暁伝 ー前哨戦ー

刃流

暁伝 前哨戦1

 オーガー族のバルドが去り、女性であるカタリナ分隊長が育児のために兵士を辞めた。

 ゴブリンのゲゴンガも亜人の消えたヴァンピーアには居づらくなったようでヴァンピーアから引き上げていった。

 残ったのはアカツキと先輩のフリットだ。かつてはダンカン隊とも言われていた分隊は呆気なく解散になった。

 だが、これで良かったのかもしれない。ともアカツキは思う。偉大なる隊長ダンカンがあってこその隊だった。彼が戦死した後にも隊はカタリナ隊として、変わった。カタリナ分隊長は女性だが強かった。刃の反対側にノコギリ状の刃のついたセーガという両手剣を使いこなしていた。そんな彼女はダンカンの忘れ形見を身に宿していることを明かした。

 ダンカン隊長は言ったらしい。男ならラルフと名付けてくれと。

「どうした、アカツキ?」

 先輩の優男風のフリットが尋ねて来た。

 アカツキは我に返った。

 考えていたのはダンカン隊長が自分を庇うようにして死んでいったことだ。いつも脳裏を過ぎる。

 父、イージスの仇でもあった、闇の勢力最強の戦士、暗黒卿。奴にダンカン隊長は殺された。いや、あの時自分があんなことを言わなければ。

「じゃあ、誰がやるんです?」

 この一言が隊長の生来の真面目さに火を付けてしまったのだろう。

「俺が」

 そう言いダンカン隊長は暗黒卿に奇跡的な一撃を入れたが凶刃に貫かれた。

「アカツキ?」

 フリットがもう一度声を掛けてきたのでアカツキは再び我に返った。

「何ですか?」

「次、お前の番だぞ」

「あ」

 見ればアジーム教官が槍を手に待っていた。

「すみません! アジーム教官、御覚悟を!」

 アカツキは練習用の刃の潰れた両手剣を提げてアジームへ打ちかかった。

 アジームは初老の男だが、歴戦の兵で、アカツキも兵卒になる前まではかなり世話になった。

 繰り出される槍を避け、受け止め、アカツキはどうにか間合いに入ろうとしたが、その前に槍先に胴を打たれていた。

「アカツキ、もう一度、鍛え直した方が良いかもしれんな」

 アジームはそう言った。

「俺もそう思います」

「まぁ、良い。次」



 二



「やっぱり考えてるのか?」

 兵舎の食堂でフリットと向き合って座っていた。

「ダンカン隊長が死んだのはお前のせいじゃない。いや、お前だけのせいじゃないと言った方が正しいか。俺にもカタリナ隊長にも、ゲゴンガにバルド、それだけじゃない、バーシバル小隊長、バルバトス太守、その場に残っていた他の兵士達、全員に責任がある。一人で背負い込むな。俺はな、隊長の死を糧にしてるつもりだ。次の戦で敵将の首を取って昇進を狙うつもりだ」

「タンドレスさんとは良いのですか?」

 アカツキはフリットの婚約者について尋ねた。コロイオスの補給隊に所属し時々現れる。

「昇進を土産に結婚するのさ。新しい分隊だが、お前と一緒なのは正直嬉しい」

「ありがとうございます」

 その時だった。

「敵襲!」

 入口で一人の兵士が声を上げた。

 広い食堂中に緊張感が走り、兵の誰もが立ち上がり入口へと駆けて行く。

 アカツキとフリットも続いた。

 共同部屋に戻り、父から引き継いだ両手剣その名もビョルンを腰に提げ、鎧兜に身を覆ったアカツキは廊下に飛び出て他の兵達と並んで兵舎を抜け、町の人々が左右に開けた道を行き、ようやく城門に達し、集合したばかりで整っていない隊列を見回した。

 息を弾ませながら見渡す。

 俺の新しい分隊は。

「ここだ、アカツキ!」

 フリットが手を上げて呼んだ。

「なかなか早いな、お前達。ダンカンの隊だったと聞いたが、さすがだな」

 新しい分隊長のカルロが言った。カルロ分隊長は一見すればならず者風の厳つい顔つきをしていた。支給品の鎧兜が不釣り合いで、剣もまた似合わなかった。斧なら似合っただろうか。

