暁伝 前哨戦18

 刃が白い聖なる軌跡を残して敵を裂く。

 ヴァンパイア達は次々と灰へと散っていった。

 各自、軽く息を上げながらのこの場での勝利となった。

「どうにかなりましたけど、先に進むんですよね?」

 白い光りに包まれた槍を手にサンダースが弱腰な声で言った。

「その通りだ。各自警戒を怠るなよ」

 ライラが言い、先へと歩んで行く。

「心配すんな。俺の隊では誰もやらせはしない」

 ファルクスが言った。

「あてにしてますよ、隊長」

 サンダースが応じた。

「アカツキちゃんは将軍の護衛を頼む。俺が男の花道、しんがりを引き受けるぜ」

「分かった」

 ファルクスに言われ、アカツキはライラ将軍の隣に並んだ。

「思い切りが良い剣の振り方だ」

 ライラが長い睫毛の下の切れ長の目を細めて言った。

「ありがとうございます。将軍の付加魔法のおかげです」

 二人は無言で歩いて行く。

 その時、背後の茂みが揺れ、振り返るとヴァンパイアが飛び出してきた。

 ヴァンパイアはアーロンを組み伏せ、長い牙を見せていた。

「皆の仇、まずはお前を我らの仲間に入れてくれようぞ」

「た、た、隊長!」

 アーロンが声を上げる。

 アカツキは駆けた。

 剣を突き出すが、ヴァンパイアは跳躍した。跳んで跳んで木々の枝葉に隠れ姿は見えなくなった。かのように思えたが、アカツキの目はごまかせなかった。

 聖水を取り出し、飛刀を漬け込むと、枝枝の隠れ目めがけて投げ放った。

「ぐおおおっ!?」

 声の後に灰が降り注いだ。

「ヒュー、アカツキちゃんやるじゃねぇか」

 ファルクスが言った。

「見事だったぞ、アカツキ」

 ライラ将軍が褒めるとアカツキはこそばゆくなり応じた。

「アジーム教官に習いました。教官のおかげです」

「謙虚なところ、可愛いぞ」

 ライラ将軍がアカツキの肩を軽く叩いた。

「あ、ありがとうございます」

 まずい、また恋をしそうだ。決して許されぬ恋だ。ライラ将軍がいてくれて心強いが、彼女が動く度に惚れてしまう。いかん、違うことを考えなければ。

「可愛いってさ、アカツキ」

 アーロンが肘で横腹をついてきてからかう。

「先輩、今度は襲われないようにしっかりしてくださいね」

「あらら、怒られちゃった。はいはい」

 樹海と言うだけある。森は深く、サンダースが時折、コンパスは大丈夫かとか心配の声をファルクスに投げ掛けていた。

 枝葉も複雑に絡み合い、木の根に何度か足をつまずかせた。明るいと言えば明るいかもしれいないが、陽が出ていてもそれほど濃い闇となっていた。

 なのでヴァンパイア達は前方で堂々と待っていた。長い爪を伸ばし、鞭のようにしならせ、真っ赤な眼光をこちらに向けている。数は十人ほどか。

「ここまで来たか。だが、この闇が我々を祝福してくれている。今まで通りに我々がやれると思うなよ」

 ヴァンパイア達が殺到してくる。

 アカツキは先頭に出て咆哮を上げてこちらも襲い掛かった。

 剣と爪が交錯する。鋼の共鳴が轟く。なるほど、灰にはならない。言うだけのことはあるかもしれない。

 前方だけかと思ったが左右の茂みからもヴァンパイアは飛び出してきた。

 ファルクスの笑い声、サンダースの悲鳴が聴こえた。

「可愛らしい坊や。私達の仲間に入れてあげるわね、楽しいわよ」

 アカツキと対峙する女のヴァンパイアが言った。

 真っ赤な目がこちらを覗き込む。

 途端にアカツキは身体が動かなくなった。

 しまった、マヒの視線だ。アカツキはその場に前のめりになって倒れた。

「さぁ、さぁ、血をいただくわね」

 その時だった、物凄い風と共にヴァンパイアの女はバラバラと崩れ落ちた。

 ライラ将軍が薙いだのだ。槍に宿した聖なる光が強く輝いている。

「アカツキ、立てるか?」

 相手をハンクに任せ、ライラがアカツキを抱き起した。

「申し訳ございません。油断しました」

「何事も無くて良かった」

 ライラはそう言うと咆哮を上げて戦場へ戻って行った。

 残ったヴァンパイアは三体。

 と、頭上から木々の枝葉が揺れ、影が襲来した。

 だが、ヴァンパイアが降り立つ前に、その身体は風を切る音と共にまとめて灰へとなった。

