暁伝 前哨戦17
ブライバスンという町がある。魔術師の地とも呼ばれ南西部に存在する。
古くからこちらもはぐれ者のヴァンパイアや同じくオーク達と対峙してきた。
アカツキ達、ファルクス分隊は、今、ブライバスン目指して行軍していた。総勢五百名の兵士達だった。神官戦士が三割ほどを占めているのは、ヴァンパイアに有効な聖なる魔術を使えるからである。ヴァンパイアはある意味では鋼の身体を持ち、傷つけられるのは聖なる魔術、聖水、あるいは火とトネリコの杭、銀であった。
ブライバスンに入ると魔術師ギルドの長、ゼーロン・ゴースとミノタウロスの王デズモンド、主要な人物達が現れた。町はヴァンパイアが隠れ潜むのを防ぐために見通しの良い小さな一階の平屋建てであった。
ゼーロン・ゴースは老人だった。だが、瞳や声に張りがある。ミノタウロスの王は大きかった。だが、アカツキは見慣れていた。更に南にあるウディーウッドが彼の故郷であり、ミノタウロスも出入りしていた。
故郷が目の前だがそんなことは関係が無い。大将のエルド・グラビスと、副将のライラ将軍がゼーロン・ゴースらと面会中に兵達は町を自由に見て回った。
魔術師と神官戦士が多い。
そうして一時間ほどして呼び戻された。魔術師ギルドの建物の前に整列していると先の尖ったトネリコの槍を渡された。それと聖水の小瓶を二つである。
オークは既に先の戦で全滅しているため、アカツキ達の役目は樹海に踏み入り、ヴァンパイアのアジトをつきとめる傍ら、奴らを抹殺することだった。
「樹海に入って正常な姿で戻って来た者はいない」
ゼーロン・ゴースが段の上に立ち、それでも隣のエルド・グラビスと同じ背だが、そう演説した。
「正常な姿で?」
兵士達が問うが、神官戦士やエルドらは分かっていたようだ。
「つまりは奴らの歯牙に掛かり奴らの仲間として新たな同胞を得るべくして戻って来る。早い話がヴァンパイアとして帰って来るということだ」
ゼーロン・ゴースが続けて言った。
「おい、じっちゃんよ! ヴァンパイアには火が効くって話じゃねぇか。樹海を焼いちまえばまとめて斃せるんじゃねぇのか?」
半裸の筋骨隆々の男ファルクスが臆することなく言った。
「この樹海は闇の者との国境を塞ぐ役割も果たしている。ここがなくなれば、この南西部までもが敵と対峙する戦争地域となってしまうだろう」
ゼーロン・ゴースが応じた。
「そういうわけだ。一同、我々はヴァンパイアのアジトを探し出し、遭遇し次第、奴らを退治する。明朝、夜明けと共に進出するぞ」
エルド・グラビスが言った。
町の外に天幕を張り夜を迎えた。
だが、ブライバスンの町は明るかった。どこもかしこも篝火が焚かれ、滞在中の魔術師、神官戦士らが見回っている。
この町が安心して夜を迎えるべく、ヴァンパイアを殲滅する。アカツキはかつてダンカン分隊長のもとにいた時に、ヴァンパイアのサルバトール子爵と戦ったことがある。たった一人で跋扈しその歯牙で一瞬にして軍勢を作り上げる勢いだった。
その後、暗黒卿が現れて……。
翌朝、日の出と共に一同はトネリコの短槍を持って、分隊になって樹海に踏み込んで行った。事前にコンパスを渡された。森で迷わず戻って来れるようにというわけだ。
横一列になって踏み入ったが、生い茂る木々のせいで早くも他の分隊との距離が開き、見えなくなった。
「ヴァンパイアは朝は活動しないんですよね? 寝ているところをやれば良い。何だ簡単な御仕事じゃないか」
サンダースが言った。
「サンダース、上を見ろ、木々の枝葉が陽を閉ざしている。ヴァンパイアは活動できるだろう」
ハンクが応じた。
するとサンダースの顔が青ざめていた。
「サンダース、そう怯えるな。隊長がいるだろう」
アーロンが元気づけると、サンダースは頷いた。
「隊長、頼みにしてますよ」
「ああ。頼まれた。だが、トネリコの槍だぁ? こんなもの使い難いだけじゃねぇか」
ファルクスは忌々し気に得物を一瞥した。
「聖水に武器を浸して置けば一定の間だけ剣もヴァンパイアに通じる武器となりますが、それは最終手段です」
ハンクが落ち着いた声で言った。アカツキは密かにハンクこそがファルクス分隊の副長の役だと思っていた。
「サンダース、わりぃ、俺、槍はからっきしでな」
ファルクスが言うと、サンダースは再び顔を青ざめさせた。
「おお、同胞!」
不意に若い男の声がし、振り返るとそこには兵士が立っていた。
「いやぁ、この森は複雑で仲間とはぐれてしまった。御同道しても良いかな?」
「ったく、困ったちゃんだな。良いぜ」
ファルクスが言った。
「ありがたい」
男は合流してきた。
だが、ハンクが飛び出し男に向かってトネリコの槍を繰り出した。