 だが、ダンカン隊長を褒めてくれるだけで、好きになれた。

 小隊長が、中隊長が、大隊長が声を張り上げた。隊列を整えてゆく。

「リゴ、アビオン、コロイオスの援軍が来るまで耐え抜け!」

 発せられた言葉は防衛線の常套文句であった。闇の兵は精強だ。何せ、向こう側は今も群雄割拠、血で血を洗う戦いをしている。修羅になった者達だ。対する光側は、調練は欠かさないものの、やはり場数が足りないためか、どこか弱い。堅陣を組み数で押し切るのがいつものやり方だ。

 兵達が静まり返る。

 程なくして、馬蹄が鳴り響き、アカツキも兵と兵の間から闇の軍勢が夕陽の下を攻めてくるのが見えた。

 展開している兵は敵の方が多い。その光景は見慣れたものだ。それはそうだ、城を取るのと言うのだから、よほどの自信家や軍師がいない限り数の上では有利でなければならない。自分達が敵勢を攻めるときも同じことだった。

 左右の肩を叩かれた。

 分隊長のカルロとフリットだった。二人は励ますように笑っていた。

 深刻になり過ぎていた。命令通り援軍が来るまで耐え抜けば良いだけの話だ。

 隊列の半ばでアカツキは二人に頷き返した。

「我こそは、アムル・ソンリッサが将、モーザンビク。出でて我が剣の相手になる胆力のある者はおらぬか!?」

 到着したばかりの大海のうねりの様な大軍勢を背に騎馬の敵将が進み出て名乗りを上げた。

「どれ、相手になろう!」

 そう朗らかな声を上げて疾駆したのはバルバトス・ノヴァー、ヴァンピーア太守だ。総大将だった。

「バルバトス殿! 何度言ったらお分かりなるのだ、貴殿は総大将だぞ!」

 その後を同じく騎馬が追う。神官戦士にして猛将エルド・グラビスだった。

 だが、エルド・グラビスが追いつく前に、一騎討ちは始まり、バルバトス・ノヴァーが首級を上げた。

 こちらの兵達は鬨の声を上げた。

「太守様万歳!」

「さすがは太守様!」

「偉大なる背中!」

「英雄バルバトス・ノヴァーの後に続け!」

 すると闇の軍勢が同じくそれに勝る咆哮を上げて進軍を開始した。

 バルバトス・ノヴァーのことをエルド・グラビスが必死に連れ戻していた。

「騎馬隊突撃! 敵の動きを止めるのだ!」

 後方のおそらくは東側で声が上がり、騎馬の軍勢が飛び出して行く。

 両軍がぶつかり合う。

 声の嵐、鋼の打ち合う音、馬の嘶き、アカツキは後方でそれらを聴きながら父親の形見である両手剣を握りしめていた。

 矢が頭上を飛び交う。秋のイナゴの群れの様だ。運の無い者が貫かれ斃れる。

「前列交代!」

 次々繰り出される新手。先の様子が見えてきた。血と屍の支配する地獄絵図が広がっている。

「良いか、お前ら、絶対に死ぬなよ!」

 カルロが言った。

「前列交代!」

「そらぁっ!」

 アカツキは咆哮を上げて血の溜まりの中へ足を踏み込んだ。

 振り下ろした剣は魔族の兵卒に受け止められる。

「そらそらそらそらぁっ!」

 アカツキは吼え、次々剣を打ち込む。

 敵の剣は傷つき歪み始めた。

 それだけで疲労する。呼吸が荒くなり、打ち込みも緩慢になる。

「隙あり!」

 敵が剣を突き出した。

「ぬうっ!?」

 アカツキは辛うじて返す刃で弾き返した。

 敵の手から得物がすっぽ抜けた。

 愕然とする敵兵のそれが最期の顔だった。

 アカツキは剣を薙いで首を刎ねた。

「前列交代!」

 声が上がる。

「交代だ、アカツキ」

 フリットが言った。

「ええ、先輩」

 二人は下がった。

「相変わらず怖いほどの打ち込みだな、お前」

「魔族は精強です。そうじゃなければ俺の首が飛んでいたでしょう。ただ、今の間に討ち取った首級は一つです。俺もまだまだですね」

 アカツキは呼吸を整えながら言った。

「先輩こそどうなんです?」

「俺は二つ取った」

「さすがは、やりますね」

 アカツキはフリットを讃えた。

 後方に来れば気楽なものだった。数がいる間は。

 今から半日粘らなければならない。