「大丈夫ですか?」

 穏やかな声がし、弓を持った華奢な姿の者が現れた。

「ヴァンパイアじゃ無いが、何か妙な雰囲気だ。そこで止まれ」

 ファルクスが言うと相手は従った。

「私はエルフです」

「エルフぅ?」

 アーロンが言った。

「長い耳、エルフ族の特徴にはあってますが」

 ハンクが言い淀む。

 ライラ将軍のように長いさらさらした髪をしていた。アカツキはエルフを初めて見た。

「この耳は本物ですよ」

 エルフは笑って自分の両耳を引っ張って見せた。

「私はブライバスンに留まっていたエルフです。名をエスエリエリクトスと申します」

「エスエリリリ?」

 アーロンが噛んだ。

「違う違うアーロン、エスエリリエリクトスさんだ」

 サンダースが言う。

「エスエリエリクトスだ」

 ファルクスが言った。

「隊長、よく言えましたね」

 サンダースが言うとファルクスは笑った。

「早口言葉は得意だからな。つぅか、お前の間違った方が言葉の難易度高いぞ」

 ファルクスはそう言うと続けた。

「で、エスエリエリクトス殿、俺はファルクス。ライラ将軍と、俺の部下だ」

「エルフ殿、御助勢感謝する。私が副将のライラ・グラビスだ」

「ご丁寧にありがとうございます。私もヴァンパイア討伐に力を貸させて下さい。町の皆さんの眠れぬ夜に終止符を打ちましょう」

「頼もしいお言葉だ。共に参ろう」

 ライラ将軍が応じた。

 エルフは弓を提げてアカツキの隣に並んだ。

 アカツキはエルフが噂通り端麗な顔つきであることを思い知った。エルフがライラ将軍の隣にいるのがどこか許せなくなり二人の間に割り込んだ。

「行きましょう、まだ敵の本拠地を探さねばなりません」

 アカツキが言うとライラが頷いた。

「ですが、そう簡単には行かせてくれないようですね」

 エルフが弓に矢を番えて前方の濃い昼の闇に向けて言った。

「数は二十ほどでしょうか。来ますよ、皆さん。背後からも五人、右から一人」

 エルフは耳が良いらしい。

 それを証明するかのようにヴァンパイア達が各方面から躍り出てきた。

 エルフの矢が唸り、前方の三人を貫いて消滅させた。

 俺は強弓は引けるが、ここまで器用に弓を扱えた試しがない。

 アカツキは素直に舌を巻いた。

「この先には行かせん!」

 ヴァンパイアが爪を振るう。

 ということはこの先に終着地点が、つまりアジトがあるということだろうか。

 アカツキは剣を交え、幾度も弾き返しながら、巧みにこちらのペースへ誘導すると、その首を刎ねた。

 更に新手が襲い掛かって来る。

 一人を切り裂いたが、重なるようにしてもう一人いた。

「しまっ!?」

 矢が唸りアカツキを襲おうとしたヴァンパイアを灰へと変えた。

「礼を言います」

 アカツキはエルフに嫉妬していた己を恥じ、その技量と人柄を見止めた。

「気になさらずに、さぁ、どんどん来ますよ。左から四人!」

「分かった!」

「マジか!?」

 ハンクとアーロンが異口同音に応じた。

「エルフ殿はさすが弓が上手いですね。憧れます」

 アカツキが言うとエルフは穏やかに笑った。

「ありがとう。あなたは良い方ですね。可愛らしくて勇敢で」

 ヴァンパイアが躍り掛かって来た。

「やらせるかあっ!」

 アカツキは思いきり剣を振るい敵を受け止めた。

 ぶつかり合った剣と爪から蒸気が上がっている。

「死ね、小僧!」

 ヴァンパイアが腕を振るう、アカツキはそれを避ける。十本の爪は十本の鋼の剣そのものだった。

 だが、単純な大振りに隙が生じたところを飛び込み、そのまま身体を剣で貫いた。

「ぐわっ!? アルテシオル様アアアッ!」

 断末魔の声を残しヴァンパイアは崩れ落ちた。

「アルテシオルだと?」

 ライラが言った。

「そいつが敵の頭目だろうな」

 ファルクスが応じる。

「隊列を組み直せ、二列縦隊で行く。エルフ殿は私と共に先頭を、しんがりはファルクス隊長だ」

 ライラの指揮に一行は素早く応じた。

 アジトは近いはずだ。アカツキは緊張を覚え、ライラの後ろ姿に従い進んだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る