第11話 終

 ああ、今日もまた何もないまま終わってしまう。


 いつものように路上ライブしながらそんなことを思う。

 何も成果は得られず変わらないまま。

 歩く人は皆こちらをチラッと見ては、すぐに顔を逸らしてどこかへ行ってしまう。


 なぜだ。こんなにも彼女の曲はいい曲なのに。こんなにも才能に溢れた素晴らしい曲なのに。

 俺に才能がないから……。俺に歌の才能があったら……誰をもすぐに惹きつけられるのに……。

 

 彼女が認めてくれたこの歌声で、この曲をもっと広めたい。

 彼女がいたんだと多くの人に知って欲しい。

 彼女がいて、存在して、これだけの才能があって、輝いていたんだと知って欲しい。


 ……でも、俺には出来ない。それを伝えるだけの才能がない。

 彼女は何かこの世に残したいと言った。それなのに愛する人1人のその望みさえ叶えられない。

 ああ、なんて俺は無力だ……。


 結局今日も一日何もないまま終わってしまった。


 虚しく心に穴が空いたような寂しさを感じながら楽器を片付ける。

 この片付ける時が一番嫌いだ。

 全てを無に返しているようで嫌になる。

 俺の居場所が全くなくなり、俺などここにいなかったと突きつけられているようだ。


「ええと、すみません」


「!?……はい」


 声をかけられ、思わず身体がびくっと反応してしまう。

 片付けているとかに声をかけられるのは初めてで、驚いてしまった。


 振り返り、声をかけてきた人を見る。

 俺に声をかけたきたのはスーツをきっちりと着こなした男だった。


「ええと、私はこういうものでして……」


 そう言って男は胸ポケットから名刺を一枚取り出して渡してきた。


「はぁ……っ!?」


 渡された名刺をチラッと見る。そこに書かれていた職業を見て息を飲んだ。


「お、音楽プロデューサーの方ですか!?」


 彼の名刺には音楽プロデューサーと書かれていた。

 待ちに待った声かけ。その意味を理解し、期待に胸を膨らませて声が踊る。

 

「はい、こんな時間に声をかけたのは申し訳ないのですが、少し時間をもらえますか?決してあなたに悪い話ではないので」


「わ、分かりました」


 俺は緊張と期待に胸を躍らせながら、近くのカフェに入った。


♦︎♦︎♦︎


「では、来週末の土曜日お待ちしています」


「はい、本当にありがとうございました」


 やった。やった。やったぞ!!!


 俺は男と別れると、興奮を抑えきれないまま意気揚々と家に帰った。


 次の日、俺はある場所に来ていた。

 夢を叶えるその日までは来ないと誓っていた場所。

 来たらまた思い出してしまうから。嬉しかったこと楽しかったこと、悲しかったこと、そして……後悔したことを。


「久しぶり、舞」


 もちろん返ってくる声はない。

 彼女はこのお墓の下で眠っているのだから。


「やっといい知らせを伝えることが出来そうだよ。だからここに来れた。ずっと来なかった俺を許してくれ」


 もういないことは分かっていても、舞に話しかけていると思うだけで自然と笑みが溢れる。

 

「俺の歌っていた歌を音楽配信サイトで配信したいそうだ。その話が昨日来た。やっとだ。やっと君の曲をみんなに聞いてもらえる。来週、その収録をしてくる。どうか見ていてくれ。君の曲を伝えてくるよ。君が認めてくれたこの歌で」


 やってやる。やっとチャンスを掴んだんだ。ここで終わらせるわけにはいかない。

 必ず成功させて、君がいたことをみんなに知らせてやる。

 決意を新たにして、俺は家へと戻った。


「久しぶりに街でも見てから帰るか」


 希望が見えたことで心に余裕ができ、しばらくしていなかった街の散策でもしてみたくなる。

 これまではただひたすらに楽しむ余裕もなく、歌に注ぎ込んできた。

 その疲れを癒すためにも、息抜きが必要になった。


「へー、こんなところもあったのか」


 久しぶりに歩き回ると、見たことのない店などを発見する。

 そんな何気ない日常でさえ久しぶりだった。


 はは、こんなに心にゆとりを持って歩いているなんていつぶりだろう。


 本番はまだだと分かっていながらも、緊張を緩めずにはいられなかった。


「それにしても……っ、ゴホッ」


 急に喉に痛みが走る。

 思わず口を手で押さえながら咳き込む。


「な、なんだこれ……」


 口を抑えた手のひらには血が付いていた。


「ゴホッ……っ、ゴホッゴホッ」


 胃の方から込み上げてくる何かを抑えるように何度も咳き込む。

 だがそんな抵抗はもろともせず、どんどん口元へと迫り上がって来る。


「……オエッ……おげろヴぇろヴぇろヴぇろ……」


 口の中で鉄の味がした。

 それも一瞬で、すぐに口から熱い何かが出てくる。

 止まることなく一気に吐き出た。


「なんなんだよ、これ……」


 苦しみに目が涙で霞む中、地面には濁り淀んだ赤黒い血溜まりが目に入る。

 

ーーーー俺はそのまま意識を失った。


 


 

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