第12話

「どうだった?」


 切り分けられたパイを持たされ渋々自室に戻った僕と緋は、出来たての温かいそれをフォークでつつきながら今日の戦いについての感想や意見交換を始めた。

 不自然に妖怪の数が増えたこと、母さんの態度が煮え切らないこと、先日から感じる戦闘後の違和感。色々と話したいことはあったが、まずは反対を押し切り初陣を飾った弟の所感だ。ひと月前までのあの怯えた様子から一変し、やり過ぎなほど果敢に戦ってはいたものの、あの戦いを通してどんな感情を抱いたかまでは分からない。


「うーん……怖いよりも、緊張したかも」

「指示通り動けていたし、攻撃範囲も唯一無二。上出来だったよ」


 ありがとう、と呟くその顔は照れているようにも見えたが、握っていたフォークを静かに皿に置くと、そこに何かあるかのように、緋は己の手の平を見つめ軽く握ったり開いたりという稚拙な動作を繰り返す。直後に肩を落としたことから、本人は何らかの引っ掛かりを覚えているのだろう。


「でも、力の使い方は難しいね……あんなに消耗が激しいとは、思わなかったよ」

「あれだけの規模の爆発なら、妥当な消費だと思うけどね。訓練で使わなかったのか?」

「大きい爆発は目立っちゃうから、あんまりしてなかったんだ」


 本家の人間も分家の人間も関係なく、錫久名の人間の戦闘訓練は自宅の敷地か本家の敷地を借りてやっていた。のだが、神通力による術以外で爆発する武器の使用は前代未聞だ。念のため周辺住民に感知されないよう周囲に認識阻害の術を掛けてはいるとはいえ、爆発の場合、音や視覚的なもの以外にも爆発による衝撃波が発生してしまうのだろう。仮に人間にバレなかったとしても、人間より感覚の敏感な動物には影響があるかもしれないし、動物の異常から辿られる恐れもある。

 錫久名家がこれといって特筆することのない一般的な一族だったら多少の問題は捨ておいたかもしれないが、困ったことに錫久名の本家はこの土地に古くからある名家であり、現在は地主である。そんな家の人間が武器を振り回し、人知を超えた力を用いている事が周囲に知られたらどうなるか――そんなことは、言われなくても想像できるだろう。


 そんな背景があるからこそ、弟は訓練で力の消耗を実感できなかったのだ。それに加えて、(意地になって自ら飛び込んできたとはいえ)突然力を目一杯使える状況が用意されたのだから、つい張り切って大爆発を連発してしまったのも無理はないのかもしれない。だからこそ、そこを抑えてほしかったのもまた本音ではあるのだが。


「……訓練と実戦は違うから、仕方ないか。まあ、今回は僕が少し分けただけで動ける程度だったから、次から気を付けてくれれば大丈夫」

「あ、それ。その力を分けるっていうの……あれって、なに?」


 ふと思い出したかのように、黙々とパイを切り崩していた僕の手を指差し己の手と見比べた緋は、隠しきれない好奇心を顔に思い切り表出させている。何も知らないその無邪気さに思わず脱力してしまいそうになったが、そもそも説明を後回しにしていたのは僕自身だ。これから戦う以上知っておかなければいけない話なのだから、ここでしっかり覚えてもらった方がいい。例えその正体が、どんなものであろうとも。


「あれは、神通力を消耗し過ぎた時の応急処置だよ。今回は、僕の力を最も楽かつ少量与える方法で分けたんだ」

「手を握るのが、一番楽なんだ?」

「お互いの精神的負担の問題だよ。おじいちゃんが言うには、神様や妖怪なら身体接触を必要としないらしいけど、僕達は相手に触れないと力を分けられないんだ。手の平は皮膚が薄めだから、比較的分け易いんだよね」

「皮膚…………えっと、それってもしかして」


 さっと血の気を無くした緋が、恐る恐るこちらへ視線を向けてくる。

 錫久名の人間が神通力を使う分にはこれといった制約はないが、体の内にある力を他者へ移す場合、触れ合う部位の皮膚が薄ければ薄いほど容易になる――となれば、更に効率良く多くの神通力を分け与えるには、どんな手段を取ればいいのか。どんなに鈍くても、ある程度は察しがつくらしい。

 つまり、そんな手段を取ることが僕らには至極難しいことも、自ずと分かるというものだ。


「分かったか? あまり使い過ぎると、大変なことになるんだ」


 だからこそ、神通力の使い過ぎには気を付けなければいけないのである。勿論、消耗し過ぎれば命にも関わるため、分かっていればそうそう無謀な行為は出来やしないのだが。


「……ちなみに、碧は分けられたこと」

「ないよ。分けたのだって、お前が初めてだし」

「だ、だよね……」


 どこまで想像しているのかは知らないが、弟の顔は青ざめたり紅潮したりと忙しい。普段そういった話題に反応を示さないこいつでも、やはり自分の身に関わる話についてなら気になる事もあるのだろう。人間で神通力を扱えるのは、錫久名の一族のみ。そして、戦いで力を消耗し過ぎた際にすぐさま応急処置としてその行為ができるのは、戦いに出ている僕、緋、恵梨姉さん、莉花姉さん、悠真の誰かになる。

 誰の時に、誰がどのようにして力を分け与えることになるのか――想像するだけで、恐ろしい話だ。皆が無茶をしないのも、こういった事情が横たわっているからであり、全員が慎重だからというわけじゃない。この制約がなければ、恵梨姉さん辺りはきっともっと無茶をしていただろう。


「気を付けなよ。手を握る程度で済むなら僕がやるけど、それ以上となると……ちょっとね」

「……気を付ける」


 それなりに最悪の状況を想像して理解した緋は、戦いに赴いていた時よりも更に真剣な表情を浮かべて、深く深く頷いていた。

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