 半日後にはリゴの援軍が到着するだろう。いつものことだ。それまでは俺達が砦だ。

 アカツキは十を超えるほど前線に出された。

 弓矢の贄ともならず、今も生き残っている。

「うおおおっ!」

 突如前線を黙らせるほどの咆哮が上がった。

 巨大な影があった。

「非力な人間ども聴け! 汝らにこの魔族が将グシナンテスを斃せる者はいるかあっ!」

 唸りを上げて戦鎚がこちらの兵を弾き飛ばす。凄まじい音を上げて鎧武者達が転がる。彼らのほとんどが起き上がらなかった。死んだのか、気絶したのか。

「ヤバそうなのが来たな」

 フリットが言った。

「怖気付いたか!? フハハハハハッ!」

 哄笑する魔族の者達を見て、アカツキは列を抜け出て歩んでいた。

「アカツキ!?」

「おい、アカツキ!?」

 カルロとフリットの驚きの声が聴こえた。

「ん? 何だ、ガキか。お前なんて家に帰って――」

「死ねええええええっ!」

 アカツキは躍り掛かった。

 剣を相手は鎚で受け止める。

「デカいだけでやれると思うなよ!」

「威勢だけは良いな、一発で沈めてやる」

 アカツキの全身を駆け巡っている血が熱くなる。

「そらあっ!」

 敵が鎚を振り下ろす。

 アカツキはそれを避ける。凄まじい風圧が彼の兜を吹き飛ばし、癖のある金色の髪を揺らめかした。

 アカツキは鎚の上を走った。

「何っ!?」

「だありゃっ!」

 気合一閃。敵将の太い首の半ばまで剣は突き刺さった。

「ちいっ!」

 白目を剥きもはや死に逝くだけの頭に足を乗せ、思いきり剣を引っ張って抜いた。

 一瞬どよめきが走った。

「兵卒が将を倒したぞ!」

 こちら側から嬉しい声が上がる一方。

「グシナンテス様がやられたぞ!」

「良くやったアカツキ!」

 カルロが側に来て言った。たかが風圧で兜は歪んで使い物にならなかった。矢が当たらないことを祈るばかりだ。

「それ、戦闘は終わっていないぞ!」

 カルロの声に一部で静まり返っていた戦場に再び火花が咲く。

 敵将の首はフリットが手を貸して切断してくれた。

「オーク並みだな。懐かしい」

 下がりながらフリットが手を叩いた。

 アカツキはグシナンテスの首に短剣を突き刺し、腰に括りつけた。魔族の血が具足を緑色に染め上げた。

「ツッチーこれにあり! リゴより、救援に参った!」

 リゴ村の軍勢が合流した。

 多少大きくなったが、まだまだ魔族の軍勢には及ばない。しかし、勇将ツッチーの声に鼓舞される者は多くいた。負傷した兵も前線へ戻るほどの勢いだった。

「おい、お前か敵将を討った兵卒ってのは?」

 一人の黒髪の若者が尋ねて来た。篝火が照らす。自分よりも五歳ぐらい年上だろうか。兜を被らず、上半身が裸で背中に回っている剣帯を胸の上で止めていた。

「ええ、そうです」

 この人物は同じ兵卒なのか? それとも分隊長か? アカツキは一瞬戸惑った。

「おお、そのデケェ首がそうか。俺はファルクス。お前は?」

「アカツキです、ファルクス殿」

「呼び捨てで良い。こいつは俺も負けてられねぇな。そんじゃ、あばよ、アカツキちゃん」

 ファルクスは自分の持ち場へと戻って行った。

「アビオンとコロイオスも次期に来る。それまでみんな、耐えよ!」

 総大将バルバトス・ノヴァーの声がどこからから聴こえた。

 真夜中に入ると魔族は更に勢いを増した。

 こちらとしては視界が効かず、ただ打ち合い立ち止まっている他ない。

 アビオンの軍勢が到着を告げた。

「前列交代!」

 アカツキは再び前に出た。

 前が見えない。

「そら」

 カルロが炎の灯った松明を投げた。

 火が魔族の兵士を照らした。

「はああああっ!」

 アカツキは腰だめに剣を構え、敵に突進した。

 敵は鎧を打たれ、その衝撃で倒れた。

 暗黒卿はダンカン隊長の鎧ごと貫いた。俺には無理なのか。

 新手を相手取り、剣を打ち込み、胸甲を割る。

 ここまではできるようになった。ここから先へ俺は進みたい!

