第12話 不意に訪れし運命
逢魔が時、斜陽の光が和やかに町を照らし、目に映るありとあらゆる景色をぼんやりと黄金色に染め、次から次へと灯された明かりがキラキラと輝き、嘗て見たことのない美しい世界が一瞬で広がる。
王都が・・・こんなにも綺麗だったのね・・・
夜中の町をゆらゆらと歩くのはもう何年振りでしょう。私も昔、母上と父上と一緒に町を回るのが好きだった。けど残念なことに、王都の町を回るのは、今が初めて。
星々に包まれたように綺麗で、気分がよくなった私は、目的もなくただその雰囲気を楽しもうと、町をあちこち回っている。いつかは、父上や殿下と一緒に回れるようになるでしょうか。
でもそんなことは・・・・・・ないかな。
そんなことはもう考えなくていい・・・
せっかくの時間、今度こそ、思い切り満喫しないと!と思ってると、キラキラと閃くアクセサリーの店に目を奪われた。デザインが様々でいろんなアクセサリーが並んだ、なかなか私のセンスに合った店。幼いころから宝石に目がない私だから、ちょっとだけ買いたくなった。もちろん家にも数えきれないほどアクセサリーは揃ってるけど、ほとんどデザイナーがデザインしてくれたもので、自分で街を回って買ったものがないから、たまにはこういうのもほしい。
とりあえず買う前に、お財布の金を確認してみようと、スカートの袋から財布を取り出し、数えてみた。
2王貨と8金貨、自分で王都のお店で買ったことはないけど、多分足りるでしょう?
(1王貨=10金貨、1金貨=100銀貨、1銀貨=100銅貨、庶民の一食は20銅貨程度)
さあ行きましょう!と一歩を踏み出したとき、ドン!と後ろからぶつかられ、バランスを崩して倒れてしまった。
「いたっ!」
なんなんの!よくもこの私をぶつけるやつは一体!?怒りを目に込め、不愉快に後ろを見てみたら、平民に見える老婆が私の正反対方向に倒れていた。
腹立たしいけど、さすがに老人相手に切れることもできない・・・・・・
私は立ち上がって、作り笑いをしながら手を伸ばした。
「大丈夫ですか?急くとケガしますよ、立てますか?」
「ほ、本当に申し訳ございません貴族様、用事で急いでいたので・・・」
「・・・私は大丈夫よ、今度は気をつけなさい。」
「ご理解くださって、本当にありがとうございます。」
それを言い残して、老婆は急いで走っていった。
ハ・・・なんか言ってあげたかったけど、相手は老婆だし、誰か貴族に聞かれても面倒なことになる。
気を取り直して、アクセサリーの店に入ろうとしたら、なにか違和感を感じた。財布が・・・ない!?
落としたかと地面を見ても、何もない!
ということは・・・もしかしてさっきの老婆に盗まれた!?
すぐ老婆が向かった方と見ると、幸いなことにもう年か、それほど距離取られたことでもない。路地へ入って行くのが見えたので、私も急いで追いかけた。
路地へ入ると、急に暗くなった。そこは袋小路になっているようで両側にはゴミが山積みで腐ったようなにおいがしていた。
「ハァ・・・ハァ・・・」少ししか走ってないのに、もう息があがってきた。
にしても、まさか華やかな王都も一歩路地に入れば、こんなにも汚い光景だったとはね。
かなり驚きを覚えたが、さすがに老婆一人なら何も怖くはない。
老婆は立ち止まって、財布の中身を確認しているようだ。私は慎重にゴミで汚れないように気を付けながら近づいた。
「あなた!自分は何をしたか知ってる!?それは私の財布でしょう!もうこの先に道はない、大人しく財布を返してくれれば今回だけは許しましょう」
衛兵を呼びに行ったら絶対に逃げられてしまうから、冷静に説得しようと試みた。
もちろん逃すつもりはない、返してもらったらまた通報する。
そう、大人しく返して頂戴。
「ひ、ヒヒヒヒヒハハハハハハハ!!!王貨!!王貨じゃ!!!」
私の話を聞かないように、老婆は突然笑い出した。
「な、なにがおかしいの!聞こえないの!?」
ど、どういうことなの!?この人、ただの平民のくせに、貴族を怖れないなんて?
