第5話
「よっ、おはよう。
教室に入って早々、聞き慣れない名で呼びながら僕に笑いかけてきたのは、小学生時代からの腐れ縁の
こいつは、小学校へ入学した時からずっと同じクラスであり、遂には高校まで一緒になってしまったという奇跡の人物だ。単純な接触の機会が多過ぎただけでなく、昔から妙に僕に絡んでくる人懐っこい男だったため、今では最も気楽に付き合える友人と言っても過言ではない。
「……おはよう、その呼び方は止めてくれ」
「じゃあ、
「…………やっぱりいい。おぞまし過ぎる」
未だ覚醒しきらない頭を掻き回すかのような喧しさで絡んでくるところは、場合によっては好きじゃないが、その分こちらもやり返してはいるから、お互い様ではある。とはいえ、今日は流石に僕のテンションが低過ぎたのか、彼も異常を感じたようだった。
「なんだよ、珍しく張り合いないじゃん。
「喧嘩……にも満たないかな。口が減らなくて困るよ、あいつは」
高岡は、僕だけでなく緋とも交流がある。といっても、双子の兄弟が同じクラスだと学校側も面倒なのか、緋と僕は常に違うクラスにされているため、二人は僕を通して交流しているだけなのだが、それでも共通の友人として機能しているのは間違いない。八方美人で決まった友人が少ない緋にとっては(僕も違う理由で友人は少ないが)、貴重な長い付き合いの友人というのがこの高岡なのだ。
その男は僕と緋の性格を比べ、屈託なく笑いながらも僕の愚痴に付き合ってくれるつもりらしい。
「緋は理屈っぽいけど、お前は口下手だもんなあ。口喧嘩めっちゃ弱いし」
「殴った方が早いだろ」
「ははっ。お前とは喧嘩したくないね、ホント」
「子供じゃあるまいし、そう簡単には喧嘩しないよ。面倒だし疲れる」
高岡とも昔は殴り合いの喧嘩に発展したことがあったが、流石に高校生ともなると洒落にならないため、今では殴って喧嘩を終了させるなんてことはない。それに、互いに譲歩したり折れたり出来る程度には落ち着いてきたから、今の僕の喧嘩相手なんて緋ぐらいだ。
「省エネだねぇ」
「それほどでも」
とはいっても、兄弟喧嘩すら最近は滅多にしていない。最後に緋と喧嘩をしたのは、先月。僕が初めて戦いに赴く前日に、駄々をこねたあいつと言い争いになったのが最後の筈だ。
◆◆◆
ホームルーム中は考え事をするには短いが、冷静さを取り戻すためのクールダウン用としては丁度いい。そんな時間を利用して、僕は先月の事を思い出していた。
先月、新学期が始まって間もなく赴くことになった、僕の初めての戦いのことだ。
春になったあたりから、この町では住民の失踪事件が発生している。それも年齢、家庭、組織などは関係なく、老若男女問わず失踪してしまうのだ。はじめはただの家出人と思われていた人間も、調べ直すとその失踪にはあまりに不自然な点が多く、ならば、人ならざるものの仕業なのではないか――と、目星を付けたのが姉さん達だった。
それを裏付けるように、妖怪達の縄張りが広がっていることが判明したため、満を辞して僕と悠真が参戦を申し出たのが、この状況の始まりだ。
実は、姉さん達は僕と悠真の参戦を望んでおらず、戦いは全て二人だけで済ませようとしていたらしい。僕が、緋の参戦が遅れたことを内心喜んでいたように、姉さん達も僕の参戦が一年遅れたことを喜んでいたと知ったのは、初めて妖怪と対峙した後のことだった。
笑えることに理由も僕と全く同じで、年下の親戚や兄弟を戦いに出したくなかったから。と聞かされた時は、心底驚いた。あの人達にとって、僕達はいくら男であろうとも弟分なのだから当然といえば当然とはいえ、それならよくもまあ今まで微塵も表に出さなかったものだ、と感心すら覚えたほどだ。
つまり何が言いたいかというと、今の僕は先月の姉さん達と全く同じ状況に置かれている。ということである。
望まない弟の参戦を受け入れ、どれだけ感情的にならずに弟を守れるか――僕が今考えるべきなのは、強引に参戦を決めた緋に当たることではなく、健気に戦おうとしている緋を守ることだ。
それがきっと、僕らを受け入れてくれた姉さん達に対する感謝の意を示すことにも繋がるだろう。
と、分かっていても、素直には受け入れがたく、正直腹が立つという感情の方が大きいことは、痛いほど自覚しているが。
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