トネリコの切っ先が相手の鎧を掠めた。
「ギャー!」
男が絶叫する。鎧の隙間から蒸気が湧き出る。
「こいつは!?」
アーロンが驚きの声を上げる。
「ええいっ!」
男は両腕を振るった。爪が伸び、木々を切り裂いた。
「お前、困ったちゃんじゃなくて、敵ちゃんだったわけね」
ファルクスがニヤリとしてトネリコの槍を突き出した、が、敵の爪に圧し折られた。
敵の爪から蒸気が上がった。
「見たか、この薄闇の中なら我々にこそ分がある! 大人しく同胞となれば良かったものを! 死ね!」
「隊長下がって! アーロン様の槍衾を受けてみろ!」
アーロンが槍を繰り出す、それは敵の甲冑をドロドロに溶かし、身体を貫いた。
「ごはっ!?」
ヴァンパイアは途端に飛散した。サルバトールとの戦いで見た。聖なる力の前に灰となったのだ。
「アーロン、よくやった。しっかしこれで俺はマークツーを使うしか道は無くなったわけだなっと」
ファルクスは背中の剣を引き抜いた。
アカツキは不意に恐ろしいことを予期した。
「ファルクス、兵士がこの状態と言うことは、既にヴァンパイアの被害は出ているわけだ。油断できないぞ」
「アカツキの言う通りです、隊長。ヴァンパイアは行動を起こしています」
と、森の何処からか、おぞましい笑い声が幾つも幾つも聴こえてきた。
「ど、何処だ!? 何処にいる!? くそっ、大変な任務に割り当てられちまった」
サンダースが泣きそうな顔で言った。明らかにうろたえている。
「良いこと、考えたぜ」
ファルクスが言った。
「良いこと?」
ア-ロンが尋ね返す。
「おおいっ! ここに人間どもがいるぞ!」
ファルクスは大音声で呼んだ。
途端に森中から落ち葉を踏み締め駆けて来る足音が無数に聴こえた。
「隊長、あなた正気ですか!?」
サンダースが抗議するとファルクスは相手の肩を叩いて言った。
「サンダース、お前だって槍の名手だ。自信持てよ、アーロンがやったようによ」
そう言い、聖水の小瓶を開けて中身をマークツーの刀身に振りかける。
ヴァンパイア達が姿を現した。茂みから飛び出て勇躍している。
「そらあっ!」
ファルクスがマークツーを振るうと、敵は胴を斬られ真っ二つになりそれぞれ灰になった。
アカツキも女のヴァンパイアと対峙した。そういえば、ダンカン隊長に言われた。
「みんな、ヴァンパイアの目をまともに見るな、身体がマヒするぞ!」
そうしてトネリコの槍で相手を貫き灰とする。
ハンクが、アーロンが、サンダースが共に包囲を狭めてくるヴァンパイアと戦った。
明らかに数が多い。ファルクスは燃えているようだが、少しばかり分が悪いのでは無いだろうか。
その時だった。
「はあっ!」
風の唸りと共にヴァンパイアの背から腹を槍が貫いた。灰となって崩れ落ちた向こうにはライラ将軍がいた。
「閣下! 単身で来られたのですか!?」
ハンクが驚いたように言った。
「ああ、部下はエルドに任せてある。しかし、囮とは、アカツキ、お前の隊は豪胆な真似をするな」
ライラが頼もし気に微笑んだ。
ライラが加わり、ヴァンパイアの包囲網を六人がかりで切り抜けようとしたが、ヴァンパイアの断末魔の絶叫が新手を呼び寄せていた。
ファルクスは喜び、サンダースは絶望する。アカツキ含め他の者は怖気付くことなく冷静に槍を振るった。
木製の槍先が敵の鎧を掠めるだけで、内部にダメージを受けるらしく、部位から煙が上がったり、灰になったりした。
ライラの槍術は見事であった。そしてその横顔はやはり美しかった。アカツキも鼓舞されトネリコの槍を振るう。ヴァンパイアは爪を伸ばし刃代わりに振り回してきた。
ファルクスの時を見ていたように、トネリコの槍を切断する力を持っている。この槍は大切にしなければならない。アカツキは避け続け、ライラ将軍の背にぶつかった。
「アカツキ、おまじないをしてやろう。剣を出せ」
アカツキは言われた通り素早く父の形見ビョルンを引き抜いた。
「聖なる力よ、刃に宿れ!」
ライラ将軍の声と共にビョルンの刃は白い輝きに包まれた。
「アカツキ、敵が来ているぞ! その剣ならば通じる!」
「はいっ! キャアアアッ!」
アカツキは奇声を上げて爪を振るう敵に襲い掛かった。
一振りで左手の爪を破裂させ、二振りで右手の爪をボロボロにする。
絶望する男のヴァンパイアの顔に剣を突き刺した。
声を上げることも無く、ヴァンパイアは灰になった。
「皆、得意な武器を。聖なる力を付加する」
ライラが言い、全員がトネリコの槍を捨て、得意の得物を差し出した。
それらは白き輝きを帯びて聖なる武器へと姿を変えたのだった。
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