第18話
先日の戦いで傷だらけになった制服を縫い直し終えた僕は、ふと思い立ち外出の準備をしていた。まだ昼過ぎだから、少しぐらいは時間が取れるだろう。
「あれ、どこ行くの? 買い物?」
「図書館だよ。
軽い荷物を持ち玄関に向かうと、ちょうど外から帰ってきた弟に捕まった。食後の運動と称して術の訓練をしていたものの、急な呼び出しがあっても支障をきたさないよう、早めに切り上げてきたのだという。
なら、休みの日ぐらい休憩していればいいのに。と、言いたいところだが、まだまだ力を使いこなせているとは言い切れない現状に焦っているのだろう。それに、上手く消費を抑制できているなら、むしろ良い練習になるかもしれない。そう思い直し、余計な口出しはしないことにしていた。
「大嶺丸?」
「うん。最近調べる暇もなかったから、少し気になって」
「そっか。妖怪たちを操っているのは、その鬼だって話だったね」
僕が大嶺丸の名を出した理由に緋は一度首を傾げていたが、すぐに合点がいったようだ。
弟の言う通り、錫久名家に呪いをかけた挙句、今の鹿女山町に妖怪をけしかけているのは、千年前に討伐された筈の大嶺丸である。
しかし、母さん達が実際にその目で見ているのだ。人間より二回りも三回りも大きな鬼が、間違いなく錫鹿山の山頂を住処にしていることを。妖怪を操り、人里へ放っているところを。
「大まかな話は教わったけど、流石に情報不足だし。色々、気になることもあるから」
「たしかに目の前の妖怪の相手で手一杯で、そこまで考えられなかったもんね……俺も行くよ」
錫久名家が神通力を使えるのは、その成り立ちに起因しているのかもしれない――などと考えはしたものの、祖先が妖怪退治をしていたからと言って人知を超えた力を使えるようになるとは考え難い。なにせ、他の分家や祖父達以前の先祖に神通力が扱えたという話は聞かないからだ。
そういった疑問も含め、現代までに伝わっている大嶺丸の伝説について調べたくなったのが、今回思い立った理由である。
町の図書館は駅に近く、ここからでは片道二十分ほどは掛かるが、弟と駄弁りながら歩くにはちょうどいい距離感だ。道中、先日の失踪事件から生還した被害者達の様子について夢中で話し合ったりしたものだから、その体感時間は更に短く感じた。
ちなみに、あの事件から生還したのは三十余名ほどであり、その他は遺体の状態で山中や森林から見つかったのだという。遺体の多くは生気を吸われ、干からびたミイラのようになっていたらしいが、幸運にも僕らが目にすることはなかった。
図書館に辿り着くと、まず歴史や民族史の棚を揃って漁り始めた。服装こそ違うとはいえ、同じ容姿の人間が二人並んで本を漁る様子は良くも悪くも目立つようだが、そもそも騒いでいい場所ではないからか、すぐに周囲の興味は逸れたらしい。
「ねぇ、これどうかな?」
「……へぇ、多村麻呂と
「あくまで作り話ってことにはなってるみたいだけど、参考にはできそうだよね」
科学が発達し、妖怪など存在しないものとして扱われる現代だ。初めから、そう信憑性のある本が出てくるとは期待していなかったものの、緋の見せてきた一冊の古い本は大嶺丸について調べたものらしく、討伐した二人についてもそれなりにページを割いているようだ。あくまで伝説、伝承としてだが。
「だね。あとは、近年の地方史も調べてみるか……」
「近年の? 母さんたちの戦いでも調べるの?」
「そんなところ。本人達は忘れていても、こっちなら何か分かるかもしれないし」
「なるほどね。じゃあ、そっちは碧に任せようかな」
他にも数冊手にしてから「席を取っておく」と口にしていそいそとテーブルへ移動する弟を見送り、視界の端にあった本を手に取る。
この地域の地方史、郷土史の類についてはこんなことでもないと興味すら湧かなかっただろうが、そもそも本という形ではそれほどの数があるわけでもなさそうだ。いくら昔に栄えたとはいえ、今の鹿女山町は都会に分類出来るほどの近代化は進んでいないため、わざわざ本にするという労力は憚られたのだろうか。おそらく、学者によってレポートにまとめられている程度なのだろう。こうなると、本よりもインターネットで調べた方が早そうだ。
想定よりも厚みのない本を何気なく捲りながらそんな事を考えていたが、町の人口推移の棒グラフを纏めたページに辿り着いたその時、小さいながらも思わず声を上げてしまった。
「……あれ」
おかしい、おかしいのだ。母さんの言ったことが真実なら、この人口推移の変動には違和感しかない。何故なら、あの人達が戦っていた筈の三~四十年程前の人口は、減るどころか――
「増えている……」
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