第11話
帰宅して早々、僕と緋は妖怪の増加について母さんに相談してみることにした。姉さん達に心当たりがない以上、経験者である母さんの方が、何かしらの情報に行き着く可能性があると信じたからだ。
「そう……妖怪の数が増えてきたのね……」
「母さん達の時は多かったって聞いたけど、町中妖怪だらけになったっていうのは本当?」
「ええ、本当よ」
僕達の母・
恵梨姉さんの母・
四人が呪いを掛けられた詳しい経緯については聞かされていないが、とある強大な妖怪に目を付けられ、まず母さん達が、次におじいちゃん達が呪いを掛けられたのだという。ちなみに、僕やはとこ達は先天的に呪いを掛けられており母さん達とは少々状況が異なるが、呪いの効果自体は同じだ。
そんな諸々の理由により、同じ経験をしているからこそ原因や打開策に心当たりがあるかもしれない。そう提案してきたのは、緋だった。
「町の人の殆どが妖怪の妖気にあてられて、当時の人口も大幅に減ってしまったぐらいだもの」
「……そんなに?」
人間は、妖気にあてられただけで死んでしまうような存在ではない。近年の妖怪達にとっての妖気はただの手段であり、人間を住処に誘き寄せて喰ったり、精神に影響を及ぼし狂わせて、他人の殺害、自害、狂死を促すものとして活用しているものなのだ。だからこそ、母さんの話がいかに異常な状況についての体験談であるかが僕には分かってしまった。
そして、その話の違和感についても、だ。
「人口が大幅に減るって、流石に酷いね。その時は、妖怪はどうなったの?」
「元凶に挑むまでは湧き続けたわ。挑んで……敗北したら、何故か妖怪の数が激減していたのよね」
「それが、ここ最近になって何故増えたのか、か……」
最初に呪いを掛けられた一族ということを相当後ろめたく思っているらしく、当時のことを知る親類達はあまり昔の話をしたがらない。勿論、戦う上で必要な情報は可能な限り伝えてもらってはいるが、今回のように僕らが疑問を抱かない限り語られない話も多かった。
例えば、母さん達が元凶の妖怪に挑んで敗北したことについて、聞かされたのは五年前。敗北した際に命こそ奪われなかったが、力を奪われ神通力を戦いに使用することが出来なくなったことを聞かされたのは、三年前(母さん達が戦えないことは、それよりも前に知らされている)。秘密主義とまではいかないだろうが、こうも隠された事実があると時折不信感を抱いてしまうこともあるものの、本人達の心境を考えるとどうしても責める気になれなかった。
「あの時はたしか……私が戦いに出てから、少しずつ増えていった……ような……それより前からだったかしら…………ごめんね。あの頃は必死だったから、ちょっと記憶が曖昧で……」
穏やかながらも良く通るその声は、突然歯切れが悪くなる。母さんが現役で戦っていたのは僕らと同じく高校生ぐらいの年齢の頃だったと聞いているため、少なくとも三十年ほどは前の出来事だろう。そんな昔のことを鮮明に思い出せと言われても、現実的ではないのかもしれない。
「今回は、僕と悠真が出る直前から増えて、緋が出たら更に増えた。僕達に何かあるのか、他の要因があるのか……」
「うーん……姉さん達にも聞いてみるわ。ふたりは心配しないで、ゆっくり休んで。ね?」
うんうんと唸りながら首を傾げるその姿に望みがない事を察しながらも、何かしらの手掛かりにならないかと僕は僕で自らの所感を述べたが、やはり手ごたえはない。そもそも、錫久名の一族に妖怪が増えるような要因があるなら、僕らが生まれた時点で増えていてもおかしくないのだ。姉さん達が戦いに出るまでは目立った増加も被害もなかったのなら、人的要因などないのかもしれない。
あまり余計なことを考えないようにこちらを気遣っているのか、何かを隠しているのか、それとも本当に分からなくて本人も困っているのか。母さんはいつものように優しく微笑むと、夜にもかかわらず最近凝っているというアップルパイを切り分け始め、お茶を濁した。
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