暁伝 前哨戦2

 戦は終わった。それぞれの作業や持ち場に戻るところだが、ヴァンピーア前面の原野では、戦の犠牲者の運び出し作業が続けられていた。

 ある時アカツキは分隊長のカルロに呼び止められた。

「お前は城へ行け」

 遺骸を運んで集める作業をしている中、そう言われアカツキは少しばかり驚いた。

「警備ですか?」

 アカツキが問うとカルロは生真面目な顔で言った。

「お前、敵将の首を取っただろう。手柄を立てたんだ。城から太守殿の使いが来ている。速やかに登城するようにとな」

 そうしてカルロはニヤリとしてアカツキの肩をバシリと叩いた。

「カルロ分隊としても名誉なことだ。行って来い」

「は、はい」

 アカツキは鎧姿のまま城へ走った。

 城下は幾度も続く危難を乗り越えたことでいつもどおり有頂天になっている。バルバトス・ノヴァーが太守である限り、ヴァンピーアは陥落しない。そう誰も口走り帰投してくる兵を迎え喜び労った。

 アカツキも民衆から祝福の声を掛けられたが、聴いているようでそうでなかった。

 俺が表彰される?

 討ち取った敵将グシナンテスの首は既に上の者に預けている。

 上の空で彼は浮かれる城下を進み、城門を潜ろうとした。

「そんな汚い身なりで行く気か? 父親と似て人一倍綺麗好きなお前らしくも無い」

 そう声を掛けられ、前にアジームが立った。

「あ、教官。そ、そうだ、あの時は助けていただいてありがとうございます」

 真紅の外套を纏い老いて尚勇壮な姿にアカツキは恐れ入った。

「若気の至りとはいえ、命は一つしか無いんだ。お前が失敗する限り何度も言うが無謀と勇気は違うぞ」

「はい、心得て置きます」

 するとアジームは真紅の外套を脱いでアカツキに渡した。

「それを着て行け。よくやったなアカツキ」

 そう言われ、アカツキは初めて功を立てた実感が湧いたのだった。

「ありがとうございます、教官」

「うむ、ではな。俺の教え子なんだ。将軍共に遠慮する事は無い。堂々として行けよ」

 アジームを見送り、アカツキは途端に緊張と武者震い二つを覚えた。バルバトス・ノヴァー太守から褒美を渡される。太守殿は気さくで庶民的だが、威厳もある。見事な容貌もあるが、特に溌溂とした声が皆を安堵させ、勇気付ける。素晴らしい人間だ。王として仰ぎたいぐらいに。

 アジームから貰った真紅の外套に身を包み城内へ踏み入ったが、どこをどう進んで良いのか分からなかった。歩哨として外壁に立ったことはあるが城壁に立ったことは無い。

「よぉ、お前か」

 不意にかけられた声にアカツキは当然振り返った。

 見覚えのある男だ。上半身を裸にし、たくましい胸の前で剣帯を結び付けている。得物の柄は肩越しに覗いていた。

「忘れちまったのか。俺は覚えてるぜ、アカツキちゃん。ファルクスだ」

 ファルクス。そう言えばそんな名前だったと思い出した。

「ファルクスさん」

「呼び捨てで良い。お前も功を立てて太守殿に呼ばれた口だろう?」

「ええ。いや、そうだ」

 慌てて下手に回るのを止めた。

「俺も呼ばれてるんだ、案内してやる。不慣れだろ、行こうぜ」

 アカツキはファルクスに先導され、城内を歩いた。

 ここがかつてヴァンパイアロードとそのしもべ達が巣くっていた城か。そしてヴァンパイアロードはバルバトス・ノヴァーに討たれた。侍女が、兵士が風変わりな目線をアカツキ達に向けてくる。ファルクスは半裸で、自分は若干十六歳に見合わない真紅の外套姿だ。奇抜かもしれない。

 だが、ファルクスは堂々と歩いている。

「無限回廊……」

 アカツキはこの城で冒険者達を阻んだ、仕掛けを解かない限り幾ら進んでも最初に戻ってしまうという噂の廊下の名を口にした。

「今、歩いてるぞ」

 ファルクスは笑いながら言った。

 見れば回廊を解くカギである燭台全てに火が灯っていた。

「これ、火を消したらどうなるんだろう」

「そりゃ、太守殿の待つ玉座へは着けないだろうな」

「向こうからは?」

「来れる。不思議なもんだよな」

 ファルクスはそう言うと笑った。自分よりも年上で偉丈夫の先輩兵士にアカツキは見入り尊敬した。俺もこれだけ堂々としていたい。だけど、太守殿や将軍達の前で半裸でいられるほどの方の度胸はいらないがな。

