第8話

 日が暮れると、奴らの時間が始まる。

 昔は妖怪も時間など関係なく好き勝手に現れていたらしいが、現代人の怪異への恐れが薄れたことにより昨今は夜しか姿を現すことが出来なくなっているらしい。本音を言えば、わざわざ敵の土俵に立ちたくはないものの、妖怪がその姿を現してくれないと僕達には気配すら感じることが出来ない。そのぐらい、奴らの存在はギリギリのところまで追い詰められているからこそ、僕らの活動時間も否応なく夜に限られていた。


「これで全員揃ったね。ちゃんとしたお祝いは後でになるけど、ひいろちゃんも今夜からよろしく!」

「よろしく。恵梨えりちゃん、莉花りかちゃん」


 昼間は親子連れが多いが、夜間は人気がなく気味の悪さすら感じる町中央に位置する公園に集まった僕達は、新入りの緋のためにも各々の動きについて再確認を行っていた。

 今のところ、恵梨姉さんは指示出し且つ斬り込み隊長、悠真ゆうまがその後に続き、莉花姉さんがある程度の安全確保を、僕が後方からの攻撃を行う形で戦っている。棒火矢という銃を扱う緋のポジションは、勿論僕と同じ後方からの攻撃手だ。本人と祖父からの説明を聞く限りでは弓との攻撃範囲が異なるらしいから、僕とはそれなりに違う動きが出来るだろう。

 それに、緋には攻撃役以外の役割があるため、基本的には後方支援に徹してもらう予定である。


 今日の目的地は、僕らが集合した公園そばの神社。お決まりのように、家屋が少なく人気のないところに妖怪達は集まっているらしい。


「今回は後方から攻撃をお願い。慣れれば自分で判断して動けるようになるだろうけど、今はまだ敵に狙いを定めるのも大変だろうから、あおいと一緒に動いてね。ふたりの事は私が守るわ」

「うん、わかった」

「じゃ、今夜の目的は神社の奥にあるいんを消すこと……みんな、怪我なくいきましょ!」


 【いん】とは、妖怪の住処を表すマークだ。何故、妖怪達が目に見える形で住処のしるしを付けているのかは分からない。ただ明確な事実として、これのある所には妖怪が集まり、人的被害も出やすい。

 僕達の目的はこの印を消すこと。印を消すためには、周囲の妖怪をある程度排除する必要があるため、こうして戦いに勤しんでいるわけなのだ。が、最近は妙に頻度が多かった。姉さん達が二人きりで戦っていた頃は月に二、三箇所見つかれば多い方だったというのに、僕と悠真が参戦する直前から週に一度は必ず印を消しに出ている。だからこそ、僕らが参戦を許されたという状況にも繋がるのだから、喜べばいいのか嘆けばいいのか。


「……天狗か」

「前回もいたけれど、数が増えたわね」


 僕らが相手取る妖怪にも、それぞれ特徴がある。例えば河童、鬼、天狗などの妖怪と言えばこれ、と挙げられるようなもの。幽霊のように、形が朧気で姿が見えづらいもの。動く人骨のような見た目のもの。狐や狸などの動物を模したもの――などが、僕が見たことのある主だった妖怪の姿だ。

 二日前の妖怪達は鬼の姿のものが多かったが、今回は天狗や狸の姿の妖怪が多い。天狗は自在に空を飛び、狸や狐などの動物を模した妖怪は機敏で捉えづらいが、緋は臆せず戦えるだろうか。そんな不安を表に出さないよう気を引き締めながら隣に立つ弟を横目で盗み見ると、僕の予想に反し、驚きで僅かに目を見開きながらも狙いを定めようと銃を構えている緋の姿が視界に入った。たしかに、ちゃんと覚悟は決めてきたようだ。