ありえない・・・・・・いや、何かおかしい!
私は気味が悪くなって、慌てて老婆と距離を置いた。
「ここは王都の町、もし私が衛兵を呼んだら、あなたはおしまいよ!」
「ヒハハハ、お嬢様は普通の貴族ではないな?こんなにもお金に入った財布なんて初めて見たぞ。それに、普通の貴族は財布を盗まれたら、すぐに衛兵を呼ぶのに、まさかお嬢様が一人で追いかけてくるとはなーー」
どういうことなの!?まるで何かの罠でも仕掛けられたかのように、悪い予感がする!今から逃げ出さないとまずい!
「こ、後悔しないでよね!ここは王都の町、私が衛兵をーー!?」
言い残しながら、慌てて路地から逃げようとしたとき、光が山のようなものに遮られ、真っ暗になった。
「え・・・!?」
それは、汚く乱れた服を来た三人の大男だった。入り口を塞ぎ、路地で何が起きようとも、外からは見えないようにしていた。
「あ、あなたたちは・・・」
なにそれ・・・共犯者がいた!?
追いかけていたはずの自分が、実は狙われた獲物だった・・?
自分の愚かさを知った瞬間、冷汗が絶えずに出て足が一歩引いて、体に寒気と戦慄が走った。
ど、どうしよう・・・大声で助けてって喚き叫ぶべきなの?でもそうしたら、きっと口が開く瞬間に目の前にいる男たちにつかまってしまう・・・
例え外の人が聞いて衛兵を呼んでくれても、衛兵が来る前に私が特に殺されてしまう・・・
前世で牢獄の通路を通ったとき、牢獄で凶悪犯たちにジロジロを見られた光景を思い出して、抑えきれない恐怖が私の全身を包み込んだ。頭が真っ白になって、震えて呼吸も乱れてしまっている。
それでも、怯えているのがばれないように冷静に、
「あ、あなたたち、な、なにをしようとしている!この私は・・・公爵家の娘なのよ!どうなるかわかっているの!!よくも私に手を出すなど、あなたたち全員死刑よ!!」
「ぷ、ハハハハ、なるほどなるほど、公爵令嬢様だったのか、道理で世間知らずなわけか・・・これは金になるぜ」
ありえない・・・死刑まで言ったのに、男たちは何一つ顔色を変えることなく、むしろより邪悪な目になった。
「さ、最後の警告よ!こ、これ以上近づかないで!!」
「心配すんなお嬢ちゃん、死刑なんざ怖くもない!」
「・・・!?」
つまり、特に人殺しを・・・!?
だ・・・だめ・・・息が止まるほどに恐怖心が私の体を凍らせた。真っ白になった頭を必死に稼働させようとも、逃げる方法は見つからない。腰の力が抜けてすぐにも倒れてしまいそうな自分を壁に頼って少しずつ後ろへ退くしかできることはない。
目の前の男たちは私の足掻き様を楽しんでいるように、すぐに追ってくるではなく、ただ蔑み笑いながら一歩に一歩でゆっくりと私へ近づく。
未曽有の恐怖感が心を満ちた。ここは前世の牢獄よりも遥か恐ろしい地獄であることは明白になった。
ますます固くなった体は、無意味な抵抗を諦めようと私に喚き叫んでいる。怖すぎて全身の震えが止まらず、逃げることも何もできなくなった。
そ、そう・・・お金が目的なんじゃない!?だったらお金をあげればいいじゃない!
