第6話

 その更に翌日、心の準備を求める僕の願いも虚しく、昼休みに恵梨えり姉さんから連絡が届いてしまった。

 昼前後に来る姉さんからの連絡は、その日の夜について伝えたい事がある時だけ。つまり今夜、遂にひいろが初陣を飾ることになってしまったのだ。


 はとこ同士のグループには、妖怪の住処を発見したこと、集合場所と時間の指定。それとは別に僕個人に送られてきた連絡には、必要以上に気を張らず夜までにしっかり体を休めておくこと――という注意で締める内容がしっかりと表示されていた。そんなメッセージを眺め、思わず深いため息を漏らしてしまう。緋が参戦を決めたあの日の夜にでも、恵梨姉さんに何か吹き込んだのだろうか。それとも、今までの僕の挙動が分かりやすかったのだろうか。

 わざわざ個別で送られてきたところから読み取るに、これは緋の参戦に不満を抱いている僕に、冷静でいるように注意を促しているのだろう。


 隣のクラスから昼食を食べに来ていた緋は、急に肩を落とした僕の様子にそれとなく状況を察したらしく、苦笑を浮かべていた。


 ◆◆◆


ひーくん、今夜からなんだって?」

「ああ、おじいちゃんから許可が出たんだ」


 そして放課後。何故か、なかなか教室から出てこない弟を校門前で待っていた僕は、普段は大人しく校門前で待機している筈の他校生の悠真ゆうまが我が物顔で学校に入ろうとしていたところを止めて、二人で緋を待つことにした。

 僕らの家は町の北部にあり、悠真の家も数軒隣にあるため、小学生の頃から悠真の妹を含めた四人で揃って帰るのが、半ば決まり事のようになっていた(とはいえ、悠真の妹は今年中学生になったばかりで最近は近所の友達と一緒に帰ることが多く、下校時の面々は男三人というメンツになっているのだが)。


 そして、早速話題に上がった緋の参加については、二日前に僕が帰宅する前に姉さん達と悠真には伝えられており、腹立たしいことに僕が一番最後に教えられたらしい。実の兄相手に外堀から埋めるなんて随分と卑怯なやり方だと思いはしたものの、あいつがそういう性格の男なのは元からだから諦めざるをえなかった。


「へぇ。碧兄あおにいが止めると思ってたぜ」

「止めていたのを知ってるくせに、よく言うよ……それに、あいつが僕の言う事なんて聞くわけないだろ」

「緋くん、メッチャクチャ頑固だもんなあ。そこに関しては、オレも勝てたことねーや」


 一度決めたことに対する緋の石頭ぶりは、親類内では周知の事実である。血の繋がりの強い祖父も母も僕でさえも、それほど頑固ではないにもかかわらず、何故かあいつだけ妙なところで頭が硬い。故に、同じ屋根の下で暮らす僕や母は、その頑固な男の扱いに苦労させられているのだ。

 祖父はある程度力づくで言うことを聞かせてはいるが、それもいつまで通用するかは分からないのだから冗談抜きでお先真っ暗だ。今後、我が家はどうなってしまうのだろうかと考える度に、弟を言葉で御しきれない自分の甘さや情けなさを思い知らされ、同時に頭が痛くなる。その上、今夜から戦いにまで出ることになるのだ。変なところで石頭を発揮して、姉さん達に迷惑を掛けないか正直心配だ。

 そんな憂いを零し悠真に笑われていたところに、校舎側から何者かが駆けてくる音が聞こえる。


「ごめん! 遅くなった!」

「おつかれ~ 緋くんが遅れるなんて珍しいじゃん」


 その正体は、僕らを二十分ほど待たせていた緋だ。

 相当慌てていたのか、普段少しばかり着崩している制服が更に乱れ、ネクタイなんて風圧に負けて肩に掛かっている有様である。あまりの惨状に、ネクタイだけでなく何故か立っているブレザーの襟や半分折れたポケットのフラップなどの諸々を直してやりながら、僕も遅刻の言い訳に耳を傾けることにした。


「あー……急に掃除当番を代わることになっちゃって。ふたりは用事とかあったの?」

「ないよ。ずっとお前を待ってた」

「ごっめん……!! お詫びに、今度奢るから!」


 自分の非を素直に認め、両手を合わせて深々と頭を下げるこの姿の方が、本来よく見る緋の姿だ。常時このように素直でいてくれれば、可愛げもあるのに――などと思いはしたものの、口に出すと今夜の妖怪退治に支障をきたしそうで、迂闊な事は言えそうにない。緋に限ったことではないが、固い頭をどうこうするよりヘソを曲げられる方が数倍面倒だ。

 それに、緋の態度などそっちのけになるほど気になることもある。


「え、マジで? オレ、ポテトがいいな~」

「オッケー!」


 まず気になったのは、緋が軽率に口にした「奢る」という単語。妖怪退治に参戦していない面々を含めた僕らはとこの間では禁句となっており、その言葉を悠真に対して使うことは自殺行為に等しいのだ。どこがどう死ぬかというと、悠真と書いて、エンゲル係数爆上げマシンと読む男の食欲によって、言った張本人の懐が逃れられぬ死を迎えるのである。

 当然、緋もその事実は知っており被害にも何度か遭っている筈なのだが、それでもこの男は涼しい顔で提案しているのだから、きっと危機感のネジが飛んでしまったのだろう。それか、戦えない間にアルバイトでもして稼いでいたかのどちらかだが、後者は恐らくないだろう。そんな暇は、緋にはなかった筈だ。


「……そんなこと言っていいのか? こいつ、容赦なく食べるだろ」

「いいのいいの。今まで任せちゃってたお詫び分もだし、あおいも一緒にね」

「そうか……半分は出すよ」

「もー 大人しく奢られてくれないなあ」


 悠真より背の低い僕達兄弟は、聞こえない程度に声を潜めていたが、緋の資金の出所が分からないまま奢る話が進もうとしていた為、僕も援助することで被害を抑えようと試みる。とはいえ、こちらもそれほど持ち合わせはないから、焼け石に水かもしれないが、ここで敢えて口にする必要性は感じられなかった。

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