第17話

 錫久名すずくな家の成り立ちを辿るには、十世紀ほど前まで遡る必要がある。


 時は平安。まだ都が京都にあった時代、現在の鹿女山かめやま町にそびえる錫鹿すずか山には、大嶺丸おおたけまるという悪鬼が住み着き悪さをしていた。麓の町に病を蔓延させたり、天変地異を起こしたり、妖怪をけしかけたり――と、それはやりたい放題だったというが、山を支配するほどの強大な力を持つその鬼への対抗手段を人間側は持ち合わせておらず、長らくされるがままの状況が続いていた。


 だが、大嶺丸が暴れ始めてから数年が経った頃、都から一人の男がこの鹿女山町へ派遣されてきたのだ。その人物は多村麻呂たむらまろ

 当時の征夷大将軍であり、武力では右に並ぶ者がいないとまで称された、所謂武の天才だ。加えて、容姿端麗であり、人柄も良く、その出立のあまりの神々しさに神々の生まれ変わりとまで称されたほどのその人は、人間相手だけでなく妖怪退治でも名を馳せていたらしい。圧倒的な力を持つ大嶺丸に対するならば、彼以外にはいなかったのだろう。


 時を同じくして、錫鹿山の麓に一人で居を構えていた人物がいた。その人物は、錫鹿御前すずかごぜん。絶世の美女とされ、時に天女の様だとまで称されたその女性は、同時に剣術の達人でもあった。

 彼女は大嶺丸から求婚されていたらしく、気を引きたい大嶺丸は錫鹿御前の元へ自ら足を運んでいたのである。その多くの場合、大嶺丸は若い人間の男の姿に化けて、時には夜這いまで仕掛けたというが、その全てを錫鹿は己の実力のみで退けていた。しかし、いつも決定打には至らず、あと一歩のところで逃していた。錫鹿御前が錫鹿山から離れなかったのは、大嶺丸を仕留めるためだったと言われている。


 そんな二人が手を組み、共に大嶺丸の討伐に乗り出すのは時間の問題だったのだろう。それぞれが大嶺丸の無力化、武力による制圧を確実に成し遂げ、神剣によって悪鬼の首を斬り落とし、遂には町を救ったのだ。

 更にめでたいことに、協力関係にあった多村麻呂と錫鹿御前は互いに惹かれ合い結ばれ、鹿女山町に腰を落ち着けたことで、この地は外敵から守られ栄えた。

 ――というのが、町に伝わる伝説である。


 では、錫久名家とは何なのか。

 ここまで話せば分かるだろう。錫久名家は、多村麻呂と錫鹿御前の子から始まった家系なのだ。二人の子は女子一人だったと伝わっているが、婿を取りその血を決して絶やさなかったらしい。それは今も変わらず、本家の長子が男だろうと女だろうと同じように続けてきたと聞いている。

 そうして、この家は千年近く続いてきたのだ。

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