第14話
強風の吹き荒れる中、僕達はただ唖然と空を見上げていた。
「うわ……でっけー天狗……」
強大な妖気を感じ、慌ててファストフード店から外へ飛び出した僕らの視界の先にいたのは、遠目からでも分かるほど大きな天狗。人間の倍ほどの大きさで鳥のような黒々とした翼を広げ、ただ闇雲に飛び回っているようにも見えるそれは、よく見れば品定めをするかのように地上を見下ろしている。
その異様な雰囲気に思わず息を呑むと同時に、疑問に対するひとつの答えを得た気がした。
「天狗には、神隠しの伝説があったな……もしかすると、失踪事件の犯人って――」
「あいつってことだよね。ここからでも、桁違いの妖力を感じるもの」
昨今、多発している住民の失踪事件。被害者の行方は未だ掴めていないが、天狗の神隠し伝説が手掛かりになるのであれば、この妖怪がなんらかの鍵を握っているかもしれない。もしかすると、奴が直に連れ去っていたのかもしれない。
そう思うと、早く仕留めなければいけないという気持ちに苛まれ、思わず焦ってしまう。生きているかも分からない被害者達を、可能な限り救い出したい――そんな気持ちが、先走ってしまうからだ。
僕ら以外には見えていないらしく、天狗によって引き起こされた強風に顔をしかめる通行人の波に逆らい辿り着いたのは、一棟の廃屋がやけに目立つ町外れの森の入り口。ここから先に進むと山に入ってしまうため、普段は立ち入りが制限されている土地だ。それに加えて、夕方から夜明けにかけては独特の不気味な雰囲気に包まれており、こんな時でなければ近付きたくない場所でもある。
そんな山の入り口付近には、僕の想像通り妖怪達が集まり始めていた。内訳は、やたら高い所を飛んでいる大きな天狗と、それよりふた回り程度小柄な天狗達、そして
「…………駄目。私の力は使えないわ……」
それを察した莉花姉さんは真っ先に首を振り、こちらに気付いて飛びかかってきた妖怪数体を薙ぎ払う。本人は勉強が得意な方ではないとよく零しているが、こうして真っ先に状況を判断できるところを見ていると、ただの謙遜のような気がしてならない。
「なんで?」
「あいつも風を操るから、だね。うっかりぶつかったら荒れるだろうし、最悪竜巻になるかも」
「そうなると、あたしのもダメか……! 火災旋風もどきになるかも」
莉花姉さんの扱う風の強さは、その気になれば今生意気に上空を飛んでいる巨大な天狗の起こす風にも匹敵する程だが、それを馬鹿正直にぶつけるわけにはいかない。緋の指摘する通り、強い風同士の衝突は竜巻を発生させてしまう恐れがあるからだ。当然、恵梨姉さんの扱う炎が加わってしまえばそれ以上の被害を招きかねない。神通力という特殊な力由来のもののため建物や植物に燃え移る事はないが、僕ら人間には流石に影響がある。あと、炎は光るため単純に目立つ。
そこまで説明すれば、首を傾げていた悠真も理解できたらしく、口元をひくつかせながら「やべーな」と呟いた。
とはいえ、このまま地上で手をこまねいているわけにもいかない。あの大天狗と対等にやり合うためには、僕ら全員が安定して上空で戦える環境を作るか、天狗を地上に引きずり下ろすか、天狗の動きを完全に止めてやる必要があるのだから。
「強風に巻かれるとなると、砂土も厳しいか……」
「……俺と碧の力を併せれば、どうにかならないかな」
「氷と水を? 氷はともかく、水は他と同じにならねーか?」
その時、具体的な手段を挙げずにそう呟いた緋に対し、悠真も姉さん達も訝しげに視線を向けたが、僕には弟が何を言いたいのかが分かった。そして、その方法が現状最も手間のかからないものだという事も。
「……なるほどね。わかった、やってみよう。緋は、下で構えてて」
「俺が行くよ!」
「精度はそっちの方が高くなきゃいけない。だから、緋はちゃんと敵を見ていて」
「……そういうことなら」
双子とはいえ、僕と緋の扱う術には多少の違いがある。緋はその優しさを表すかのように、水を操る術を得意としていた。そして、これまでの錫久名の人間では誰一人として扱えなかった、傷を治癒する術も独自に編み出していたのだ。だからこそ、僕は弟を戦いの場に出したくなかった。戦える人間が限られている以上、その人間を治癒できる緋には危険な場所にいてほしくなかったのだ。そんな僕の願いが叶わなかったのは、既に知っての通りだが。
「じゃあ、ふたりが力を使えるようにしなきゃね! 莉花は緋ちゃんをお願い。碧ちゃんは……」
「なんかよくわかんねーけど、オレが守るぜ」
僕が危険地帯に向かうと主張したことに対し、不満げに眉を寄せながらも大人しく引いた緋は、莉花姉さんに促されその場から距離を取る。そんな中、具体的な方法について一言も説明されていなかった為、悠真は納得いっていない様子ではあったが、やるべきことは理解したらしく首を傾げたまま刀を軽く振り上げる。その拍子に、背後から飛びかかってきた一体の鼬が斬れていたことには突っ込まないでおこう。
「恵梨姉さんは、確実に仕留められるよう構えてて」
「まっかせなさい!」
一方、方法を知らないのは恵梨姉さんも同じだというのに、ある程度は理解したと言わんばかりにいつも通りの頼もしい笑みを浮かべた彼女は、僕の作り出した氷の足場に飛び乗り木々を軽く踏み越えていった。
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