「お金は全部あげるから、つ、通報もしないから、許してあげるから、私を開放しなさい」
震えながらも、私は最後の交渉案を口にした。
「何甘いこと言ってんだおい?お嬢ちゃん頭大丈夫?」
「そうね、あなたは私たちの大切な商品だからね、逃すわけにはいかないわよお嬢さま」
後ろから老婆の笑い声がすると同時に、首筋に冷たい金属の感触がした。
「・・・!?」
「おやおや、勝手に動くんじゃないよ」
目線を移してみたら、歪んだ微笑みと悪魔のような冷笑をした老人の手に、鋭いナイフを持っている。それを私の首筋辺りに置き、私が何か反抗でもしたら首切られてしまう。
絶望が全身を覆い、必死に我慢してきた余裕な表情が一瞬にして崩れて、恐怖感を顔に漏れている。限界まで跳ね上がる心臓と正反対に、固まった全身は何一つ動くこともできない。
目の前には、慌てずに接近してくる飢えた男たち。山ほどの体が入り口の光を遮って、永遠の夜を齎した。
そんな中、唯一微弱に光っているのは、私の首筋に置かれたナイフからの反射光。
すべては、前世を繰り返しているように、逃げられない運命のように訪れている。
牢獄の飢えた目つきで私を見つめた凶悪犯たち、
私を容赦なく切り殺そうとするカシリア王子殿下。
走馬灯のように、前世の記憶が眼前に回っている。
ありとあらゆるものが、前世の繰り返しのように、罪人だった私は・・・・・・
もう一度裁かれるでしょうか?
そんなの・・・いやよ・・・
せっかく奇跡的に死に戻ったのに・・・・・
ちゃんと生きていきたいよ、もうそんなのいや・・・
「ハハハ、婆みろ、このお嬢ちゃんが付けているアクセサリー、良い物つけてるぞ!」一人の男が、私の付けているものを外そうとする。
「ぜ、全部あげるから、お願い・・・許して・・・」
我慢の限界で、抑えきれず涙が絶えずに零れ落ちてきた。泣きながら男の汚い手を振り払おうとする手がすぐに捕まって動けない。
どうすればいいの?どうしたらいいの?
怖くて怖くて、でも弱い自分一人だけでは何の抵抗もできない。
「こりゃ絶世の美人だぜ、隣国に売ったらどれくらい貰えるだろう!将来遊び放題だぜ!」
「やめてください・・・お願い・・・私を逃してくれたらお金でもなんでもあげるから・・・」
泣いて、プライドも捨てて、ただ許しを求めた。
助けて・・・誰でもいいから助けて・・・・・・
お願い・・・助けて、母上、父上・・・・・・
「おい泣くんじゃないよ、さっきまでの威勢はどうした。少し楽しませてくれよ!」
男は舌なめずりをし、汚い手で私の胸を無慈悲に揉み、歪んだ愉快な笑みを浮かべ、服を汚してしまった。
「許して・・・やめて・・・」
今まで味わったことのない屈辱感が全身を走った。それを阻止しようとした手も簡単に抑えされ、身動きが取れなくなった。
誰も・・・私を助けてくれない・・・
母上はもうなくなって・・・
父上も、私よりも遥かに優秀な娘と、健康な妻ができた。
私なんか、だれも助けてくれない・・・
私は・・・もういらない存在だから・・・
「おいおい、お前ら!お嬢様は大事な商品じゃ!壊すんじゃないよ!特に処女は絶対に奪ってはいけないわよ!」
老婆はナイフを振りながら、男たちに警告する。
「うせえな婆、わかってるよ、下の口は無理なら上の口で味見するくらいいいだろう?」
「まあ、気をつけな」
どうやら、私の使用方法がみんで決まったみたいで、男たちはいやらしく笑った。
彼らの笑い声は、私の心を貫く数千本の針に変わった。
すごく痛くて、怖くて、でも逃げられなかった。
逃げることもできず、助けてくれる人もいない・・・・・
前世でエリナの許しで避けられた死刑は、
結局は無駄になったようだ。
逃げられない運命。
幸せになれない人生。
誰にも必要とされない「リリス」。
そうよね。私さえいなければ、
「リリス」さえいなければ、
みんな幸せに過ごしていける。
抵抗をやめて、ただ静かに泣きながら、訪れる終焉を待つ。
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