暁伝 前哨戦4

 アカツキの咆哮、ファルクスの笑い声、鉄のぶつかる音が演習場に木霊し、既に一週間経っている。

 その気迫に何事かと各分隊が興味津々に訪れていたが、今はもう馴染んだようで野次馬はいない。問題なのは残りの三人の隊員だ。彼らと親睦を図ろうとアカツキなりに近づいたが、相手は揃って、ファルクス隊長が全部持ってくから心配いらない。というばかりであった。

 この人達とは分かり合えないな。

 アカツキは腑抜けどもを放って置き、ファルクスに続いて五千の素振りを、脱落と復帰を繰り返しながら続けていた。

 例によって深夜、赤竜亭で食事を取った。

 今度は自分に奢らせろと事前にアカツキが迫ったため、ファルクスは了承した。

 ファルクスは生き生きとしていた。そして彼の率いる隊員達の態度、まるで差があり過ぎる。

 アカツキは茶を啜り咽た。

「何だ、これ」

「昆布茶だよ。アカツキちゃんの口には合わなかったようだな」

 ファルクスは笑うと普通の茶を頼んだ。

「昆布ってあの海洋植物のか?」

「かいようしょくぶつ?」

「海に生えてる草の?」

 アカツキは合点がいかないような顔をしたファルクスのために分かり易く言った。

「そうそう、その昆布だ」

「よくもまぁ、こんな物をお茶にしようだなんて考えたもんだな」

「俺は美味いと思うぜ。つまみを食ってるような感覚でさ」

 ファルクスはそう言うとアカツキの昆布茶を煽る。そしてゲップをして尋ねて来た。

「何か話があるんだろう、アカツキちゃん?」

「ああ。他の隊員との間に溝が出来ているように思う。というか、できてる。それに彼らはろくに訓練もしない。いざというとき連携が取れなくなるぞ」

 するとファルクスは短く笑った。

「良いんだよ。敵なんて奴は俺がまとめて斃しちまえば。現にそうなってる」

「それで良いのか、お前は?」

「ああ」

 アカツキが問うとファルクスは驚くほど迷いのない顔で頷いた。

 だったらこれ以上追及するのは無駄だな。

 アカツキは残りの飯を平らげた。

 だが、本当にこれで良いのだろうか。

 その思いは結局アカツキの胸に巣くうわだかまりとなって残ったのであった。

 翌日赴くと、見慣れぬ人物が屋外演習場を訪れていた。

 そのいで立ちが奇抜だった。何という動き難そうな衣装だろうか。そしてあれは噂に見る刀か。

 待てよ、ってことは、真剣で!?

 アカツキは慌てて駆けたが、見物していた他の分隊長に捕まった。

「邪魔しちゃいけない」

「で、ですが」

「心配いらない、あのお方なら」

 ファルクスともう一人の男はグルグル周りながら互いに間合いとタイミングを探り合っている様子だった。

 そして顔を見てアカツキは思った。服もそうだが、顔はもっと奇抜、いや、奇妙だった。

 白塗りの顔、円い眉毛、口はまるで女のような紅をしている。

 何だ、この男は? 大道芸人か?

 するとファルクスが飛び込んだ。

 アカツキには見えなかった。奇抜な男の手から刀が鞘走ったところを。まるで影だ。そうして頑丈さなら随一とも思われる両手剣を、ファルクスの剣を圧し折っていた。

「相変わらず、こらえ性が無いでおじゃるな」

 奇抜な人物が言った。

「待つのは苦手なんだよ」

 すると観戦していた兵達が歓声と口笛を鳴らした。

「芳乃のおっさん、また相手してくれよな」

「良いでおじゃるよ。では、麻呂はこれで失礼いたすでおじゃる」

 そう言って「ひょほほほ」という得体の知れない笑い声を残して演習場から去って行った。

「よう、アカツキちゃん」

 ファルクスがこちらを見て手を上げた。

「ファルクス! 何で真剣でなんか、しかもあの奇妙な奴、タダ者では無かったぞ。何者だ?」

「ああ、あれは芳乃のおっさん。いちおうって言っちゃ失礼か、将軍だぜ。普段はアビオンにいるんだけど、たまにこうして遊びに来てくれる」

「将軍だったのか。俺はてっきり大道芸人かと」

 アカツキはそう言い驚きを隠せなかった。

「機会があったらお前も相手をして貰えば良い。東方の居合ってやつは凄まじいぜ」

 ファルクスは折れた剣を見て言った。

「さて、今日の訓練はこれまでだ」

 ファルクスが言うと三人の隊員は短く応じて去って行った。

「おい、態度というものがあるだろう!?」

 アカツキはその背に叫びながら、ため口で分隊長ファルクスと話している自分を思い出し、それ以上は言えなかった。

「放って置け。それより、アカツキちゃん、武器選びに付き合ってくれ」

「何だ、傭兵じゃあるまいし、支給品のもなかなか良いのが揃ってるぞ」

 アカツキが言うとファルクスは溜息を吐いた。

「ロマンを求めなきゃ戦士はやってけないぜ、生真面目ちゃん。この間の報酬、お前とは別口に金も入って来たんだよ。ここいらで俺の折れない本気の相棒を見付けようと思ってな。来てくれるよな?」