 思わず、同じように緋の様子を心配していた莉花姉さんと顔を見合わせて、おもむろに頷き合ってしまった。


「緋、そのまま上空に向けて撃って」

「え? あ、うん! この角度で大丈夫?」

「問題ないよ。撃ったら僕の矢の後を追って、合図したら爆破……できる?」


 できる、と短く呟き肯いた緋が銃弾を発射すると、ミサイル状のそれは僕の想像より早く空に向かって飛んでいく。ほぼ同時に放った矢を神通力で操り緋を先導しながら、一体の天狗に接触しそうになったその時――


「今だ!」


 僕の合図で、間髪入れず空中で銃弾が爆発する。が、どうやら火薬の類は全く入れていないらしく、爆煙はすぐに消えていた。完全に神通力でのみ動き、爆発する武器に仕上げてきたようだ。

 それだけ神通力を注ぎ込んでいるのだから、当然威力も申し分ない。狙っていた天狗だけでなく、集辺に飛んでいた他の妖怪達も巻き込まれていたらしく、僕らの上空を飛んでいた妖怪達の数は、一瞬にして半減していた。


 しかし、別方向からすぐに狸の妖怪が飛びかかってくるのが見える。


「後ろに跳べ!」

「っ!」


 体に纏わせた神通力により、僕らの身体能力は並みの人間よりはるかに強化されている。今回のように背後に飛び退いた場合、一度の跳躍で軽く数メートルは下がれるほどだと言えば、想像できるだろうか。勿論それは横移動だけでなく縦移動にも活用可能であり、屋根や木の上に乗り、飛び移る程度の動きは容易くこなせる。そもそも、最低限そういった動きができなければ、人知を超えた身体能力を持つ妖怪など相手取れないのだ。

 とはいえ、それらの多くは実戦で慣れていく動きのため、今回初めて戦いに出た緋は敵の攻撃を避けたものの、着地でバランスを崩し倒れかけてしまう。それを支えてやりながら、攻撃してきた妖怪を神通力で作り出した氷槍で刺し殺し、更に数匹でこちらに向かって飛んでくる天狗達へ狙いを定めた莉花姉さんのために足場を作った。


「上出来。でも、爆発力は半分ぐらいでいいかも」

「半分……やってみるよ」

「多少オーバーしても、大丈夫。僕が防ぐから」


 僕が扱う術は、氷を操る術。氷は、防壁や足場、武器として使用したり、枷としても利用できる。僕の戦闘スタイルの関係上、消耗が激しいため使用頻度は多くないとはいえ、これを使わずに済むこともない。

 その要因のひとつが、姉達の扱う神通力の種類だ。恵梨姉さんが扱う術は炎であり、基本的には攻撃手段でしかない。一方、莉花姉さんが扱う術は風や雷などの実体のない自然現象のため、風で宙に浮くことは出来ても踏ん張りがきかないのだという。だからこそ、氷を操る僕と土や砂を操る悠真が固形の物質で足場を用意することで、僕らだけでなく姉さん達の行動範囲を広げる必要があったのだ。といっても、ふたりきりで戦っていた間は、足場を作れないなりに試行錯誤してはいたらしいが。


 そんな僕の術で、万が一味方に当たりそうな規模の爆発が起こっても防げる氷壁を作って見せたことで緋も安心したらしく、次の銃弾は先陣を切る二人を狙う天狗達へ向かって飛んでいき、ほぼ指示通りの威力で爆発してみせた。


「すっげー! なんだよこの爆発!」

「ごめん、巻き込んでない!?」

「大丈夫、そのまま続けて! 悠真ちゃんはよそ見しない!」

「ウッス!」


 今まで自分達の術で爆発など起きたことがなかったからか、背後で突如爆発したことに驚いた悠真だったが、それでも敵を斬り捨てながら無邪気に緋と棒火矢の威力を称賛する。遠目では表情までははっきり見えないとはいえ、明らかにはしゃいでいる弟分のその様子に、思わず口元が緩むのを感じた。

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