第13話

 数日後の放課後、悠真へ奢るという愚かな約束を成し遂げるべくファストフード店へ訪れた緋と僕と悠真の三人は、入店して早々、見知った顔に捕まった。


「やっほー! みんなでおやつでも食べに来たの?」


 殊更仲が良いからか、妖怪のことがなくても頻繁に二人で行動しているその人達は、もちろん恵梨姉さんと莉花姉さんだ。二人は店の出入り口付近の席で、今季の新作デザートを食べ始めようとしたところだったらしい。

 ただ、恵梨姉さんの前には初夏らしいフルーツゼリーなどの清涼感のあるデザートが一通り並んでいる一方、莉花姉さんの前にはコーヒーカップしか置かれていない状況を見るに、食べているのは恵梨姉さんだけなのだろう。そもそも、莉花姉さんは食が細く、甘いものも苦手なはずだ。


「ふたりがこんな所に来るなんて、珍しいね」

「ちょっと勉強にね。恵梨がこれを食べ終えたら、だけど」


 二人の席を覗き込み心底不思議そうに首を傾げた緋の言葉に、思わず僕も頷く。二人は通う学校が同じで、家も同じ敷地内にあるため、勉強をするならわざわざ寄り道をせずにどちらかの家に行く方が遥かに楽なのだ。とはいえ、寄り道をしなければこのデザートは食べられないのだから、当然と言えば当然か。それに、姉さん達だってたまには自宅以外の場所で気分転換もしたくなるだろう。

 そんな二人に誘われるがまま同じ席に着くことにした僕らは、諸々の注文を終えすぐに腰を落ち着けた。


 戦いの場以外でこうして五人が集まるのは、本当に久しぶりだ。最後に集まったのは僕が高校に入学する前、少なくとも二年以上は前のことである。その頃は姉さん達も妖怪退治を始めて間もなく、戦いの感想、妖怪の脅威などについて、まだまだ他人事の感覚で色々聞かせてもらった記憶がある。

 それが今や、僕どころか悠真や緋でさえ妖怪退治の当事者だ。実感がないわけではないが、こうして明るい時間を今まで通り過ごしていると、時折夜のあの時間は夢なのではないかと考えてしまうことがあるぐらい現実味がない戦いであり、それを冷静に真剣に語ってくれた姉さん達には、今思うと感謝しかない。仮に今の僕が同じ様な立場であの戦いを語れと言われたら、浮ついた気持ちで多少脚色して話しかねないからだ。


 そんな少し前のことを懐かしんでいた僕の周囲では、先日の戦いと親達の不審な反応についての話が始まっていた。どんなに目を逸らしたくなる問題でも、実際に戦って感じた以上は、どうにも目を逸らせないものである。


「あらら、美優おばさんもだったんだ。うちも、お母さんがはっきり言ってくれなくてね~」

「こっちもよ。お父さんったら、珍しく歯切れが悪くて……ちょっと心配だわ」


 僕らの母・美優は穏やかだがマイペースな人のため、やましいことがなかったとしても煮え切らない態度を取ることはそれほど珍しい事ではない。しかし、姉達の親は違う。次期当主の麗花伯母さんと、天臣伯父さんはどちらかというと生真面目なタイプに分類される人達だ。

 そんな二人が疑問に答えられなかったということは、妖怪の増加について何らかの心当たりがありながらも、それを隠しているのではないか――という、疑念に繋がるのである。


「悠真くんのトコは?」

「親父もダメ。ま、ちょっとぐらい忘れてても仕方ねーんじゃねーの? 親父たちが中学か高校ぐらいの頃の話だろ、それ」


 だが、親達の年齢を考えると早期に決めつけてしまうのも良くない。なにせ悠真の言う通り、母さん達が戦っていたのは彼らが高校生ぐらいの頃、今の僕らと同じぐらいの年齢の頃の話だ。どんなに少なく見積もっても三十年以上は前の話になるだろうから、ただ思い出せないだけという母さんの主張も筋は通っているし違和感もない。

 何の情報もなく裏付けもできない現時点で、母さんや伯母さん達を無暗に疑うのは避けるべきだろう。


「そうだな……母さんも記憶が曖昧だって言っていたし、大人しく待っていた方がいいかも」

「でも、数が増えたのは間違いないからね……」


 パフェに乗っていたチェリーをスプーンで掬い口に運ぼうとしていた恵梨姉さんは、それを口に入れる寸前で手を止め、悩まし気に眉を顰める。

 進展がない以上、親達の話については保留せざるを得ないが、妖怪の数が増えていることは紛れもない事実であり、戦う僕らにとっては死活問題でもある。この問題に関しては、後回しにすればするほど僕らだけでなく他の人間にも害が及ぶことが目に見えているのだから、無視するわけにはいかなかった。


「印の数も妙に増えたし、今後はあたしたちも手分けして探さないと追いつかないかもなぁ」

「探すのは悪くないけれど、下手に戦力を分散するのは危険じゃない?」

「緋ちゃんが慣れたら、二手に分けるぐらいは出来ないかな? ある程度、探索場所は絞ってさ」


 ため息交じりの恵梨姉さんの提案に真っ先に異を唱えたのは、莉花姉さんだ。たしかに、単純な頭数だけならここふた月で倍以上には増えているが、僕を含めた男三人はまだまだ独り立ち出来ているとは言い難く、緋に至っては先日初陣を果たしたばかりの新米だ。まだまだ戦力の分散を試みるには早すぎるし、危険すぎる。

 それは恵梨姉さんも承知していたらしく、今すぐに実行に移すつもりはないと笑いながら両手を上げる。


「向こうも、ただ待ってるだけじゃねーもんなぁ。やるなら、バラけてる時は深入りしないとか?」

「分け方も重要だよね。バランスを考えると、俺と碧は別々にした方がいいし」


 現状、前衛として戦える人員は姉さん二人と悠真。僕と緋は得物が遠距離向きのもののため、どうしても敵との距離を保たなければいけない(接近された場合の攻撃手段を全く持っていないわけではないが)。となれば、当然僕ら兄弟が二人一緒に動くわけにはいかなかった。

 この弟を目の届かない所に行かせるのは非常に不安ではあるが、実際に二手に分かれるようなことがあれば、そこは耐えなければいけないだろう。我儘なんて言える立場ではない。


「そうだねぇ……その辺も、慎重に考えとこ」


 その場はこれ以上話が進むことはなく、食欲旺盛な最年少に財布の中身を吸い取られた緋に「言わんこっちゃない」とでも言いたげに呆れた様子の莉花姉さんの視線が向けられたり、いそいそと勉強道具を取り出しては時折悶絶する恵梨姉さんにちょっかいをかける悠真などを眺めながら、夕方まで穏やかに時間が過ぎていった。

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