 苦笑していると、煌びやかな華のある鎧に身を包んだ近衛兵達が位置に就いていた。

「よう、ファルクス。待ってたよ。後ろの不格好なのは誰だ?」

 中年の近衛兵が姿勢を正しながら近づいてきて尋ねて来た。

「こいつはアカツキだ。今回、敵将を討つ手柄を上げたんだ。通してくれるよな?」

「そうだったか、貴公がな。おめでとう青年」

「は、ありがとうございます」

 アカツキは一礼した。

「二人とも近衛に抜擢されることを願ってる」

「そんなことをしてみろ、最前線はガッタガッタになっちまうぞ」

 ファルクスが言う。

「全く、大言壮語を吐くよな。通ってよろしい」

「ありがとよ」

「ありがとうございます」

 ファルクスとアカツキはそれぞれ礼を述べると、玉座へ続く長い階段を歩み始めた。

「お前、近衛になりたいか?」

「考えたことも無い」

「なりたいなら、俺が一言口添えしてやるぞ」

 アカツキは少し思案して断った。

 近衛は後方で総大将を守護するための部隊だ。

「俺は剣を振るっていたい。隊長や親父のためにも」

「良いね、気に入ったぜ」

 ファルクスがそう言うと大きな扉の前に来た。この奥がかつてヴァンパイアロードが座していた玉座だ。今はバルバトス・ノヴァーが座っているはずである。アカツキはファルクスの登場に忘れかけていた緊張を覚えた。だが、アジームの声が甦り、覚悟を決めて前を向いた。

「ファルクスとアカツキだ」

 扉を守護する近衛兵は五人いた。やはり華のある鎧に身を包み、荘厳さを感じさせる穂先が鏡の様な槍を手にしていた。

「話は聴いている。扉を開けよ」

 近衛兵が左右に扉を開け放った。

 途端に空気が変わった。

 厳粛な空気だ。汗さえ凍りそうな寒い震えが来る。だが、そんな思いも真っ直ぐ前に段の上に立っている人物の声によって一気に楽になった。

「おう、ファルクス、アカツキ、二人ともよく来たな」

 バルバトス・ノヴァーがそう言った。

 ファルクスが先に一歩踏み出す。アカツキも後に続いた。

 居並ぶ将軍達の目線に射抜かれまいとアカツキは背筋を正して歩いた。

「両名の者よ、跪くがよい」

 バルバトス・ノヴァーが言い、ファルクスもさすがに言う通りにし、アカツキも倣った。

「ファルクス分隊長、此度の戦で類稀なる活躍をしるし、貴公に近衛兵への地位を授けよう」

 すると将軍達が拍手を送った。

「いや、俺はそんなものに興味はない」

 ファルクスが言った。そして面を上げて言い放った。

「俺への報酬はこのアカツキで良い。昇進するときは一緒だ」

「ほぉ」

 バルバトスが思わずそう声を漏らし、アカツキの方はファルクスの言葉に驚いた。

「出しゃばるでない、分をわきまえぬか! その恰好だけでも本来なら無礼だぞ」

「フフハハハッ、将軍さん達よ、覚えて置いてくれ、俺の服は筋肉だとな」

 ファルクスはそう言ってのけた。アカツキは思わず諫めようとしたが、バルバトスの明朗な笑い声が先に制した。

「ファルクス、お前は目の付け所が良いぞ。アカツキは今は亡きダンカン分隊長の秘蔵っ子だ」

「ダンカン? あの、暗黒卿に一太刀浴びせた、あのダンカンか!?」

 ファルクスが驚愕の声を上げて立ち上がる。

「身をわきまえよ!」

 将軍達が言うがファルクスはかまわずアカツキを振り返って外套の襟首を両手で掴み上げた。

「お前、あのダンカンと一緒だったのか! 何で最初に言ってくれねぇ! いや、ますます気に入った」

 そして玉座へ向き直り言った。

「太守殿よ、こいつは俺が貰う」

 そこでアカツキは思わず声を上げた。

「いや待てファルクス殿、俺、いや、私にはカルロ分隊という立派な隊がある、それを簡単に捨てるわけには」

「アカツキ、カルロには俺の方から言っておく」

 バルバトスが言った。

「は、はっ。ですが」

 将軍達の中でも特に尊敬している神官戦士エルド・グラビスの銀一色の鎧兜姿を見付けて、見惚れた後、アカツキは跪いた。腰に提げているのが教会から贈られたという神の剣、飛翼の爪なのだろうか。

「よし、ファルクスの功にはこれで報いた者とする。アカツキ、次はお前だ。前に出よ」

 アカツキが進み出ると、将軍達がダンカンの名を口にしていた。最強の敵、暗黒卿を傷つけた人物はただ一人、アカツキの以前の分隊長であるダンカンしかいないのだ。その声望は一分隊長としても高いものだった。

「アカツキ、お前はファルクスの物になってしまったな。だが近衛に抜擢するよりもお前の剣は前線でこそ光るだろう。あのイージスの子にしてダンカンと時を駆けた者なのだからな」

 再び跪くとバルバトスが思案気に言った。

「よし、金を取らせよう。金は幾らあっても困らんぞ。それで手を打ってくれ」

「は、はいっ!」

 アカツキは声を上げた。

「よろしい、両名とも下がるがいい。アカツキの配属先は追って伝えられるであろう」

「はっ!」

 アカツキはそう言うと立ち上がり、既に背を向けているファルクスの後に続いて行った。

 背後で扉が閉められる。

「アカツキ、今日から俺の隊だ」

「いや、まだ配属先が告げられない以上、俺はカルロ隊のアカツキだ」

「義理堅いな。もしかして怒らせちまったか?」

「いや、そういうわけではない……。近衛になるよりはマシだ」

「だろう? ハッハッハ、さすがは俺が見込んだ男だ」

 ファルクスは笑い声を上げてバシリバシリとアカツキの背を叩いた。

「さて、俺と手合わせでもするか?」

 そう言われ、アカツキは心残りだったことをすべきだと判断しかぶりを振った。

「悪い、人に会う用事があるんだ。案内ありがとう」

 アカツキは革袋に入った大金を持ち、ファルクスの前から去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る