第十一話・リリスは変えようと
翌日の昼休み、カシリアはレストラン2階のロイヤルラウンジで食事をしていた。
窓から見下ろすと、そこは貴族たちが食事をする場所だった。
昔と変わらず、下の階はやはりリリスの本拠地だった。 リリスは長いテーブルの真ん中に座り、周りの貴族たちと話し合っていた。
ふっ・・・何も変わったところはないな。とりあえずナミスの報告を待つことにしよう。
しばらくして、情報収集に行っていたナミスがようやく報告に戻ってきた。
「タロシア家について何か情報を得たのか?」シリアは急かした。
「はい、タロシア公爵の召使いの話では、リリス様が自宅で交流していたのは、メイドのロキナ、 カスト公爵、そして亡くなったサリス公爵夫人だけです。 公爵家には何人かの使用人がいますが、リリス様の彼らとの交流は殆ど無いようです。」
家族だけ? 友人などはいないのか・・・?しかし、長年社交界に出入りしているリリスには、本当の意味での友達はできないかもしれないと思うと、カシリアは暗い気持ちになった。
「情報によると、リリス様が幼い頃、サリス夫人とその両親であるデミレン子爵夫妻が事故にあい、デミレン子爵夫妻は亡くなり、サリス夫人も半身不随となって、何年もタロシアの屋敷から出ることはなかったそうです。」
「サリス夫人が亡くなる前、リリス様は学校が終わるとすぐに家に帰り、サリス夫人に学校での出来事を話して聞かせ、夕食時には カスト公爵と一緒に過ごしていたそうです。 カスト公爵とサリス夫人は、リリス様が新たな栄誉を受けるたびに喜んでいました。
王家学院で孤高な彼女が、家族との距離が近いとは意外だった。
「ですが・・・サリス夫人の死後、カスト公爵の帰りが徐々に遅くなり、リリス様と公爵の交流も少なくなってきています。」
・・・? それは妙だな。公爵は妻が死んだのだから、一人娘をより大切にするのが道理ではないか? カシリアは問題を発見したようだ。
「カスト公爵は最近どうしている?」
「公爵の家の者からの情報によると、サリス夫人の死は公爵の仕事に影響を与えてはいないようです。」
カスト公爵は王国の三大公爵の一人であるが、名声や富に貪欲な様子はなく、領土の管理も十分に優秀だ。サリス夫人は事故後、社交界に出入りすることができなくなったため、公爵自身の社交界への出入りはほとんどなく、また 公爵の色恋沙汰も聞いたことがない・・・・・・。
このように見てみると、カスト公爵は他の貴族とは違うタイプの人だ。
この完璧な合理主義は遺伝だったのか?
カシリアはイライラしていたが、それでも手がかりは見つけられなかった。
「ちなみに、サリス夫人の死後、カスト公爵のノーザンテリトリーへの巡察が頻繁に行われるようになったという情報もあります。」
「ノーザンテリトリー? 具体的には何なんだ?」
「それがはっきりとしないのですが、隣の領土に住むバルド伯爵の一族と関係があるようです。」
バルド伯爵? ・・・カシリアの直感は、この中に何か秘密があるように感じた。
「よくやったナミス、次はカスト公爵とバルド伯爵の関係を注視してくれ。」
「了解しました。」
「ところで、今日リリスは学校でどうだった?」
「何人かの貴族から聞いた話では、リリス様は今日も普通に振舞っているようですが、以前と比べると、たまに会話中に気が抜けている感じがあるそうです。」
「・・・会話中に気が抜ける感じ?」
「そうですね、でもそれはあくまでも個人的な意見なので、まだはっきりしたことはわかりません。」
「そうか、ご苦労だった。」
カシリアは、得られた情報を分析しはじめた。
生徒会立候補を辞退したリリスは、薔薇園で一人泣き、公爵の帰りが遅くなり、会話中気が抜ける・・・。
色々と変わった事情はあるが、まだ決定的な鍵となる手がかりはない。
さらに観察する必要があるだろう。
一方、今日のリリスもいつものように非常に苦悩していた。
ゆっくりと社交界から忘れられていくことを覚悟していたにもかかわらず、彼女は貴族たちに異常を感じさせるわけにはいかないので、ゆっくりと彼らとの接触を減らしていくことしかできない。