 そう問われアカツキは頷いた。

 そういうわけで二人は城下町へ出た。昼の城下町は久しぶりだった。普段見ることの無い子供に、老人の姿もある。前線だというのにこれほどの力を持たぬ人々がたくさんいる。彼らがいるからこそ俺達は戦える。アカツキは改めてそう思い直した。

「よぉ、ファルクスの大将」

 屋台が連ねるここは軽食が出来る場所らしい。色々な料理のにおいが鼻孔を刺激する。そんな中、一人の青年が声を掛けてきた。

「お前を探してたんだ」

 ファルクスはそう言うと、銀貨を二枚右手の親指で連続で弾いて相手に渡した。

「へへへ、ありがとうございやす。それでどんなご入用ですか?」

「剣を探してる。両手持ちの剣だ。どこかで良い噂は無いか?」

 ファルクスが言うと青年は頷いた。

「へへへ、それでしたら西にあるアーク武具店をお訪ねになられたら良いかと。近頃、あそこは両手持ちの剣の入荷に力を入れてます」

「そうか、ありがとな。またそのうち世話になる」

「へへへ、こちらこそ毎度ありです」

 青年はそう言うと雑踏の中に姿を消した。

「今のは?」

 アカツキが問うとファルクスは言った。

「情報屋だ。この城下のな。ヴァンピーアは広いからな、そうそう訓練を中止にするわけにもいかねぇし、だったら最初から的を絞って行った方が良いだろう?」

 アカツキはその答えを聴いて口をあんぐり開けた。

「何だ、その面は?」

「いや、お前も考えるんだなと思って」

「へっ、まぁ、そういうことだ」

 ファルクスはそう言うと歩き始めた。

 と、いっても彼の言う通りヴァンパイアロードの都だったこの城下は広い。西にも様々な武器屋がある。そんな時ファルクスは若い女に道を尋ねていた。

 半裸の鍛えこまれた肉体と端麗な顔に女達は驚き喜んで道を教えてくれた。

「ねぇ、その子を抱きしめさせてくれない?」

 妖艶な若い女がアカツキを見て言った。

「良いぜ」

「お、おい」

 だが女は早かった。思いきりアカツキを抱きしめた。石鹸の香りがした。

「モテるね、アカツキちゃん」

「勝手に了承するな」

 二人は再び行きかう人々の間を縫うようにして歩き始めた。

 前方に幟が見える。アーク武具店と記されていた。

「着いたな」

 アカツキが言うとファルクスはニヤリとした。

 中を覗くと既に傭兵らしき厳めしい人物達が物色を始めていた。

 だが、入り口で動かぬ者達が数人いた。カウンターの上に一振りの大剣が飾ってあった。

 シンプルな作りだ。だが、頑強そうなイメージを持つ。柄に何やら文字が筆記体で記されていた。

「芳乃のおっさんに折られない剣だな、あれは」

「ああ、だが」

 値が張っている。それもそのはず、戦う男なら誰だって憧れ知っている鍛冶工スリナガルの作品だった。

 傭兵達が話している。

「さすがスリナガルの作品だ。俺じゃ手が出ねぇ」

「まったくだ」

 そう言って新たな相棒を探しに店の奥へ入って行く。

「剣の名前はクレシェイドマークツーか。変な名前だが」

 ファルクスは膨らんだ革袋をカウンターの上に置いた。

 店主が驚いたようにこちらを見る。

「その剣は俺が買う」

 ファルクスは言った。

「ああ、は、はい、ありがとうございます」

 店主はそう言うと革袋の中を確かめた。

「少し多い気がしますが?」

「やるよ。その変わり、俺、ファルクスか、このアカツキが客で来たときは優遇してくれよな」

「分かりました」

 誰も見ていない中、こうして名剣は売れたのだった。先ほどまでこの剣を眺めていた傭兵達の驚く姿が目に浮かんだ。

 帰り道、ファルクスは鞘に収まった剣を浮き浮きしながら眺めていた。ずっと笑顔であった。

「俺が同行した意味は無かったな」

「そう思うかい、アカツキちゃん?」

「違うのか?」

「町での歩き方が分かっただろう。無駄に散策したいなら別だがな。それに若い女に抱かれて良かったんじゃないか? 今度娼館にでも寄るか?」

「寄らない。お前はそういうところ行くのか?」

「いいや。剣と筋肉と食い物さえあれば俺は良い」

「なら言うなよ」

 するとファルクスは笑った。

「ところでその剣の柄に書いてある文字だが、何なんだ?」

 アカツキが問うとファルクスはかぶりを振った。

「ルーン文字ってやつだろう」

 彼は答えた。

「じゃあ、魔法の剣ってわけか?」

「さぁな」

「お前は魔法の剣とか嫌いそうだと思ったんだが」

「そうだな。だが、こいつには惹かれるものがあった」

「今からでも戻って店主に効果の方を訊いてくるか?」

 アカツキが問うとファルクスはかぶりを振った。

「良いさ、どういう力があるのか自分で気づけた方が面白い。その時はお互い大いに驚こうぜ」

 そうして二人は兵舎へ戻ったのであった。

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