 気合一刀、魔族の兜を打ち、相手は倒れた。そこへ追い打ちに首に剣を突き出し地面に縫い付ける。残酷だが戦争だ。こいつに情けをかけたがために誰かが死ぬなんてことにはなって欲しくはない。

「おう、敵将の首を取ったのか。頑張ったな」

 後方に引き上げると緊張を和らげるような素晴らしい声が届いた。

 篝火が照らしているのは、ヴァンピーア太守バルバトス・ノヴァー、総大将その人だった。

「太守殿!」

 アカツキは慌てて跪いた。

「誰かと思えばアカツキか! よくやったな! ダンカンと、イージスが喜ぶ」

 バルバトスとはダンカン隊長が戦死した戦で撤退を共にしたことがあるため面識があった。

「ありがとうございます」

「その調子でどんどん昇って出世して来い。待ってるぞ」

「はいっ!」

 バルバトスは去って行った。

「太守殿と顔見知りなのか?」

 カルロが尋ねて来た。

「そんなところです。あまり深く関わった訳ではありませんが」

 戦は続いている。今のうちに剣を染める血を拭い、少しでも切れ味を取り戻そうとした。盾を掲げ矢を防ぐ。幾つかが刺さり、兜を失って以来初めて恐怖を覚えた。

 そうして縮こまりながら息を長くして戦い、夜が明けた。

 戦場は更に過酷な様相を示していた。

 敵味方斃れる者の中、死体と血を踏み付け互いに競っている。

 コロイオスの援軍がまだ来ない。

 全身疲労していたが、いつものことだ。何もかもいつものことだ。

 いや、一つだけ違う。自分が敵将の首を取ったことだ。その首は未だにアカツキの腰にぶら下がっている。正直言えば動きにくかった。

 明るくなれば視界も開きこちらも強気に出られる。

 疲労はしているが、不思議なことに身体はまだまだ動く。興奮しているのだろう。

「前列交代!」

 飛来する矢の雨の中、アカツキが出るとフリットが兜を渡してきた。

「お前、度胸があると言うのか向こう見ずというのか、とりあえず迂闊だぞ。被っとけ」

「ありがとうございます」

 戦死した兵の兜だろう。この兜の主の意思も継ぎ、俺は暗黒卿を討てる男になりたい。

「乱戦にだけはさせるなよ! 各自持ち場を固めて戦え!」

 どこからかバーシバル小隊長の声が聴こえた。

 列は次々進んで行く。慣れた光景だ。

 アカツキは呼吸を整え、ギラリと輝く剣に祈りを捧げた。

 父の剣よ、俺に敵兵百人を斬れる力を与えたまえ。

「前列交代」

「いくぞ、みんな!」

 カルロの声が轟いた。

「応っ!」

 アカツキは飛び出した。

 気合一刀で魔族の兵卒の腕を落とし、庇うようにして入って来た新手と剣を交えた。

「なっ、グシナンテス様の首、必ず取り戻す!」

「やれるものならやってみろ! 俺の名はアカツキ!」

「我が名はホロ。あの世で将軍に詫びて来い!」

「貴様が逝け!」

 アカツキとホロは互角に渡り合った。

 鋼の打ち合う感覚が、鍛え抜かれた力が、冴え渡る技が、お互いの強さを知らしめる。

 息が上がって来た。

 ホロの狼の様な眼光がアカツキを射抜くように見つめている。

 アカツキは射すくめられてたまるかと言わんばかりに咆哮を上げて斬りかかった。

「アアアアアッ!」

 振り下ろした全力の剣をホロは受け止めたが、刃が折れた。

「その首もらった!」

「貴様にやる首など無い!」

 そう言うやホロは残った刀身で己の首を掻き切り死に果てた。

「見事だ」

 アカツキは無意識の内に称賛を送っていた。

「前列交代!」

「おい下がるぞ、アカツキ!」

 フリットに促されアカツキは下がった。

 下がりながら城壁の際でアカツキは矢の嵐を受けながらも他の兵同様に盾を突き出し待機していた。

 先ほど戦ったホロという魔族。彼とは敵として会いたくなかった。アカツキはそう思っていた。

 陽が高くなってきた。

 角笛の音が鳴り響く。

