第9話

 印がある神社の奥へと戦線を進めながら襲い来る妖怪達を殲滅していた恵梨えり姉さんは、ふと周囲を見渡し追っていた僕らに視線を向ける。


「……ここ、親玉はいないみたい」

「了解! 数減らしゃーいいんだな!」


 印の周囲には妖怪が集まるが、二日前に消した印のように他より力を持つ強力な妖怪がいる場合がある。妖怪達と印は相互に力を与え合う関係にあり、早い話が、その場に集まる妖怪の力が強いままでは印が消せないのだ。だからこそ、僕らは印を消すために妖怪を退治するという段階を踏む必要がある。

 そんな印の近くに、他より強い妖怪がいる場合どうなるか。これは感覚的な問題になるが、その強い妖怪を倒してしまえば、印の力も弱まりやすい。というのが、何度もこの戦いをこなしてきた姉さん達の出した結論だ。たしかに僕の数少ない経験からも、強い妖怪がいる印の場合はそいつを倒してしまえば早期に印を消すことが出来て、いない場合は妖怪の数を減らすことで印を消す段階まで辿りつけている。もしかしたら、印ひとつで持てる妖力には限界があるのかもしれない。

 どちらがより負担になるかは場合によりけりだが、今回は初めて戦いに出るひいろがいる以上、親玉の存在がないのは幸運だったのかもしれない。


「もう少しかかるけど、力は大丈夫か?」

「……うん、さっきより抑えてやってみる」


 とはいえ、余程張り切っていたのか、緋の消耗は僕の予想よりもずっと早かった。

 他の皆が戦闘後の活動に支障がない程度に消費を抑えている一方、緋は既に肩で息をするほど神通力を使っている。戦い慣れていないという理由もあるだろうが、ここまで疲弊している一番の原因は緋が使う得物だろう。いくら武器由来とはいえ、神通力で爆破させるのだから消耗も激しくなるに決まっている。本人も提案した通り、威力を抑えない限りは長時間の戦闘は難しいだろう。


「……消耗が激しいわね」

「威力に比例しているんだろうね……僕がフォローするから、姉さんは気にせず行って」

「貴方も、やり過ぎないようにね」


 緋の活躍により大幅に数を減らしても、なお戦意を喪失せずに僕らを狙ってくる敵を薙ぎ払いながら、しきりに緋の様子を窺っていた莉花りか姉さんもその異常に気付いたようだ。必要以上にプレッシャーを掛けないようにと配慮したのか、僕のみに聞こえるように声量を抑えられたその呟きからは、心配や不安といった感情は感じるものの、同時に湧くであろう呆れや焦りは見えない。思っていても表に出さないのだろうが、この辺りが僕達と姉さん達の戦いにおける経験の差や、心構えの違いなのかもしれない。それに、こうなった以上、弟のことは僕が守ると決めていた。なら、姉さんにだけ負担を掛けないように振る舞う必要があるのは、初陣の緋ではなくて僕の方だ。

 後方の敵は、既に僕ひとりでも何とかなる程度の数まで減っており、印を消すのも時間の問題となっている。その間なら、緋を守りながら僕が後方の敵を引き受けることは十分可能だ。それを分かっているからこそ、莉花姉さんも僕の提案に首を縦に振り、最も危険な前線へ向かってくれたに違いない。


「……っ」

「緋、それ以上は危険だ」


 莉花姉さんの姿が遠かり、気を張る要因が減ったのだろう。疲労困憊した様子で力なく膝をついた緋は、それでも戦う意志を見せるかのように武器を持ち上げたため、余計なことをしないよう僕らの周囲を氷壁で取り囲んだ。勿論、妖怪達が前線へ移動してしまわないよう、攻撃の手は止めずに、だが。


あおい……」

「初めてなのに、よく頑張ったな。あとは、印を消すだけだから、少し休んで」

「……ごめん」


 不本意そうに眉を寄せたものの、これ以上戦える状態でないことは本人も理解していたようだ。その場に座り込んだ緋は、息を整えるために何度も深く呼吸を繰り返し、妖怪を撃ち落とす僕の矢を茫然と眺めていた。

 現在、僕ら二人を狙ってきている妖怪の数は、目視できるだけで十数体。矢を一本ずつつがえていてはいつまで経っても終わらないだろうと纏めて数本を一気に放ったが、それら全てのコントロールは思ったようにはできないため、こういう場合は敢えて神通力を操作には使用しないことにしていた。それでも全て当たる程度の精度は持っているつもりだから、余程の動きをされない限りはその矢は必ず妖怪達を射殺せているものの、問答無用で広範囲を爆破する緋に比べれば安定度は下がるだろう。その分、神通力の消費が激しいのが緋の武器の難点だろうか。

 この辺りの使い分けがお互いに必要になるだろうと考えながら黙々と妖怪を退け終えると、下方から視線を感じる。座り込んだままの緋が、神妙な面持ちで僕をじっと見上げていたのだ。


「……感覚は掴めたか?」

「あ、うん。なんとなくは……神通力を使うのって、こんなに疲れるんだね」

「今回は術を使わなかったからまだいいけど、あれを使うなら、余力を残せるようにしないとね」

「うん。爆発の規模は、もっと抑えてやってみるよ」


 僕が声を掛けるまで別の何かに集中していたのか、弾かれたように意識を戻した弟は、周囲を見渡し危険がないか確かめながら立ち上がる。


「どの程度までなら、抑えられる?」

「最弱で、家庭用の打ち上げ花火ぐらいまで、かな」

「そこまでだと、威力としては弓と変わらないか……でも、基本はその程度の爆発に抑えて――」


 本人は隠せているつもりかもしれないが、こんな短時間で消費した力が回復するわけもなく、緋の顔色の悪さと疲弊は隠し切れていなかった。

 そんな状況で、べらべらと今後の話をしても纏まらない。まずは、少しでも弟の調子を戻してやる必要があるだろうが、それをやるには周囲の敵の目よりも、周囲の味方の目の方が気になってしまうのだ。不自然に口を噤んだ僕に違和感を覚えたらしい緋の視線を感じながら、周りに誰もいないことを念入りに確認した僕は、左手を差し出した。


「いや、細かい話は帰ってからだね。そのままだと帰るのも辛いだろうし……僕の力を分けるから、手を握って」

「う、うん」


 緋も緋で、僕の発言の意図を理解できていないのか僅かに怯んだ様子を見せたものの、今は大人しく従うことにしたのだろう。おずおずと左手を握り不安げに僕を見つめていたが、こちらが繋いだ手に向けて意識を集中すると変化に気付いたらしい。事が終わるまでの数分間、気の抜けた声を上げながら、落ち着きなく僕の顔と繋がれた手を見比べていた。


「…………どう、少しはマシになった?」

「……体が楽になった……今のって、なに?」

「神通力を分けたんだよ。これも、後で説明するから」


 前線で戦う姉達を追いかけることにした僕は、少しでも力が回復したことで顔色の良くなった緋を連れ、印のある神社の奥へ向かった。

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