第15話

「で、結局どうすんの?」


 大天狗を目指し術で足場を作りながら上空を跳んでいた悠真は、念のため少し後ろをついていた僕へ短いながらも切実な疑問を投げかける。説明は必要とはいえ、あまり具体的に説明してはどこで聞き耳を立てているかも分からない妖怪達に策を知られてしまう恐れもある。せっかく弟が思いついた作戦なのだし、無駄にならないようにするにはどの程度口にしていいものか。

 少しの間悩んだ僕は、結局、本当に大まかな説明で済ませることにしたのだった。


「僕が氷で囲んで、緋の力でどうにかする」

「いや、全然分かんねーよ……」

「僕を奴の近くまで行かせてくれれば、なんとかするよ」


 迫り来る妖怪達を切り捨て、撃ち落としながらそう言葉を交わしていたものの、やはりこれ以上説明するわけにはいかない。それを察したのかは分からないが、結局悠真もこれ以上の追及を諦めてまたひとつ足場を踏みしめていく。


 その時だった。急に僕の身体が浮き、足場よりはるかに高くまで急上昇してしまう。驚いて見上げた先では、一体の天狗がその長い鼻が当たりそうなほどの至近距離で僕を見つめていた。どうやら、こいつに両腕を取られ、掴み上げられてしまったらしい。両腕の自由を奪われてしまっては、弓は使えない。


「碧兄!?」

「来るな!」


 異常に気付き慌てて戻ってこようとする悠真を声で制した直後、周囲を風の壁で囲まれてしまった。このまま誰の邪魔も受けずに、じっくり僕を殺すつもりだろうか。風の音に混じり背後から不快な笑い声のようなものが聞こえたが、この程度で勝ったつもりになられてはこちらとしても面白くはない。風で切りつけられているのか、あっという間に体のあちこちに小さな切り傷が付けられていく様子に苛立ちを覚えながら、体に力を込める。

 腕が使えないなら、弓が使えないなら、それ以外の攻撃手段を取ればいいだけだ。


 勝ち誇ったそいつが油断した隙に思い切り身体を反転させ、顔面を思い切り蹴り付けてやる。勿論、触れた先に神通力を込め、その頭を氷の鋭い切っ先で顔面などなくなるほど貫いて。

 ――瞬間、声にならない短い悲鳴を上げ、天狗は息絶えた。我ながら惨い殺し方をしたとは思うが、良心の呵責に苛まれてばかりいては生き残れないのだから仕方ない。身をひねり、足の裏から伝わる死の感触をぐっと堪えながら、努めて冷静に体勢を立て直す。


「おいおい……無茶すんなぁ」

「仕方ないだろ。いいから、先を急ごう」

「緋くんに怒られても知らねーぞ……」


 解放された僕が落ちる先を予測していたのか、地上に落下することなく土の足場に着地することが出来た。こういうところに気が回るあたり、悠真は流石だ。


 気を取り直して軽口を叩きながら大天狗を目指すと、迫りくる僕らの姿に気付いたそいつは、手にしていた団扇を軽く振り強風を巻き起こす。その風の強さと言ったら、巻き上げられた砂埃で視界を遮られるほどだった。その上、中に面倒なものまで入り込んできてしまっていたらしい。

 先刻僕が負った傷とは比べ物にならないほど深い切り傷が、少しの痛みもなく四肢や顔にできていくのだ。


「……鎌鼬かまいたちか!? 悠真、無理に突っ込むな!」

「へーきへーき、全然痛くねーし!」

「だから駄目なんだろうが……!」


 “かまいたち”という現象は自然界でも多く見られるが、その原理の解明は未だ出来てはいない。という話は、以前緋から聞かされたことがある。だが、この町で起こるかまいたちに限っては、妖怪の仕業で間違いないだろう。なにせ、斬りつけてくる鼬の姿が僕の目にもしっかり映っているからだ。

 幸い腕や脚が斬り落とされる程の威力ではないとはいえ、運悪く筋肉まで達すると厄介だ。それを危惧して注意を促したものの、悠真にはいまいち真意が届かず鎌鼬を斬り捨て始めてしまった。これは、深い傷にならないことを祈るしかなさそうだ。


 そんな中ふと空を見上げると、月明かりに照らされて風の壁の終わりが見えた。風の規模にも限度があるのか、こんな力を持っていても一応現代では弱体化している弊害なのか。舞い上がる砂埃のおかげでその境目を見つけられたことは、僕らにとってはこの上ない幸運で、敵にとっては最大の不運かもしれない。

 敵に感づかれないよう目配せでその存在を悠真に知らせ、僕はひとり次の行動に移る。今の位置から大天狗のいた方向へ向けて多数の氷の矢を放ちながら、風の壁の境目まで一気に跳躍したのだ。そして目標を視認した直後、その四方八方を氷の柱で囲み、更に上下も格子状に囲む。だが、これだけでは駄目だ。すぐに敵の風でじわじわと破壊され、氷の牢屋には綻びが生じてしまっている。


「碧! そのまま続けて!」


 その時、綻び始めた牢屋を水が囲み、風の勢いに乗って激しく流れ出した。地上からこちらを見上げている緋の神通力で発現した水は、僕が氷の柱に力を送り続ける間も流れ続け、次第にその流れは勢いを増す。いや、違う。流れる水量が次第に減り、風に流されやすくなっているのだ。

 そして、最後には水は全て凍り、氷の牢屋は氷の壁へと姿を変えていた。


 機敏な相手を初めから氷の壁で囲むことは難しいが、氷の柱で囲むだけなら神通力の消耗も抑えられ、且ついくらでも修復可能だ。しかしそれだけでは敵を拘束するには強度が足りないため、敵の風の力を利用して水の流れを作り、段階的に氷の壁を作ったのだ。

 とはいえ、完全に氷で拘束した相手を攻撃するのは容易ではない。敵が身動きを取れないほどのものなら、こちらの攻撃も簡単には通らないからだ。そこで、もうひとつ必要な要素が出てくる。


「今だ、姉さん!」


 完全に凍りきったことを確認した僕が声を上げると、恵梨姉さんがどこからともなく飛び出し、氷の檻の上空で真下に向かって垂直に槍を構える。そのまま槍に炎を纏わせ、姉さんは勢いに乗って急降下した。


「いっけえええ!!」


 それは、まるで空に打ち上げられている最中の花火のようにも、大気圏に突入して燃え尽きようとしている火球のようにも見える。どちらにしても美しく、そして脅威だ。

 人とは思えない速さで大天狗を脳天から一気に貫いた彼女は、地面と衝突する直前に優しい風に受け止められる。その傍らには、ほっと胸を撫で下ろしている莉花姉さんの姿も見えた。

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