 コロイオスの騎兵隊が合流したらしい。

「よし、よくぞ粘った!」

 エーラン将軍の声が聴こえる。コロイオスの騎兵隊を指揮していたらしい。

 これで押し返すのがいつものやり方だ。

「戦は終わってないぞ! 戦場では気を抜いた者から死ぬ!」

 何処かからアジーム教官の声が轟いた。

「押し返せ!」

 誰かが叫ぶ。

 数では同等と考えて良いだろう。

 鼓舞される思いで次々前に出て行くアカツキは、盾を空に構え、武者震いするのを感じた。

 今こそ、今こそ、斬って斬って斬りまくれる。

 俺は敵将の首を取っている。俺ならもう一手柄やれるはずだ。

 待ちわびた順番が来た。

「前列交代!」

「ワアアアッ!」

 アカツキは両手剣を頭上に構え、勇躍した。

「そんな単純な一撃に斃れるとでも思ったか! 将軍の首、返してもらうぞ!」

 剣を受け敵兵が言う。

 その時だった。

「抜かったぜ……。ああ、クソオオッ!」

 フリットが声を上げて剣を振るっていた。

 見て驚いた。彼の左腕は肘から先が無かった。

「手負いの分際で、潔く死ね!」

 繰り出される凶刃にアカツキは止めに入った。

「アカツキ」

「先輩、後退してください! 重傷ですよ!」

「フリット、後退しろ!」

 敵兵二人を相手取り分隊長のカルロが言った。

「先輩早く!」

 アカツキは三人の敵兵を薙いで遠ざけると声を上げた。

「すまん、アカツキ。カルロ分隊長、後方に下がります!」

 さて、アカツキは己が持つ刃の如くギラリと目を輝かせて睨んだ。

「先輩の仇を討たせてもらう」

 魔族達が笑った。

「来いよ、頭に殻のついたヒヨコちゃん。大好きな先輩の腕を斬ったのは俺だ」

 一人の魔族が言った。

「そうか、ならばその首」

 すると魔族は駆け出した。

「ここまでおいで! 死なずに来られたら相手をしてやるぜ!」

「アカツキ挑発には乗るな!」

 カルロが言った。

「分隊長、男には行かねばならぬ時があります。それが今なのです!」

 アカツキは立ち塞がる兵を斬り、打ち合い、また斬り、駆け出した。まさに疾走斬りだった。アカツキの前に次々道ができる。そうして追いついた。「よく来たな」

 魔族の兵士は言った。

「首を貰うぞ!」

 アカツキが剣で指し示すと、周囲から哄笑が聴こえた。

 アカツキは敵陣に深く入り込んでいた。

「俺程度の兵士に誘引の手を使うとはな、警戒されたものだ」

 アカツキは内心自省しながら言った。

「違う、俺達はグシナンテス将軍の首を取り戻したかっただけだ。それかかれ!」

 四方八方から魔族の兵が駆けてくる。

 アカツキは周囲に目を向けながら死を覚悟した。

「アアアアッ!」

 剣を振り上げ咆哮を上げた時だった。

 風が通り過ぎ、魔族の敵兵は次々斬られていった。

「馬鹿野郎! 単純な手に引っかかったなアカツキ!」

 馬上で叱咤するのはアジーム教官だった。

「申し訳ございません」

「退却するぞ! 道は俺が開く。後について来い」

 アジームは馬を走らせた。口で手綱を咥え、両手でそれぞれの剣を器用に操り、立ち塞がる敵兵を斬っていた。

 その姿に鼓舞される思いでアカツキは懸命に駆け、そうして自陣へ戻ったのであった。

「アカツキ、全く、お前を死なせたら、俺はあの世でダンカンとイージスに申し開きできんぞ!」

 カルロが言った。

「申し訳ございません」

 アカツキは息を喘がせながら言った。

 ふと、角笛が鳴り響いた。

 敵勢が引いて行く。

「追うな!」

 バルバトス・ノヴァーの声が轟いた。

 敵もボロボロだが、味方の損害も著しいものであった。

 敵味方の死屍累々。赤と緑の血の塊が大地に池を作っている。

 戦は終わったのだった。

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