ゆっくりと社交界から消えていく、か・・・。社交界は自由に出入りできる場所であることは事実だが、公爵家の娘である以上、全て出ないというわけにもいかない。それに、社交界に参加しないなら、その時間をどうするか・・・何ができるのか・・・
しかし、私にはあまり時間がない。 あと2日もすれば、いよいよ王室学力テストが始まる。 そして、王室学力テストの結果が発表される日・・・・・・。
エリナとミカレンが到着するときになったら・・・。
不安な時間の流れを感じながら、私は自分の手を強く握りしめた。
「・・・さん?リリスさん?」 横にいた貴族の少女が優しく尋ねてきた。
「え? あっ・・・」すぐに正気を取り戻した。困ったことに、また会話の途中で考え事をしていた。
「本、本当にごめんなさい、最近テストの準備にエネルギーを使いすぎているみたい。」私はすぐに適当な言い訳をした。
「なるほど、さすがリリスさんですね。」
「リリスさんはテストで勝てる可能性が高いと教授から聞きました。」
「カシリア殿下を負かして、王国の歴史を変えることができるかもしれないですね。」
貴族たちは一斉に熱心に議論していたが、やはり成功すれば名誉なことである。
「まぁ、でも、試験が終わるまでは何とも言えません。殿下の学力も相当なものですから、それなりの準備をしておかないといけませんね。」リリスはさっさと切り上げた。
·········
ようやく昼休みを乗り切ったが、今日もやはり失態を犯してしまった。会話中に別のことに気を取られるのは貴族としてあるまじき事。 授業中に考え事をするのもよくないが、死に戻る前に一度は聞いた授業だから、まあいい。 しかも、死に戻る前にすでに受けた授業は、あまりに退屈で、考え事をせずにはいられなかった。
不安? 恐怖? 孤独? 悲しい? 何とも言えない感情が内に溜まっていて、辛かったが、誰にも言えなかった。
「キーンコーンカーンコーン!」 ようやく下校のベルが鳴った。
「リリスさん、また明日ね~」貴族たちと別れを告げた後、最後に一人で教室を出て行く。
ほとんどの貴族にはそれぞれ仲の良い友人がいたので、彼女達は学校帰りに一緒に新しいデザートを食べたり、新しい服を買ったり、買い物に行くなどしていた。
学生時代の青春ってそういうものでしょう。
しかし、リリスは例外だった。
そう、母が死ぬ前、母と一緒にいるために、リリスは学校が終わってすぐに家に帰らなければならなかった。だから団体戦前の練習時間を除いては、ずっと一人で家に帰っていた。
誰かと遊びに行ったのは、ほんの数回だけ。
父は帰るのが遅くなって、ほとんど会話をすることがなくなってしまったので、今ではもうまく話ができないかもしれない。
得難い第二の人生だから、普通の貴族のように青春を謳歌してみたかったのに・・・・・・と思うと、なんだか残念な気持ちになる。
でも、今になって「一緒に帰りましょう」などとを言うのは本当に難しい。
そんなことは忘れて、今日は一人で散策してみよう。
校門に行き、迎えに来てくれた馭者に挨拶をする。
「ごめんなさい。でも今日は学校でやらなきゃいけないことがあるから、今日は一人で帰ります。」
「了解しました、公爵に伝える必要はありますか?」
「・・・父上には言わなくて良いです。ロキナに話しておいて。」
馭者が歩いていくのを見送った後、校門を出て街の方へ歩き始めた。
通りには集団で歩いている人たちがたくさんいて、特に王家学院の生徒が多い。
「···」一人孤独なリリスは、道端の風景とは不釣り合いのように思えた。
公爵の娘として、リリスは一人で通りを散策するという経験をしたことがなかった。
今、周辺の王家学院の学生が多いので、自分の知名度からして、間違いなく気づかれるだろう。 もし一人であてもなく歩いているのを見られたら、悪い噂が広まってしまうだろうか? 同情される?それとも笑われる?
「はぁ・・・」怖いけど、やはり一人で行動してみるしかない。最後には、この恐怖が日常の風景となるのだろう。
リリスは一瞬躊躇したが、そのまま道を進んだ。
しかし誰かがその後をつけていたことにリリスは気が付かなかった・・・
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