪さすら感じるほどだったが、かといって邪悪なものというわけでもなさそうだった。なにせ、妖怪ならば例外なく感じる筈の妖気は全く感じられず、触れられた僕でさえ間違いなく人間の子供だと言い切れるのだから。
「知り合いにでも似てたのかな……同じ顔なら、緋だけで十分なのに」
「あははは、たしかにね。これ以上増えられたら、誰が誰だか分かんなくなっちゃうかも」
「それは酷いな……」
実のところ、僕ら兄弟のことを一度たりとも見間違えたことなどないこの人がそんな冗談を言っても現実味がないのだが、場を和ませようとしてくれているのは痛いほど感じるため、野暮な突っ込みは入れられそうにない。
しばらく尾を引きそうな出来事ではあったものの、出来る限り思い返さないよう努めて、その場はなんとか笑っておいた。
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